「どうしてあの人ばかり評価されるの?」そんなモヤモヤを抱えた経験は、誰しもあるはず。江戸時代から伝わることわざ「憎まれっ子世に憚(はばか)る」には、共感と疑念が混じり合うような、矛盾する深い意味が込められています。この記事では、「憎まれっ子世に憚る」の意味や教訓、対義語について見ていきましょう。
なぜ憎まれっ子が幅をきかせる?
一生懸命頑張っている真面目な人よりも、要領のいい人がなぜか活躍しているのを目にした時に感じる不条理…。実はこのモヤモヤ、江戸の人々も同じだったようですよ。

「憎まれっ子世に憚る」の意味
まずは、「憎まれっ子世に憚る」の意味を辞書で確認しましょう。
憎(にく)まれっ子(こ)世(よ)にはばかる
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
人に憎まれるような者が、かえって世間では幅をきかせる。
「憎まれっ子世に憚る」とは、「人に憎まれるような態度の人が予想に反し、威勢をふるっている」という意味のことわざです。理不尽な状況への諦めと皮肉が込められた言葉といえるかもしれません。人の評価が必ずしも「善悪」や「人徳」だけでは決まらないことを鋭く突いており、現代人の心にも響くリアルさがあります。
「憚る」について、辞書で意味を確認してみましょう。
はばか・る【憚る】
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
1 差し障りをおぼえてためらう。気がねする。遠慮する。
2 幅をきかす。増長する。いばる。
3 いっぱいに広がる。はびこる。
このように、「憚る」には、「ためらう、遠慮する」という意味と、「幅をきかせる、増長する、いばる」という相反する意味があります。「憎まれっ子世に憚る」では、「幅をきかせる、増長する、いばる」という意味で使われています。
「江戸いろはかるた」が語る教訓
「憎まれっ子世に憚る」の起源は定かではありませんが、江戸時代には庶民の間で広く使われていたとされています。
江戸時代に親しまれていた「江戸いろはかるた」は、いろは四十七音を頭文字にした、教訓や風刺のことわざを集めた札遊びです。 「憎まれっ子世に憚る」は、「江戸いろはかるた」の「に」の札として採用されています。
読み札のことわざには、当時の庶民の生活に根ざした教訓や、さりげないユーモアが含まれており、親しみやすいのが特徴です。子どもたちが遊びながらひらがなやことわざを覚えられるだけでなく、世間の道理を学ばせる意図があったとも考えられます。

現代における「憎まれっ子世に憚る」|あなたはどう生きる?
「憎まれっ子世に憚る」は、現代社会でも驚くほどリアルです。空気を読まずに自己主張する人が出世し、周りに気を遣う人が取り残されるような場面は、職場やSNSでも日常的に見かけます。
しかし、「だから自分もそうなろう」とは思わない人が多いのもまた事実です。それはおそらく、「共感されない強さ」よりも、「誠実でいたい」という願いがあるからなのでしょう。
対義語から見えてくる、「憎まれっ子世に憚る」の奥深さ
「憎まれっ子世に憚る」には、対となる言葉がいくつも存在します。これらを通して言葉の裏側を見ると、「憎まれっ子世に憚る」の持つ意味がより鮮明になってきます。
「美人薄命(びじんはくめい)」
美しい人ほど早く亡くなるという意味から、好かれる人が必ずしも幸福になるとは限らないという、もう一つの「世の不条理」を映し出しています。
びじん‐はくめい【美人薄命】
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
「佳人(かじん)薄命」に同じ。
かじん‐はくめい【佳人薄命】
美人は、病弱で早死にしたり、運命にもてあそばれて、不幸になったりすることが多いということ。

「正直者が馬鹿を見る」
誠実でいることが、必ずしも報われるとは限らないだけでなく、善良な人ほど損をするという、世の皮肉を表現しています。
正直者(しょうじきもの)が馬鹿(ばか)を見(み)る
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
悪賢い者がずるく立ち回って得をするのに反し、正直な者はかえってひどい目にあう。世の中が乱れて、正しい事がなかなか通らないことをいう。正直者が損をする。
「徳は孤ならず必ず隣あり」
徳のある人は一時的に孤独でも、最終的には理解者や味方が現れる、という意味の言葉です。私たちも、ずる賢さではなく、誠実に生きる人が報われるよう、日々の行いを大切にしたいものですね。
【徳(とく)は孤(こ)ならず必(かなら)ず隣(となり)あり】
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
《「論語」から》徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れる。
最後に
「憎まれっ子世に憚る」ということわざの本質には、「憎まれているのに、なぜか幅をきかせている」という違和感が表現されています。他人の姿を見てモヤモヤする心情は、今も昔も変わらないようですね。この風刺が映し出す現実は、今なお「心の知恵」として生き続けています。
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