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2025.07.14

「『困っていない』と言われても粘り強く現場の声に向き合う」〈治験/臨床研究DXスタートアップ企業経営者・鎌倉千恵美さん〉

選択の多い30歳からの人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人はどんな転機を迎えてきたのか? 今回は、テクノロジーによって治験や臨床研究の分野における効率化を推進してきた、アガサの鎌倉千恵美さんにお話をうかがいました。〈第一線の先人たちもアラサーで「選んで」きた The Turning Point~私が「決断」したとき~〉

治験/臨床研究DXスタートアップ企業経営者・鎌倉千恵美さん

臨床研究DXスタートアップ企業経営者・鎌倉千恵美

総務省に勤務する国家公務員時代を経て、民間への転職を決意したのが27歳のとき。選んだのは日立製作所でした。規模の大きな会社でお客様に直接サービスを提供しながら、将来の可能性が広がる経験を積みたいという思いがありました。衛星通信に関わっていた前職での知見を活かし、担当することになったのは、人工衛星を打ち上げるプロジェクト。スケールは大きかったのですが、いざ動き出してみると、ビジネスとして成立させる難しさを痛感しました。

次に携わったのは、水道管の管理運用技術を海外の石油パイプラインに応用する事業。こちらも互換性の壁にぶつかり、計画は頓挫してしまいます。日立ならではの高度な技術や壮大なビジョンを、どうすれば現実的な事業につなげられるのか。その課題意識から「アントレプレナーシップ(起業家精神)を学びたい」と会社に直談判し、31歳でMBA留学をしました。

留学先は、アメリカ・ヒューストンにあるライス大学。日本人は私ひとりで、生活するだけでもひと苦労。泣き言も英語で言わないと通じません(笑)。仕事ではある程度英語を使っていたものの、授業では何を聞かれているかすらわからなくて。発言ができず、チームワークにも貢献できない。人生で初めて、〝思ったことが伝わらない苦しさ〟を知るきっかけになりました。言語と文化の壁に悩まされながらもなんとか2年間サバイブし、実践的なビジネスの基礎とアントレプレナーシップを学べたことで、自信にもつながりましたね。

また、留学中のインターンで出合ったのが、ヘルステックという分野でした。ITで人の健康を支える取り組みに深く共感し、帰国後は日立のヘルスケア部門に異動。電子カルテをはじめ、製薬会社や医療機関向けの新ビジネスの開発・設計を担当することになったんです。そこで目の当たりにしたのが、病院に山積みになった治験関連の紙の書類。中には、年間で2tトラック1台分もの文書が発生する医療機関もあると聞き、衝撃でした。製薬会社とやりとりするたびに、書類を印刷して、封入・発送して、保管して… そのために残業も発生し、医療従事者の方々が本来の業務に時間を使えず疲弊していることを知りました。

日立にも医療書類のDXシステムはありましたが、取引先が導入するには2億円のコストがかかる。予算が限られる中小の企業や医療機関にとっては現実的ではありません。しかも海外で行う治験もあるので、英語対応も必要。そうした課題を解決したくて、製薬企業向け文書管理システムを提供するアメリカ企業「NextDocs」日本支社の立ち上げに携わることを決めました。安定した環境を離れる迷いはありましたが、このチャンスを逃さず飛び込もう、と。

37歳でNextDocsの日本支社代表に就任し、システムを直接販売できる体制を整備。5000万円ほどで導入できる価格設定で展開し、3年で国内シェアの2割にあたるお客様に使っていただけるようになりました。ところが、軌道に乗った矢先、アメリカの本社が買収され、日本支社は突然の閉鎖。私を含め、全員が解雇されることに。これまで築いてきたお客様との信頼も、すべて失ってしまうかもしれない。そんな悔しさがこみ上げ、「だったら、自分たちの手で、もっといいサービスをつくろう」と心に決めました。それが、現在経営するヘルステック会社、アガサの始まりです。

臨床研究DXスタートアップ企業経営者・鎌倉千恵美

「困っていない」と言われても粘り強く現場の声に向き合う。医療に携わる人が本来の使命に集中できるように

一緒に起業したのは、元同僚のフランス人、チュニジア人、スウェーデン人のエンジニアたち。「グローバルで使用でき、適度にローカライズしつつ、リーズナブルに提供できるもの」を目指し、製薬会社と医療機関の間で交わされる治験情報を、改ざんや漏洩の心配なくクラウドで管理できるシステム『Agatha』を開発しました。

