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ふだん多くを語らない人ほど、じつは強く深い思いを胸の内に抱えていることがあります。「鳴かぬ蛍が身を焦がす」は、そんな姿を映し出すことわざです。
この記事では、ことわざの意味や背景、使い方を紹介しながら、「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」との違いについてもお届けします。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」とは?|言葉の意味を確認しよう
静かに光を放つ蛍が印象的に使われていることわざ、「鳴かぬ蛍が身を焦がす」について、意味や背景を確認しましょう。

「鳴かぬ蛍が身を焦がす」の意味
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」の読み方は、「なかぬほたるがみをこがす」です。この言葉は、「鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」という、より長いことわざを略したものです。
辞書で意味を確認しましょう。
鳴(な)く蝉(せみ)よりも鳴(な)かぬ蛍(ほたる)が身(み)を焦(こ)がす
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
あれこれ口に出す者より、何も言わない者のほうが情が深いというたとえ。
「鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」は、「鳴く蝉」と「鳴かぬ蛍」という対照的な存在を並べています。にぎやかに鳴く蝉の姿と、声を出さずに光る蛍とを対比することで、言葉にしないぶん、かえって心の奥深くにある強い思いを感じ取れますね。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」とは、黙って思いを内に秘める人は、心の内に強い感情を抱いている、という意味を表します。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」が使われてきた歴史
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」は『後拾遺和歌集』(1086年)に収められた和歌に見られるほか、江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎の中でもたびたび用いられています。
例えば、歌舞伎『早苗鳥伊達聞書(実録先代萩)』(1876年)では、「泣く蝉よりもなかなかに、鳴かぬ蛍が身を焦がす」というせりふが登場します。表に出せない感情を抱えながらも、家のために尽くそうとする人物の心情が描かれた場面です。
古くから日本では、自分の感情をすぐに言葉で表すのではなく、黙って耐える姿勢が尊ばれてきました。蛍が光るのは、主に仲間との合図や求愛のためとされますが、声を出さず、光だけで思いを伝える姿に、深い情を秘めた存在としてのイメージが重ねられてきました。
参考:『日本国語大辞典』(小学館)
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」どう使う? 例文でチェック
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」は、感情を表に出さない人の心の内を想像するときなどに、使う場面がありそうです。具体的な例文を通して確認しましょう。

「いつも寡黙な彼だったが、親の介護の話になると涙をこらえながら言葉を選んでいた。鳴かぬ蛍が身を焦がす、という言葉が思い浮かんだ。」
ふだんは多くを語らない人が、ある話題になると強い感情をにじませる場面です。普段の静けさと内に秘めた思いの深さの対比を、「鳴かぬ蛍が身を焦がす」によって感じることができます。
「彼女は何も言わなかったが、そのまなざしには、譲れない思いが宿っていた。鳴かぬ蛍が身を焦がすとは、まさにこのことだと感じた。」
言葉にはしなくても、表情やしぐさに現れる思いは、かえって印象に残ります。音もなく、静かに燃えるような意志の強さを表現したいときには、「鳴かぬ蛍が身を焦がす」が効果的に使えます。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」を使った作品と「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」との違い
感情をあらわにしない人物の切実な思いは、時代が変わっても多くの人の共感を呼んできました。現代の創作でも、そうした強い情熱が重要な要素として描かれる場面は多くみられます。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」が、現代の物語の中でどのように描かれているかを紹介しながら、語感の似た「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」との違いについても目を向けてみましょう。
漫画『ギルティ~鳴かぬ蛍が身を焦がす~』
タイトルにこのことわざを冠した漫画『ギルティ~鳴かぬ蛍が身を焦がす~』では、登場人物たちが言葉にできない感情を胸に秘めながら、裏切りや絶望に直面していく姿が描かれています。
表に出せない思いが内側で燃え上がる様子は、「鳴かぬ蛍が身を焦がす」ということわざの意味を、そのまま映し出しているように感じられます。

「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」との違い
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」と似た表現に、「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」という句があります。
豊臣秀吉の人物像を表すために作られた句で、鳴かない鳥をどう扱うかで、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の性格の違いをユーモラスに描いたものです。
どちらも「鳴かぬ」という言葉を含みますが、「鳴かぬ蛍」は内面の感情に焦点をあてているのに対し、「ホトトギス」の句は行動方針や性格の違いを描いています。
言葉の響きは似ていても、込められた意味や背景はまったく異なります。
最後に
「鳴かぬ蛍が身を焦がす」は、言葉にせず思いを抱く人の姿を表したことわざです。騒がずとも強い感情を持つという価値観は、日本人の心の奥にある美意識のひとつかもしれません。相手の言葉だけでなく、沈黙や表情に込められた思いに、目を向けてみるといいかもしれません。
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