「人間関係」の悩みに追われる私たちに必要なストレスマネジメント
連載#1 日々のストレスをセルフマネジメント!首尾一貫感覚で気持ちが軽くなる!
連載#2 「私には無理」と思ってない? 処理可能感が低い状態から脱する方法【公認心理師が解説】
職場の人間関係がしんどい、上司がパワハラ気質、同僚がマウントばかりとってくる、家庭が不和、義理実家との付き合いがわずらわしい――日々の生活で「人間関係」の悩みは尽きないもの。
多くの人は、ギリギリまで自分の気持ちをすりへらし、耐えたりごまかしたりしながら、つらい環境になんとか自分を合わせようとがんばりますが、〝我慢の限界〟という言葉があるように、心には容量があり、心のコップが我慢でいっぱいになったとき、心や身体に不調が現れます。
「もうだめだ!」となる前にストレスマネジメントをして、なんとかやり過ごす方法はないのでしょうか。
働く人のメンタルケアの現場でカウンセリングを行う公認心理師の舟木彩乃さんが提唱するストレスマネジメントが、「首尾一貫感覚」。
首尾一貫感覚とは、「大変な仕事、しんどい人間関係、ストレスフルな出来事があっても、明るく健康に生きる力」。別名「ストレス対処力」とよばれていて、主に下記の3つの感覚で構成されています。
■把握可能感(「だいたいわかった」と思える感覚)
自分の置かれている状況や今後の展開をある程度、把握できると思うこと
■処理可能感(「なんとかなる」と思える感覚)
自分に降りかかるストレスや障害にも対処できると思うこと
■有意味感(「どんなことにも意味がある」と思える感覚)
自分の人生や自分自身に起こることにはすべて意味があると思うこと
首尾一貫感覚は、生まれつきの能力(先天的能力)ではなく、育って行く過程で後天的に獲得していく能力です。自分の努力で後天的に高めることができるのです。
把握可能感(「だいたいわかった」と思える感覚)を高める方法
今回は把握可能感についてご紹介します。
把握可能感とは、「自分の身のまわりで起こる出来事は、だいたい『想定の範囲内』のことであると思える感覚、自分の置かれている状況をある程度理解できている、今後の展開をある程度予測できる、その出来事がどのようなものなのかをおおよそ説明できる感覚」といえます。
シンプルにいえば、今自分に起こっている出来事について「だいたいわかった」と思える感覚です。「こんなものか」「想定内だな」と思える感覚だと言い換えてもいいでしょう。
例えば、何年も同じ上司の下で働いていれば、どのようなことで評価され、何で注意されるのかなどがわかってきます。このとき、「部下としてどうふるまえばいいのか、だいたいわかっている」という感覚がもてれば、把握可能感が高い状態です。
一方で、初めて体験すること(または経験回数が少ないこと)や初対面の人とのコミュニケーションなどは、何が起こるのか、どういう展開になっていくのか、予測が難しいでしょう。例えば、異動になり初めての職場に行ったときや、初めて一人で行く海外出張などです。
このような状況に対し、ワクワク感しか感じないという人は少ないと思いますが、必要以上に不安を感じてしまう人は「把握可能感」が低いといえます。
把握可能感を高めるために→自分がいる環境のルールや規則を知る
私たちのいる社会は、〝見通しが立ちやすい〟環境ばかりではありません。
コロコロと方針を変える経営者がいたり、上司の気分しだいで仕事内容が大きく変わったり、あるいは、契約社員など非正規の立場のため、仕事内容や報酬面で安定しないということもあるでしょう。こういう「見通しが立ちづらい状況」でストレスを抱えた場合、どうしたらいいでしょうか。
まずは、自分が所属するコミュニティにどのようなルールや規則があるのかを調べ、把握することが大切です。皆さんは、自分が所属している職場にどのようなルールや明文化された規則があるか調べたことはありますか。
例えば、職場には就業規則や評価基準、服務規律などがあると思います。社会人になると、新人研修などで会社の就業規則の説明を受けたり、就業規則の閲覧方法などを教わったりすることでしょう。しかし、特別なとき(病気休暇をとる、副業を考えている)以外は、就業規則の存在など忘れている方がほとんどです。
