話し方トレーニングサービス会社経営者/スピーチライター・千葉佳織さん
◆挫折と葛藤から、決意のスタート
スピーチで人生を変える──話し方トレーニングを提供する会社、カエカを立ち上げた5年前、私はその決意を胸にスタートを切りました。でも、ここに至るまでは、葛藤の連続でした。新卒で入社したDeNAでは、1年目から責任ある仕事を任せていただいたものの、思い描いていた自分とは程遠いと感じていました。
というのも、高校時代から弁論部で活動し、伝えるプロになりたいとアナウンサーを目指して大学4年間を費やしましたが、30局の試験はすべて不合格。元々目標を掲げて逆算しながら努力するタイプで、その分、かみ合わなかったときの挫折感が大きく、「こんなに頑張ったのに、この先どうすればいいんだろう」と抜け殻のようになってしまって。
2年目の春、このままではいけないと渋谷のカフェでA4の紙を広げ、〝自分が本当にやりたいこと〟を書き出してみたんです。浮かび上がってきたのは〝スピーチ〟や〝話し方〟という言葉。その瞬間、人生のテーマを見つけた気がしました。
いずれ起業することを視野に入れ、まずは副業としてスピーチライターに挑戦してみることに。話し方の重要性が浸透しているアメリカでは確立された職業ですが、日本ではまだほとんど知られていない分野。現職の方々に連絡を取り、弟子入りをお願いしてみたところ、「育て方がわからない」「アナウンサー試験に落ちたあなたには難しいんじゃない?」とお断りされるばかり。
◆様々な挑戦から学び得たもの
それでもあきらめずに人に会って自分の思いを伝え続けていたある日、若者向けのスクールを経営する方が、「今度プレゼンの授業があるから、登壇してみては?」とチャンスをくださいました。その授業でのスピーチに「感動しました」と、名前も実績もない私に3か月間のスピーチ教室を任せてくださることになったんです。
特に忘れられないのは、最後の発表会。「人前で話すのが苦手」と言っていた10代の受講生が、生き生きと話し、会場の心をつかんでいました。「授業で人生まで変わった」と語ってくれたことに、この仕事には意味があると思えたんですね。
副業での経験を基に、会社に話し方トレーニングの導入を提案すると、すごく寛容で「やってみなよ!」と2週間後にはOKが出て人事部に異動。新卒採用・社内のスピーチライター/トレーナープロジェクトを担当できることになりました。
当時の社長や、開発エンジニア、営業、学生と関わるメンターなど、さまざまな職種の話し方改善に携わり、いかに自分の思いを言葉に反映できるかが、人を動かすだけでなく組織の力にも影響することを体感。同時に、仕事は自分でつくることができるという学びも得ました。
与えられるのを待つのではなく、「これがやりたい」と声を上げて少しずつ形にしていく。その小さな成功の積み重ねが、今の私を支えているのだと思います。
◆25歳で独立の道へ
スピード感を持って話し方学習の事業と文化づくりに集中できるよう、お世話になったDeNAを退職して25歳で独立。ゼロからのスタートだったので、図書館に通って論文を読み、あらゆるスピーチを分析し、自分の経験を棚卸ししながらカリキュラムをつくっていきました。
ただ、当初は「話し方を学ぶなんて、自分の下手さを認めるようで恥ずかしい」という空気もあり、なかなか相手にされず、サービスの価値を地道に伝える毎日でしたね。意識していたのは「どうすればお役に立てるだろう?」と目の前のお客様のことを考え尽くすこと。やがて「話し方を学ぶのは、相手への配慮にもなるんですね」「トレーニングを受けていると堂々と言いたい」と共感してくださる方が少しずつ増えていきました。
全国史上最年少の26歳で芦屋市長に就任された髙島崚輔さんもそのおひとり。スピーチには、内容の構成や一貫性といった〝言葉〟だけでなく、声の高低や表情・ポージングなどの〝動作〟も重要な要素です。その両面から取り組んでいただき、トレーニング終了後の演説では、「伝わり方が全然違う、すごく変わったね!」と支援者の方に声をかけていただいたとうかがったときは、本当にうれしかったです。
