「衣食足りて礼節を知る」の意味と由来は?
皆さんは「衣食足りて礼節を知る」ということわざを聞いたことがあるでしょうか? あまり聞いたことがないという方も多いかもしれません。まずは簡単に、意味や由来から確認していきましょう。
意味
「衣食足りて礼節を知る」は「いしょくたりてれいせつをしる」と読みます。意味は「人は食料や衣類が充実して初めて、礼儀や節度をわきまえるようになる」ということ。自身の生活に余裕がなければ、道徳心にもゆとりが生まれないという意味のことわざですね。また、たとえ礼儀や節度を身につけていても、まずは衣食が整っていないと生活できないという解釈をすることもできるでしょう。
「衣食足りて栄辱を知る」も同じ意味で使います。
由来
語源となったのは、中国春秋時代の政治家である管仲の思想を記した『菅子』という書物でした。この『菅子』の牧民篇に「倉廩実則知礼節、衣食足則知栄辱(倉廩実つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る)」という記述があります。倉廩(そうりん)とはこの時代の米倉を表しており、栄辱とは栄誉と恥辱のことですね。つまり、この文を訳してみると「米倉に穀物が十分詰まっていれば礼儀と節度をわきまえるようになり、衣類や食料が豊富になれば栄誉と恥辱の違いを理解できるようになる」という意味になります。
管仲は桓公(かんこう)という政治家に仕え、補佐をしていたことで知られています。彼は政策を考える中で、民衆の道徳心を向上させるためにはまず彼らの生活を豊かにすることが大切だと考え、このような記述を残しました。その後書かれた『史記』や『続日本紀』などでも、「衣食足りて礼節を知る」について言及された記述が見られています。
類語表現にはどんなものがある?
「衣食足りて礼節を知る」の類語表現にはどのようなものがあるのでしょうか? 以下では類語表現として、5つのことわざや故事成語を紹介していきます。
1:貧すれば鈍する(ひんすればどんする)
貧乏になると性格や頭の動きも鈍くなってしまい、どんな人でもいやしい心を持つようになるという意味です。一見、「衣食足りて礼節を知る」と反対のことを言っているように思えますが、意味は同じだと言えるでしょう。貧しくなり余裕がなくなると、性格や知恵なども悪い方向へ転じてしまうということわざですね。
2:倉廩みちて礼節を知る(そうりんみちてれいせつをしる)
こちらは先ほど由来の部分で紹介した、倉廩が使われた故事成語。意味は「衣食足りて礼節を知る」と同じで、米倉が満たされて初めて礼儀や節度を知るというものです。不自由のない生活があってこそ、精神にもゆとりが生まれるのですね。
3:倉廩みちて囹圄空し(そうりんみちてれいぎょむなし)
上記の故事成語に似ていますが、少しだけニュアンスが違います。囹圄という用語はおそらくあまり聞き覚えのないものですよね。これは罪を犯した囚人を閉じ込めておく牢屋のことを指します。つまり、「倉廩みちて囹圄空し」は米倉が満たされると罪人もいなくなるだろうという意味の故事成語なのです。
食料が豊富にあり、食べるものに困らない状況であれば誰も罪を犯さないだろうということですね。似たような故事成語に、「礼儀は富足より生り、盗賊は飢寒より起こる(れいぎはふそくよりなり、とうぞくはきかんよりおこる)」というものもあります。これも意味は同じで、人々は富んでいれば礼儀を重んじるが、飢えて寒い状況であれば盗みをはたらいてしまうというもの。昔から、生活の豊かさと道徳心は結びつけて考えられていたようですね。
4:恒産無き者は恒心無し(こうさんなきものはこうしんなし)
経済的な基盤がしっかりしていない者は、その時々の状況に左右され考え方もコロコロ変わるという意味のことわざ。恒産無くして恒心無しとも言いますね。「恒」という漢字は訓読みで「つね」と読むように、一定して変わらないという意味を持つのだそう。よって、恒産は安定した職業や財産のこと、恒心は恒に定まっている変わらない心のことを指します。
「衣食足りて礼節を知る」とは少しニュアンスが異なりますが、生活が安定していないと軸がぶれてしまい、道を外してしまうこともあるという教えですね。「物豊かなれば則ち欲省く(ものゆたかなればすなわちよくはぶく)」という故事成語もあるように、衣食などの物質が豊かになれば,人間の欲はなくなり争いもなくなるものです。
5:健全なる精神は健全なる身体に宿る
体が健康であれば、それに伴って精神も満たされ安定すると意味です。健康第一という言葉がありますが、結局はこれに尽きますね。体を壊してしまうと、精神的にもしんどくなることが多いです。まずは健康を考えて生活することが、心を充実させる近道なのかもしれませんね。
「衣食足りて礼節を知る」の対義語とは?
さて、次は対義語を紹介していきます。「衣食足りて礼節を知る」と反対の意味を持つ表現には、以下の3つが挙げられるでしょう。
1:人はパンのみにて生くるものにあらず
「衣食足りて礼節を知る」は、身の回りの物質が豊かになってこそ精神も満足するという意味でしたね。それに対して「人はパンのみにて生くるものにあらず」は、物質が豊かになったからといって人間の精神も満たされるということではないという意味の故事成語です。衣類や食料などの物質に限らず、精神的な満足感も求めてしまうのが人間という生き物だということですね。
2:窮すれば通ず(きゅうすればつうず)
どうにもならないような行き詰まった状況になっても、案外その状況を打開するような道がひらいてなんとかなる、という意味のことわざです。悪い状況になってしまったからといって、その後何も上手くいかないという訳ではありません。意外となんとかなるものだと思っておけば、精神的な負担も少なくなりますね。
3:貧は世界の福の神
貧乏であることはかえって人を努力させるため、後日の成功のもととなる。よって貧乏は福の神と同じである、という意味のことわざです。貧は世上の福の神とも言いますね。貧乏と聞くとどうしてもネガティブなイメージを抱いてしまいますが、このようにポジティブに考えることもできるのです。
最後に
今回は「衣食足りて礼節を知る」について解説しました。私達が生活する上で衣類や食料も欠かせませんが、もちろん礼儀や節度も忘れてはなりません。物質的な豊かさと精神的な豊かさを切り離して考えるのではなく、お互い影響を及ぼし合うものだと考えておくべきかもしれませんね。
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