一方、評価基準のほうは、それなりに気にしている人もいるでしょう。会社がどのような評価基準を取り入れ、誰が評価しているかを把握すれば、普段から自分が何に気をつけ、意識していけばいいかがわかります。就業規則や評価基準などのルールを調べたら、それを書き出してみましょう。
そのなかで常に意識しておいたほうがよさそうなものはマルを付けるなどして、ポイントだけは頭に入れておきましょう。どのように働くかについて「見通しが立つ」「予測がつく」ためのひとつの助けになるでしょう。
わからないときは素直に聞くことも大切
上司の評価基準がわからない、職場の判断方法が曖昧だという場合もあると思います。そういう場合は、上司や人事部など、その評価や判断にかかわる人にきちんと教えてもらうことも大切なことです。
上司に「基準があれば、具体的に教えてもらえますか?」と聞いてみたり、上司に聞きづらいようなら、職場の同僚・先輩などで聞きやすい人に「評価の際はどこがポイントなのですかね?」と確認してみたりするのです。
把握可能感が低くて、今の状況に悩んでいる人のなかには、こうしたことをちゃんと確認していない人も少なくありません。確認してみることによって、自分の職場にあるルールや基準、規則をある程度まで知り「だいたいわかった」と思えるようになります。ある程度、職場のルールや基準などがわかると、不安が少し減って前向きに自身の行動指針を立てやすくなるでしょう。
ざっくり予測できるまで準備する→予測がつけば不安は減る
いつものルーティンの仕事と、初めて任された大きな仕事と、どちらが不安でしょうか。もちろん後者ですよね。大きな仕事を任されてワクワクしている部分もあるとは思いますが、初めての不慣れな仕事には、誰しも多かれ少なかれ不安を感じます。
人は慣れたものに安心しますが 、逆に知らないことに対しては恐れを感じます。
ただ、たとえ未知なものでも、それを自分なりにまあまあ理解できたり、ざっくりと説明がつく 、予測がつくと思えたりすれば把握可能感は低下せず、 そこまで恐れを感じません。
例えば、海外の知らない街の道を歩くときと、日本の知らない街の道を歩くときと、どちらが安心でしょうか。どちらも知らない街ですが、日本国内でしたら、「日本ならある程度治安はいいだろう。わからなくなっても人にきけばいい」と予測がつくため、そんなに不安は感じないはずです。
「だいたいわかった」に近づける
把握可能感は、自分の抱えている問題を、何が原因で起きているのか、 そして今後どのようになっていくのか「ある程度理解できている」あるいは「納得のいく説明がつけられる」という感覚ともいえます。したがって、「準備すること」は把握可能感を高めることにつながります。
未来の出来事について、「未知」であれば恐怖を感じることもあるでしょう。得体の知れないものを恐れるのは自然なことです。漠然とした不安にも駆られます。
しかし、未知のものであっても、それについて、自分なりに「説明がつく」「だいたい予測がつく」と思えれば、把握可能感へとつながります。この「説明がつく」「予測がつく」ためにも、調べる、準備することが大切です。
初めてのクライアントに対するプレゼンでは、どのような展開になるかわかりません。けれども、クライアントについて調べたり、自分の今までの経験からうまくいったことを確認したり、本やウェブなどでプレゼンがうまくいった人の例を学んだりして準備していくと、不安が減っていくと思いませんか。それは、「把握可能感」が高まっていくからです。
自分自身の中で「だいたいわかった」と納得するまで 、「これくらいやれば、まあうまくいくだろう」と思えるまで事前に調べること、準備すること。これが把握可能感を高めることにつながります。
「自分の価値観や考え」を知っておく=枠組みが狭い人は不安を感じやすい
把握可能感を高める方法として「準備すること」が重要なのは先にお伝えした通り。そして、把握可能感を高めるうえで「準備すること」に近いのが「自分を知っておくこと」です。もっと詳しくいうと、普段から「自分がどんな価値観や考え方をもっているか」について知っておくことです。