創業から2年半後の2022年には資金調達を実施し、スタートアップ企業として一歩を踏み出しました。課題や弱みを分析する独自のAI診断も導入し、サービスの精度を高めています。話し方のトレーニングという新たな市場開拓の挑戦となりましたが、今ではクライアントの層が広がり、経営者や政治家だけでなく、社会人、受験生や就活生など、多様な方にご利用いただけるようになりました。
昇格や営業成績の向上、選挙の当選、起業、書籍出版、メディア出演の機会増加など、受講生の方々が羽ばたいていく様子に、これからAIが進化していく社会においても、「話し方」は人の価値を高める欠かせないスキルになるのではないかと、より手応えを感じています。
◆「話す力」が人生にもたらす変化
「話し方」は決して先天的な能力ではなく、スポーツや音楽と同様、正しいやり方を学び、軌道修正を重ねることで上達するものです。そのプロセスを経た人生の変化に立ち会えることが、この事業のやりがい。
「ずっと自分の話を聞いてもらえないと感じていたけれど、経営者として初めて会社のまとまりを実感できた」、「今までとは違う景色が見える、ありがとう」といった声をいただくたびに、胸が熱くなります。いきなりトレーニングは難しいと感じる方は、ご自身の話を録音して聞き直してみるだけでも、クセや改善点に気づくことができると思います。
現在は40名ほどのチームで取り組んでいます。中には、受講生として関わってくださった方が転職して加わったり、アナウンサー試験でたまたま出会った方が仲間になったりと、思いがけないご縁もあります。人と言葉を大事に、「強くて優しい人が多いね」と言われる会社になったのは、とてもありがたいことだなと。
プライベートでは2年前に結婚。公私はあえて切り分けずに、家で仕事の話をしてもいいし、私生活の話を仕事場ですることも。夫も起業家なので慌ただしい日々が続いていますが、お互いにやりたいことを尊重し合いながら自然体で過ごすことでバランスがとれているような気がします。
今後の目標は、話し方の学びを日本の義務教育に組み込むことです。人は平日1日平均6.1時間、会話すると言われています。でも、人生の4分の1にもあたるその時間をどう活かすか、だれも教えてくれない。「話す力」の質が変われば、仕事も人間関係も、政治や経済も変わるかもしれない。そんな思いを胸に、これからも話す力を社会に実装し、多くの人が幸せな道を切り拓けるよう挑んでいきたいです。
各界リーダーが頼りにする話し方トレーニング『kaeka』築地校を新たにオープン!
千葉さん率いる『kaeka』は、「すべての人生にスポットライトを」をミッションに掲げ、自己成長につながる実践的な話し方トレーニングが好評。AI分析×トレーナー指導を組み合わせ、これまで5000人以上をサポートしてきた。ステージを使った対面トレーニングも可能で、銀座校に続き築地校がオープンして都内2校舎体制に。現地クラスとオンラインクラスから選べる。詳細は公式HPで!
2025年Oggi2月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
千葉佳織(ちば・かおり)
1994年、北海道生まれ。カエカ代表取締役。15歳から日本語のスピーチ競技である「弁論」を始め、2011年から2014年までに全国弁論大会での3度の優勝と、内閣総理大臣賞受賞を経験する。慶應義塾大学卒業後、DeNAに入社。代表取締役のスピーチ執筆や登壇社員の育成に携わる。2019年、カエカを設立。話し方トレーニングサービス『kaeka』を運営し、企業総会や国政選挙などでスピーチ原稿の執筆も担う。Forbes JAPAN「2024年注目の日本発スタートアップ100選」選出。著書に『話し方の戦略 「結果を出せる人」が身につけている一生ものの思考と技術』(プレジデント社)。