フラワークリエイター・篠崎恵美さんインタビュー
身の丈以上の仕事が来ても、まずは受ける、断らない。迷うべきはどうやって実現するか
お花の世界に飛び込んだのは22歳のとき。それまではアパレルに携わっていました。
私は元々、自分の考えを外に伝えるのが苦手で、ファッションの自由な世界でなら自己表現ができるかもしれないと思って選んだ道でしたが、実際は恥ずかしくて発言できなかったり、人と比べてしまったり。憧れが強すぎて、その高みを超えられない自分がいました。
モヤモヤしながら進む先を模索していたときに、ふらっと立ち寄った三宿のお花屋さんで見つけたのが「スタッフ募集」の貼り紙。そのまま時給も聞かずに、直感的に面接を受けました。
◆ファッション業界から花業界へ
お店の雰囲気が実家や幼少期に育った風景に似ていて、私のスタートはこういう場所だったなと思い起こして。「ここにいたい」「自分自身をまた見つめ直せるかも」と思えたんですね。
実際に働き始めて気づいたのは、自分をお花の時間軸に合わせる必要があるということ。朝3時からの仕入れ、次々と終わりゆく命に対応するスピード感。
花束をつくるにも、手の熱で花が傷むのでゆっくりしていられず、重いバケツの運搬も日常茶飯事。体力に自信はなかったのですが、6年間の下積みで徐々に鍛えられていきました。
◆独学で花を学んだ試行錯誤の日々
お花の仕事は師匠について学ぶことが一般的ですが、私の場合は独学です。本を読んで花の名前を覚えることから始め、お店にカフェやお庭もあったので、空間に合う花器とのバランス、植物の植え方、花を長持ちさせるコツなど、実験を日々繰り返して。
完全に「好きこそものの上手なれ」ですね(笑)。職場はアンティークショップ併設で、スタイリストやアーティストの方々の出入りも多く、しだいに撮影やイベントの仕事を依頼されるようになっていきました。
独立して『edenworks』を立ち上げたのが28歳。賃貸の事情で勤めていたお店が閉店することになり、この先どうしようかと考えたときに、お花の廃棄が出ないよう、注文された分だけ仕入れて届けるスタイルでやってみようかと。
4年たったころ、大きな転機が訪れました。17人ほどスタッフがいないと成し遂げられない規模で、ウエディング装花の依頼があったんです。まだひとりでアトリエは自宅、車も小さな軽ワゴン…という私。
本来はとても受けられない仕事でしたが、お花屋さんがたくさんある中で、自分に頼んでいただけるのはスペシャルなこと。「断る選択肢はない。選択に迷うならどうやって実現するかその方法だろう」と。
◆花の“ロス”と向き合う
そこから初対面のフローリストにも声をかけて打ち合わせを重ね、大型スタジオや冷蔵庫を1週間借りて大量の花をひとつひとつ丁寧に管理しながら、なんとか成功に導くことができました。
が、その一方で一夜にして捨てられてしまう花々の姿を目の当たりにし、倒れるほどの衝撃も受けました。
ただ、不可能を可能にするには何をすべきかその経験から学んだことは多く、以降はロスを避ける方法を考え、撮影のクライアントさんには、使い終わったお花をドライフラワーにしてお客さんに配る提案もしています。
「『edenworks』に頼む以上、そこまでやろう」というお取引先も増えてきて、ありがたいことですね。
人間が定めたルールにとらわれず、花の自由を広げていきたい
◆花業界と独自のスタイル
花業界には、流派や花材の組み合わせ、角度など、人間が定めたルールや固定観念が色濃く存在します。
でも、お花そのものは、咲き方や模様もそれぞれに個性がある。正直な生き物で、撮影などで強いライトに当て続ける状況でも、「この撮影中は元気でいてください」と願いながら触れると、本当に枯れないんです。
私のスタイルは型破りだったかもしれませんが、知識がなかったからこそ、個性を活かすべく枠にとらわれない挑戦ができたと思っています。
制作中は最もいい状態で提供できるようとことん向き合いますが、自分がつくるものが正解ではないとも思っています。お客さんが「こっちが好き」とおっしゃるなら、それがベスト。
