「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉を聞いても、ピンとくる方は、少ないのではないでしょうか? この言葉は、「身を犠牲にするだけの覚悟があって、初めて活路を見出し、物事に成功することができる」という意味。ピンチや苦境のときの励ましの言葉、また執着することへの戒めの言葉としても使われます。本記事では、言葉の意味や使い方、類語などを解説します。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の意味とは?
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の正しい意味とは? 言葉の由来についても紹介します。
「身を捨ててこそ」、には戒めの意味も
まずは、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の意味を辞書で確認していきましょう。
一身を犠牲にする覚悟で当たってこそ、窮地を脱し、物事を成就することができる。
『デジタル大辞泉』(小学館)より引用
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は、「命を捨ててもいいという強い覚悟で立ち向かえば、必ず活路を見出せる」という意味だということがわかりましたね。
「身を捨ててこそ」は捨て身の覚悟、「浮かぶ瀬」とは苦しい状況から抜け出す機会、あるいは浅瀬のこと。このことわざには、「溺れたとき、身を守ろうとただあがくだけでは深みにはまる。思い切って捨て身になり、流れに身をまかせると浅瀬に立つこともできる」という意味が込められているのも特徴です。
ジタバタするのではなく、流れに身をまかせることが好結果を呼ぶこともあり、「自分自身や今の状況に執着するな」という戒めとしても使われるわけです。流れや運命に身をゆだねる覚悟や勇気も必要、ということですね。
由来には諸説あり
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の由来には、諸説あります。有力なのは、人が川で溺れたときの経験から生まれた言葉、ということ。
また、寛永9年(1632)に刊行された仮名草紙『尤草紙(もっとものそうし)』の中に、「ものゝふのやたけ心のひとすじに身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(武士が勇猛心をひとすじに奮い立たたせ、身を捨ててかかれば成らぬことはない)」という句があり、これが由来との説も。どちらにして江戸時代の初めには使われていた言葉のようです。
また平安時代の僧・空也上人(くうやしょうにん)の「山川の末に流るる橡穀(とちがら)も身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(とちは実が弾けて殻になり軽くなったからこそ川底に沈まず流れている。我を捨てれば浮き上がることもできよう)」(1782年成立『空也上人絵詞伝』より)が由来との説もありますが、この歌が上人の自作かどうかの真偽は不明です。
使い方を例文でチェック!
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は、さまざまな人生の局面で使うことができます。では、どういう風に使用するのがふさわしいのでしょうか?
1:「新しい会社で成功した彼。まさに身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだね」
以前の会社での日の目を見ずくすぶっていた彼が、今、新しい会社で才能を発揮し認められている、というような意味の例文。保身に走らず、思い切って転職して成功したことを、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれだね」と表現しています。
2:「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれの覚悟で、やり方を変えてみることにした」
物事がうまくいかないとき、思うような結果が出ないとき、これまでのやり方を見直してみることも必要でしょう。仕事や商売のやり方、芸風、スポーツならトレーニング方法やコーチの変更など、再起するために執着することをやめて、「変える」決意した場面の例文です。
3:「どうにもならないときこそ、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれの気持ちが大事」
どうしようもないときはジタバタせず、思い切って流れに身を任せてみることも大事だよ、という意味。悪あがきをせず好機を待つことも、成功のひとつの秘訣といえますよね。
4:「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。そのチャンスに賭けてみてもいいのでは?」
現状に満足していないなら、保身に走らずチャンスに賭けてみるのもいいでは、というアドバイスです。
5:「政治家には、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれの精神で頑張ってほしい」
国政を担う人には、自分の身を犠牲するような強い覚悟を持ってほしいものです。
類語や言い換え表現は?
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の類語は、ちょっとコワい表現が多い印象ですが、いずれも強い覚悟を意味しています。
1:肉を切らせて骨を断つ
「肉を切らせて骨を断つ」とは、「自分も痛手を受ける代わりに、相手にそれ以上の打撃を与える」ということ。戦う相手がいるという点で「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とはニュアンスは異なりますが、「捨て身で勝つ」という覚悟を表す意味で類語といえます。
2:死中に活を求める
「死中」は死を待つしかないような絶体絶命の状態、「活」は活路や抜け出す方法を表します。言葉の意味は、「もう駄目だという状況の中で活路を探し求める」ということです。窮地にある、という点で「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」と似ていますね。
3:虎穴(こけつ)に入(い)らずんば虎子(こじ)を得ず
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」は、「虎が住むほら穴に入らなければ、その中にいる虎の子を捕獲することはできない」、つまり、「危険を冒さなければ大きなことをやり遂げることはできない」という意味。成功をつかむためには、リスクを負う覚悟が必要だ、ということです。
英語表現は?
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」に近い英語のことわざとして、「Fortune favours the bold.」があります。
直訳すれば「幸運は勇者を好む」。意訳で「勇気があってこそ報われる」という意味になります。身を捨てる勇気があれば幸運をつかむこともできるだろう、ということですね。
「Nothing venture, nothing gain.」は、「危険を冒さなければ何も得ることはできない」。どちらかというと「虎穴に入らずんば虎子を得ず」により近い表現といえるかもしれません。
最後に
降りかかる災厄の渦中に巻き込まれたら、どうすればいいのか?「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」は、そうしたときの人生訓といえるでしょう。
あとで後悔しないためにも新しいチャレンジをするほうがいいときもあれば、ジタバタせずに思い切って流れに身をまかせてみるほうがいいときもある。ピンチのときには思い出してほしいことわざです。
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