目次Contents
この記事のサマリー
・「敵に塩を送る」とは、「敵を苦境から救う」という意外な意味を持つことわざです。
・戦国時代の上杉謙信と武田信玄の逸話が由来として広く知られています。
・類語には「呉越同舟」、対義語には「傷口に塩を塗る」などがあります。
今、あなたの目の前に、最大のライバルがいるとしましょう。ビジネス、スポーツ、あるいは日々の生活で、勝利することを追い求めてきた宿敵です。もし、その相手が絶体絶命の窮地に陥っていたとしたら、あなたはどうしますか? 「弱みにつけ込む絶好のチャンスだ」とこの機を生かしますか? それとも、手を差し伸べますか?
この記事で紹介するのは、そんな究極の選択を迫る「敵に塩を送る」という言葉です。この記事では、戦国時代の武将たちが示した「義」の物語から、現代のビジネスシーンにも見ることができる「敵に塩を送る場面」まで解き明かしていきます。
「敵に塩を送る」の意味と基本的な使い方
「敵に塩を送る」とは、敵対関係にある相手をあえて助けることを表す言葉です。まずは正しい意味を確認しておきましょう。
「敵に塩を送る」読み方と意味
「敵に塩を送る」は「てきにしおをおくる」と読みます。辞書では、以下のように説明されています。
敵(てき)に塩(しお)を送(おく)る
《戦国時代、上杉謙信が、敵将武田信玄の領国の甲斐が塩の不足に苦しんでいるのを知り、塩を送らせた故事から》敵の弱みにつけこまず、逆にその苦境から救う。
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
「敵に塩を送る」とは、相手が困っているときに意地悪をするのではなく、むしろ助けてあげることを意味します。
「敵に塩を送る」ことわざとしての位置づけ
この言葉は、古くから伝わることわざの一つです。「人の弱みにつけこむな」「困っているときこそ助け合え」といった教訓的な意味合いが込められています。
「困ったときはお互い様」といった表現と同様に、人と人との関係を円滑に保つための知恵として用いてきました。競争相手や立場の違う相手であっても、困っているときは支え合うべきだという価値観が込められています。

「敵に塩を送る」の由来と歴史的背景
「敵に塩を送る」という言葉は、日本の戦国時代に実際にあったとされる有名な逸話に由来しています。宿敵同士でありながら、相手の窮状を見過ごさず助けるという、当時の武将たちの「義」の精神が背景にあります。この逸話について、もう少し掘り下げてみましょう。
戦国時代の史話
「敵に塩を送る」の由来は、武田信玄と上杉謙信にまつわる出来事です。
信玄の領地である甲斐国(現在の山梨県)は海に面しておらず、塩を外部からの供給に頼っていました。そんな中、武田氏と敵対関係にあった今川氏が、甲斐国への塩の流通を止めるという経済封鎖を行います。信玄は塩不足に陥り、苦境に立たされました。
この事態を知ったのが、信玄の最大のライバルである上杉謙信でした。謙信は、「戦うべきは武力であって、人々の生活ではない」という考えのもと、敵である信玄に対し、自身の領地から塩を適正価格で送ったと伝えられています。
上杉謙信と武田信玄の関係
謙信と信玄は幾度となく戦火を交えた宿敵同士でしたが、このエピソードは、「義を重んじる武将・上杉謙信」の美談として広く知られるようになりました。
相手の生存そのものを脅かすような手段は取らないというこの姿勢が後世に語り継がれ、「敵に塩を送る」がことわざとして定着したのです。
この考え方は、現代のビジネスシーンにも通じます。ライバル企業や競合相手が困っているときに支援することは、直接的な利益にはつながらないかもしれません。しかし、長期的には市場全体の安定や、お互いへの信頼関係を生む、価値ある行動といえるでしょう。

