「綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)」という言葉は、日常ではあまり聞き慣れないかもしれませんね。実は、言葉の責任や重みを伝える表現です。この言葉に込められた感覚を知ることで、自分の発言に対する姿勢にも少し変化が生まれるかもしれません。
この記事では、心に静かに響く「綸言汗の如し」を紹介します。
「綸言汗の如し」の意味と読み方
まずは、「綸言汗の如し」の読み方や意味、語源を整理していきましょう。
「綸言汗の如し」の読み方と意味
「綸言汗の如し」は「りんげんあせのごとし」と読みます。辞書では、次のように説明されていますよ。
綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)し《「漢書」劉向伝から》天子の言葉は、出た汗が体内に戻らないように、一度口から出れば取り消すことができない。
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
「綸言汗の如し」とは、「いったん口にした言葉は、一度出た汗が再び体内に戻らないように、取り消すことができない」という意味を持ちます。特に高い立場にある人の発言は影響が大きく、安易に訂正できないことをたとえています。

「綸言汗の如し」の語源は?
「綸(りん)」とは、組糸を意味します。『礼記‐緇衣』には「王言如糸、其出如綸」とあり、ここから「綸言」は天子の言葉を指すようになりました。
また、『漢書‐劉向伝』には「号令如汗、汗出而不反者也」とあります。この二つの出典を踏まえて、「綸言汗の如し」という表現が生まれたと考えられています。
ただし、「綸言汗の如し」は中国の古典には見られず、日本独自の表現である可能性が高いとされています。実際の用例では、天子に限らず、領主などの言葉に対しても使われているようです。
例えば『心学いろは戒』では、「綸言は天使より仰(ををせ)なれとも大旨或は目上の人に異見なと引(ひき)立をもていわれ恐るる時のたとへにもあたるへし」とされています。
江戸時代の「いろはかるた」にも採録されましたが、これは「り」から始まることわざが少なかったからかもしれません。
参考:『故事俗信ことわざ大辞典』(小学館)
「綸言汗の如し」の使い方と例文
意味を知るだけでなく、どのような場面で使われているのかを知ると、言葉の輪郭がよりはっきりします。具体的な表現に触れてみましょう。
「一度口に出したことは、綸言汗の如しで覆してはならない」
この例文では、自分の発言には責任を持つべきであるという姿勢が示されています。特に、公の場での言葉は、あとから簡単に覆してしまうと信頼を損ねるおそれがあります。慎重に言葉を選び、誠実な態度で向き合う大切さが込められているといえるでしょう。
「会議の場での発言が綸言汗の如しとなり、あとから訂正が難しくなった」
その場の勢いで発した言葉が、後戻りできない状況をつくってしまったケースです。発言のタイミングや表現の重さが問われる場面を描いています。

「綸言汗の如しという言葉を思い出し、自分の発言を見直すようになった」
「綸言汗の如し」が、行動や意識の変化につながった様子を表現しています。知識として知るだけでなく、自身の姿勢にも影響を与えることを伝えています。
「綸言汗の如し」の類語や言い換え表現は?
意味の近い表現を知識として持っていると、状況や相手に合わせて言葉を選びやすくなります。「綸言汗の如し」と似た考え方を持つ言葉を2つ紹介します。
天子に二言なし(てんしににごんなし)
天子のような立場にある人は、たわむれの言葉を口にしないという意味です。発言に対して慎重であるべき立場を強調する言葉です。
武士に二言なし(ぶしににごんなし)
武士は、一度口にしたことを覆さないという教えを指します。約束や発言に対する誠実さを大切にする姿勢を表していますよ。

「綸言汗の如し」の英語表現
「綸言汗の如し」をそのままぴたりと同じ意味を持つ英語表現はありませんが、似た考え方を表すフレーズを紹介します。
My word is my bond.
“My word is my bond.”は、「私の言葉が私の証文だ」という意味です。言ったことには責任を持つという姿勢をあらわす表現として使われます。
参考:『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)
最後に
「綸言汗の如し」は、発した言葉が消えないという感覚を教えてくれる表現です。強い口調ではありませんが、静かな緊張感があります。この言葉に触れると、自分の言葉にも少し距離を置いて、考えてみたくなるかもしれません。そんな時間を持てることも、大人の知性のひとつかもしれませんね。
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