当時の治験の現場では、封筒に宛名を書いて、何百通もの書類を発送するのが主流。私たちのシステムなら、それがオンラインで安全に完結するうえ、ひとりあたりの料金は当時、1通の発送代くらいです。「90%以上コストも手間も減るのだから、喜ばれるに違いない」と信じていました。でも、いざ病院に営業に行ってみると「困っていない」「変えるほうが面倒」という想定外の反応で。ITはすべての人にとって便利だというのは思い込みで、最初の5年間は、そんなギャップを埋めることに苦労しました。

それでも粘り強く、現場の声を聞きながらメリットを伝えるうちに導入が少しずつ進み、大きな転機となったのはコロナ禍でした。書類に触れられない、病院に立ち入れないという非常時に、「Agathaがあったから治験を止めずに済んだ」と言っていただいたときは、本当に続けてきてよかったと思いました。

治験領域にシステムを導入するには、製薬会社と病院の両方の合意が必要です。でも、どちらも「相手が非協力的だ」と受け止めていると、なかなか前に進めません。結果として、新薬の開発や普及が遅れてしまう。そこで私たちがその間で、両者の声を丁寧に聞き、調整し、すり合わせていく。中立的な立場だからこそできるコミュニケーションがあると思っています。根本にある信念は、「みんなにとって幸せであること」。製薬会社、病院、患者さん、ベンダー、それぞれが無理なく続けられる仕組みであることを目指しています。だれかの我慢や犠牲のうえに成り立つビジネスは、きっとどこかで止まってしまうはずですから。

世界で承認された新薬の7割が日本では利用できていない現実を変えたい

創業から10年、アガサは約100名のチームに育ちました。メンバーは世界中にいて、働き方は原則リモート。管理職の育休も自然なことです。マネジメントの本質は「信じる」こと。個人の成長があるからこそ企業の成長があると思っています。

日々の経営にプレッシャーはつきものですが、自分自身を整えてくれるのがランニングです。元々は30代後半、ダイエット目的で始め、今では年に2回のフルマラソンが恒例に。風を感じて、景色を眺めて、無心になれるこの時間が、また前を向かせてくれます。70歳までは4時間以内で完走し続けるのが目標です(笑)。

折々に立ち返るのは、孫 正義さんの「志高く事を成す」という言葉。私もまた、志を掲げるだけでなく行動することを大切にしています。世界には薬にアクセスできない人がまだ20億人以上います。日本でも治験の遅れから、世界で承認された新薬の約7割が利用できていません。私たちはそんな現状を変えるインフラになりたい。医療に携わる人が、本来の使命に集中できるように。そして、世界中の人たちに、一日でも早く必要な薬が届くように。これからも、仲間たちと一歩ずつ、走り続けていきます。

医療・ライフサイエンス業界で世界16か国・3000社以上に信頼されるシステム『Agatha』

Agatha

鎌倉さんが代表を務めるアガサは、「世界中の人々の健やかな人生のために、今わたしたちができること。」をミッションに掲げ、医療の現場で治験や臨床研究の書類業務をクラウド化するSaaS『Agatha』を提供。現場の声を起点に紙での記録や資料のやりとりに伴う負担を軽減し、多言語に対応。3000社以上の医療機関や製薬企業で活用されている。製品の詳細や導入事例、ミッションへの想い、従業員インタビューなどは公式HPにて公開中!

2025年Oggi8月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

鎌倉千恵美さん(かまくら・ちえみ)

1974年、愛知県生まれ。医療・製薬業界でDXをサポートする、アガサ代表取締役社長。名古屋工業大学大学院修了後、総務省総合通信基盤局に入省。2001年に日立製作所へ転職し、製薬・医療機関向けの新ビジネス開発と新ソリューションの基本設計、プロジェクトマネジメントを担う。2011年には、製薬企業向け文書管理システムを手がける米国企業NextDocs Corporationの日本支社代表に。2015年10月、アガサを設立。治験・臨床研究の文書管理システム『Agatha』を開発・展開する。日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2025」、第5回「東京女性経営者アワード」【継続成長部門】など受賞多数。

Oggi編集部

「Oggi」は1992年(平成4年)8月、「グローバルキャリアのライフスタイル・ファッション誌」として小学館より創刊。現在は、ファッション・美容からビジネス&ライフスタイルテーマまで、ワーキングウーマンの役に立つあらゆるトピックを扱う。ファッションのテイストはシンプルなアイテムをベースにした、仕事の場にふさわしい知性と品格のあるスタイルが提案が得意。WEBメディアでも、アラサー世代のキャリアアップや仕事での自己実現、おしゃれ、美容、知識、健康、結婚と幅広いテーマを取材し、「今日(=Oggi)」をよりおしゃれに美しく輝くための、リアルで質の高いコンテンツを発信中。
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