人は、直感や過去の経験などから自分の「枠組み」(価値観や考え、もののとらえ方)を形作り、それに基づいて他者を理解します。例えば、過去の経験から、早口で話すタイプの人のことを「せっかちな人で苦手だ」という考え(枠組み)をもっていたとします。すると、早口で話す人と会ったときに真っ先に苦手意識をもってしまいます。じっくり話してみたらウマが合うかもしれないのに、苦手意識があると、友だちをつくる可能性を消してしまうことになります。
あるいは、メールの返事が遅かったときに、「私にだけ反応がよくない」「私の存在感がないから忘れられる」などとネガティブにとらえる考え(枠組み)をもつ人もいます。「メールの返事が遅い」には、もちろんいろいろな理由が考えられます。しかし、すぐにネガティブな思考が思い浮かぶ人は、視野が狭くなってしまいます。
「枠組み」(価値観や考え、もののとらえ方)が狭いと、許容できる人や出来事の範囲が狭くなるのです。枠組みが広くない人は、自分の評価基準に当てはまらない人や出来事に遭遇すると不安や違和感を抱きやすくなってしまいます。少しずつ枠組みを広げ、見える世界を広げていきましょう。
自分がもっている思考のクセを修正する
「自分はどんな価値観や考えをもちやすいのか」について考えてみましょう。とりわけ、ネガティブな価値観や考え、もののとらえ方を知っておくべきです。
・自分は、どんな人を苦手と思っているのか?
・自分が落ち込むのはどんなときか?
・自分が、イライラしてしまうのはどのような場面か?
こうしたことについて、具体的にどんなときにそう感じるのか考えてみましょう。すると、自分の価値観や考え方の傾向、シンプルにいうと〝思考のクセ〟がわかります。そして、そのネガティブな思考のクセがわかったら、修正してみましょう。
ただし、ここでの「修正」とは、無理にポジティブな思考にすることではありません。「別の現実的なとらえ方や考え方を模索すること」です。
例えば、次のような問いに答える形で自分の思考を修正してみるのです。
問い:自分は、どんな人を苦手と思っているのか?
答えの例:声が大きい人が苦手(苦手と思うこと)
↓
問い:なぜ苦手なのか?
答えの例:声が大きい人は無神経な人が多い(ネガティブな思考のクセ)
↓
問い:別の価値観や考え、もののとらえ方はないか?」
答えの例:声が大きいのは、皆にハッキリ聞こえるように話しているだけかもしれない(思考の修正)
このように、「声が大きい」のは、「無神経」という要因だけでなく、「ハッキリ聞こえるように話している」という要因もあるのではないか、と現実的で、ありそうな要因で考え直してみます。自分がもっているネガティブな思考のクセを修正していくと、声が大きい人への苦手意識を減らしていくことができます。
さらには、ネガティブな思考のクセを普段から考えて自分で知っておくと、似たような場面で「これは私の思考のクセかもしれない。もっと違う考え方、とらえ方をしてみよう」と気づいて、不必要にネガティブな反応をすることが減ります。
ネガティブな思考がクセになっている人は、最初は、思考の修正作業に難しさを感じるかもしれません。しかし、なるべく意識して「現実的なとらえ方をしてみよう」「いい面も見つけてみよう」とコツコツと地道に努力をしてみてください。
こうした新しい思考ができるようになると、環境に変化が起きたときに、「悪い面」ばかりにフォーカスせず現実的な思考ができるようになり、具体的な解決策も見つけやすくなります。
そして、対応できることを探して、できることからやっていけるようになります。
TOP画像/(c)Adobe Stock
お話を伺ったのは… 舟木彩乃さん
ストレスマネジメント専門家。公認心理師。
筑波大学大学院博士課程修了、ストレスマネジメント専門家。株式会社メンタルシンクタンク副社長。国家資格として公認心理師や精神保健福祉士などを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や県庁のメンタルヘルス対策にも携わる。Yahoo!ニュース エキスパート オーサ-として「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法 』(河出書房新社)、『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』(ディスカヴァー)。