この記事のサマリー
・「疑心暗鬼」とは、疑う気持ちが恐れを生む状態のこと。
・ 中国の古典『列子』の注釈書に由来します。
・類語には、「疑えば目に鬼を見る」「杯中の蛇影」「猜疑心」があります。
誰かの一言が急に気になって、胸がざわつく。信じたいのに疑ってしまい、自分でも疲れる…。「疑心暗鬼」は、疑う心が恐れを呼ぶ状態を指す四字熟語ですが、自信を持って使えていますか?
この記事では、意味、由来、使い方、言い換え表現について基本から確認していきましょう。
疑心暗鬼とは? 意味と由来
まずは、「疑心暗鬼」の意味と語源から確認します。

「疑心暗鬼」の意味
「疑心暗鬼」は「ぎしんあんき」と読み、「疑心暗鬼を生ず」の略です。疑いの気持ちがあるために、何でもないことまで恐ろしく感じたり、疑わしく感じたりすることを指しますよ。
辞書では次のように説明されています。
疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)を生(しょう)ず
《「列子」説符の注から》うたがう心が強くなると、なんでもないことが恐ろしく感じられたり、うたがわしく思えたりする。
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
一言で言うと、疑いがあると平気でいられず、関係のないことまで疑わしく見える状態です。
元の形「疑心暗鬼を生ず」の由来は?
先述したように「疑心暗鬼」は「疑心暗鬼を生ず」の略です。この表現は、中国古典『列子』の注釈書で南宋時代の『列子斎口義‐説符』に見られます。
斧をなくした男が隣家の少年を疑い始めると、すべてが怪しく見えてしまう。しかし、斧が見つかると不審な点は何ひとつ見えなくなる… という説話が背景にあります。
参考:『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)
使い方を例文でチェック!
「疑心暗鬼」という言葉、知ってはいても実際に使おうと思うと迷うことがあるでしょう。ここでは、具体的な例文とともに使い方を確認します。
「彼の帰りが少し遅いだけで浮気を疑いはじめてしまうなんて、完全に疑心暗鬼だよね」
ちょっとした不安がきっかけで疑う気持ちがふくらんだときに使いやすい表現です。「返信が来ないのは怒らせてしまったからかも… と疑心暗鬼になる」など、ビジネスシーンでも使えます。

「同僚が最近そっけないのは、私が何か悪いことを言ったせいかもしれないと疑心暗鬼に陥ってしまった」
「陥る」は、自分でも抜け出せない不安や思い込みにはまりこんだ印象を与えます。感情の根が深く、関係性に悩む場面など、少し重たい場面に適しています。
「業務の引き継ぎが不十分だと、職場に疑心暗鬼を生じかねない」
状況や環境の中で疑念や不信が生まれる様子を客観的に表す表現。「疑心暗鬼が生じる」は、主に文章で使われる言葉です。
類語や言い換え表現とは?
「疑心暗鬼」という言葉を繰り返すと、少し大げさに聞こえてしまうことがあります。そんなときに使えるのが、似た意味を持つ言い換え表現です。ここでは3つ紹介します。
疑えば目に鬼を見る
疑っていると、本来存在しないものまで疑わしく思えてしまうということわざです。意味は「疑心暗鬼」とほぼ同じですが、少し古風で硬めの印象があります。
文章で使うときは、比喩として引用するのが自然です。
杯中の蛇影(はいちゅうのだえい、もしくは、はいちゅうのじゃえい)
杯の中に映った赤い弓の影を蛇と見間違えて恐れる、という中国の故事に由来する言葉です。
疑いの心が恐れを生むという意味で、「疑心暗鬼」と似た使われ方をします。会話ではあまり使われませんが、文章で引用すると深みが出ます。
猜疑心(さいぎしん)
人を疑う気持ちを表す言葉です。やや硬い印象があるので、やわらかく言いたいときは「疑ってしまう」「気になってしまう」などの表現に変えるのも一つの手でしょう。
英語表現は?
「疑心暗鬼」を英語で表現するなら、“Suspicion produces fear.”とします。“suspicion”は「疑心」を意味し、“fear”は「恐れ」を意味します。

「疑心暗鬼」に関するFAQ
ここでは、「疑心暗鬼」に関するよくある疑問と回答をまとめました。参考にしてください。
Q1:そもそも「疑心暗鬼」とは、どんな状態を表す言葉ですか?
A:疑いの気持ちが先立ち、根拠のないことまで疑わしく見えてしまう状態を表します。
Q2:「疑心暗鬼」は恋愛以外でも使えますか?
A:もちろん使えます。職場での人間関係や、情報共有の不備によって起きる不信感など、幅広い場面で用いられます。
Q3:「疑心暗鬼」の言い換え表現には何がありますか?
A:「杯中の蛇影」「疑えば目に鬼を見る」「猜疑心」などがありますが、場面によって印象が異なるため、使い分けが必要です。
最後に
「疑心暗鬼」は、疑う気持ちを抱くことで、実際には存在しないものまで恐ろしく感じてしまう心理状態を表す言葉です。外の出来事が変わったわけではなく、心の持ち方によって見え方が変わってしまう… その点に、この言葉の本質はあるのではないでしょうか。
人間関係や仕事の場面でも、不安や不信が先立つと、相手の言動を必要以上に悪く受け取ってしまいがち。だからこそ、この言葉は「疑いすぎること」への戒めとして、今も使われ続けているのかもしれませんね。
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