自分の作品としてではなく、選んでくれる人が喜ぶ選択を大事にしたい。お花にとって「どちらがかわいいか」「だれが上手か」は、きっとどうでもいいこと。自分自身との戦いはありますが、他人と競う職業ではないと思っています。
2015年に実店舗を開いたのは、お客様ひとりひとりと直接対話しながら、日常に溶け込むお花を提案したかったから。「どうしたら長持ちしますか?」と質問を受け、それに応える形でドライフラワーショップも始めました。
お客さんの言葉が、自分の次のステップの土台になっていることが多く、新たなアイディアが湧いてくるんです。まだまだやるべきことがある、と続けられるのだと思います。
◆花との出会いが私を変えてくれた
ファッション業界では挫折を経験した私ですが、花を通じてブランドや音楽MVの仕事に関わるという、かつての夢を実現できるとは思いもしませんでした。
お花との出合いが、引っ込み思案だった私を変え、お客さんと目を見て話し、人前で堂々と振る舞う自信も与えてくれました。新しい世界を見せてくれたお花には感謝しています。
2017年ごろからは、日本原産のさまざまな紙を用いた花づくりに本格的に取り組んでいます。
従来の「人工物の花瓶に、花を活ける」発想を逆転させ、自然の石を花器に、花を紙で見立てるアプローチ。デジタル化が進む世の中で手仕事の価値を見出したいという思いで表現しています。
20年この仕事を続け、アドバイスを求められる機会も増えてきましたが、常々思っているのは「キャリアの有無に関係なく、お客さんのことを思って考えて導き出した答えに、間違いはない」ということ。
正直、細かい指示が欲しい人には物足りないかもしれません。でも、シリアスな空気は苦手で、私自身は、スタッフにはちょっと馬鹿にされるぐらいでいいかなと思っているんです。自ら工夫して頑張っている人が報われる世界になってほしいなと思います。
◆“花の自由を広げること”が私の使命
花を扱う仕事は、生命を預かること。一方で、適切な剪定や採花は光合成や栄養の行き届きを促し、植物にとって必要な営みです。お花屋さんの存在は、土や植物の増加につながり、生産量の維持が環境にもいい影響を与えているんですね。
このサイクルを未来にも残すべく、今後は、植物があるからこそ、人間は豊かに暮らせるということを体感できるような場を提供していきたいです。たとえば、食との関係。
私自身、20代、30代は仕事に全身全霊を傾けて、食事はコンビニのおにぎり1個で済ますような生活でしたが、コロナ禍を機に健康や免疫力に目を向けるようになりました。
お肉を食べることができるのも、牛や豚のエサとなる植物のおかげ。人々の心と体に豊かさをもたらしてくれるお花の自由を広げることが、私の使命だと感じています。
4/20~5月上旬に個展を開催!
石と紙の花を掛け合わせた永遠美『PAPER EDEN』プロジェクト
生花のロスを最大限になくす創作を行う傍ら、アーティストとして、国産の紙で立体の花をつくって石に活け、日本人の手仕事の魅力を伝えている篠崎さん。2017年のミラノサローネを皮切りに、アメリカや欧州、アジアなど世界各国で作品を発表してきた。4/20~5月上旬には、東京で展示販売予定。
会場:白紙 HAKUSHI
住所:東京都渋谷区神宮前5-36-6 ケーリーマンション 3F
2024年Oggi5月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
篠崎恵美(しのざき・めぐみ)
1981年、栃木県生まれ。文化服装学院でデザインを学び、ファッションの道に進む。2003年、偶然通りかかったフラワーショップとの出合いをきっかけに独学で花の世界へ。2009年に独立、「花を棄てずに未来に繋げる」を理念に掲げ、クリエイティブスタジオ『edenworks』を設立。現在は、週末限定のフラワーショップ『edenworks bedroom』をはじめ、ドライフラワーショップ、プラントショップを含め4店を構える。店内装飾からウインドー装花、雑誌、CM、MVなど幅広く手がけ、数多くのアーティストや有名ブランドとコラボレーション。紙の花プロジェクト「PAPER EDEN」を発表するなど、アーティストとしても活動。Instagram :@edenworks_