現代での使い方|例文と注意点
ことわざは意味を理解するだけでなく、実際の場面でどう使えるかが重要です。「敵に塩を送る」は、ビジネスから日常生活まで幅広く応用できるので、具体的な例文を通して理解を深めましょう。
「敵に塩を送ることになるが、業界全体の発展のために協力することにした」
ビジネスシーンで競合相手を助ける行為が、結果的に自社や業界全体の利益につながることがあります。例えば次のような場面です。
・経営危機に陥った競合に対して、一時的に技術や人材を支援する
・自社の特許をあえてライバル企業に無償提供し、市場全体の水準を底上げする
・災害で工場が被災したライバルに対し、自社の生産ラインを一時的に貸し出す
一見すると不利な判断に見えても、長期的には信頼関係や市場の健全性を守る戦略として評価されることがあります。
「リレーでライバルが転んだときに助けた彼の行動は、まさに敵に塩を送るようだった」
日常生活でも、「敵に塩を送る」は「競争を一時中断して相手を助ける」場面に当てはまります。
・テスト前、成績を競い合う友人が風邪で休んだため、自分のノートをコピーして渡す
・部活の試合で、敵チームの選手が怪我をしたときにテーピングや応急処置を手伝う
・地域のスポーツ大会で、相手チームが道具不足に困っているのを見て、予備の用具を貸し出す
これらの行為は単なる親切ではなく、「競い合う場はあくまで正々堂々とすべきであり、人としての尊厳や義理を大切にする」という「敵に塩を送る」本来の精神を体現しています。
注意点とリスク
「敵に塩を送る」はポジティブな意味で用いることが多いですが、使う際には注意も必要で、「お人好し」と見なされ、かえって評価を下げる可能性があります。また、場合によっては、「戦略的な甘さ」と誤解される可能性もあるでしょう。
「敵に塩を送る」行為は、いつでも使えるわけではありません。自分や組織にとって大きな不利益が生じる可能性がある場面では、他の手段を選ぶ方が賢明でしょう。
「敵に塩を送る」の類語・対義語
ことわざをより深く理解するには、意味が近い表現や反対の意味を持つ言葉と比べてみることが効果的です。ここでは、「敵に塩を送る」と関連する類語や対義語を紹介します。
類語|「呉越同舟(ごえつどうしゅう)」
「敵に塩を送る」と似た表現として挙げられるのが「呉越同舟」です。
「呉越同舟」は、本来は仲の悪い者どうしが同じ舟に乗り合わせる様子を指します。普段は敵対関係にあっても、共通の困難や利害が生じたときには協力し合うことを意味する言葉です。
つまり「敵に塩を送る」が「敵の窮地を助ける」ことを強調するのに対し、「呉越同舟」は「共通の困難を前に、敵対関係を超えて手を取り合う」状況を表現するものです。どちらも敵対関係を一時的に超えるニュアンスを含み、利害や大局を優先して協力する姿勢を示す言葉だといえるでしょう。
対義語|「人の弱みにつけこむ」
「敵に塩を送る」とは逆に、相手の弱みを利用する表現もあります。その代表が「人の弱みにつけ込む」です。「敵に塩を送る」とは真逆の意味で、困っている相手の状況を利用して自分の利益を得ようとする行為を指します。
対義語|「傷口に塩を塗る」
「傷口に塩を塗る」は、「困った状態の上に、さらに災難が降りかかること」を意味します。
例えば、失敗して落ち込んでいる友人に、さらに追い打ちをかけるような言葉をかける場面で使います。
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これらの対義的な表現と比較すると、「敵に塩を送る」が、相手の不利を利用しないどころか、あえて救うという強い意味合いを持つことがよく理解できますね。

「敵に塩を送る」を英語でどう表現する?
「敵に塩を送る」ということわざの意味を英語で伝えたい場面もあるでしょう。ここでは、英語表現を紹介します。
“show humane treatment to one’s enemy”
「敵に塩を送る」を英語で表現するなら、”show humane treatment to one’s enemy” (敵に人道的な扱いを示す)を使うといいでしょう。英語の慣用表現です。
参考:『プログレッシブ和英中辞典』(小学館)
「敵に塩を送る」に関するFAQ
ここでは、「敵に塩を送る」に関するよくある疑問と回答をまとめました。参考にしてください。
Q1. 「敵に塩を送る」の由来は何ですか?
A. 戦国時代の上杉謙信と武田信玄の逸話に基づいています。
Q2. 英語でそのまま通じますか?
A. いいえ。
直訳の‟send salt to the enemy” は理解されにくいです。‟show humane treatment to one’s enemy” に置き換えた方が伝わるでしょう。
最後に
「敵に塩を送る」は、競争相手の苦境を救うという、人としての義や思いやりを表すことわざです。戦国時代の武将、上杉謙信が宿敵である武田信玄に塩を送ったという史話が由来となっており、単なる勝利を目的とせず、相手の生存を脅かすような非道な手段は取らない、という武士の精神を示しています。
現代においても、ライバルを助ける行為は、一時的な利益を超えて信頼関係を築き、最終的に自分や業界全体のプラスにつながることがあります。「敵に塩を送る」を適切に使うことで、知識の深さだけでなく、人間的な温かさも伝えることができるでしょう。
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