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LIFESTYLE

2024.11.23

「エンターテインメントは歴史や法制度は変えられないけれど、〝空気〟を変える力はある」〈脚本家/小説家・吉田恵里香さん〉

選択の多い30歳からの人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人はどんな転機を迎えてきたのか? 今回は、脚本家として多くの人の心をつかみ、NHK連続テレビ小説『虎に翼』も手がけた吉田恵里香さんにお話をうかがいました。

脚本家・小説家 吉田恵里香さんインタビュー

◆多忙の中で焦りを感じていた30歳目前

初めてゴールデンタイムの連続ドラマの執筆をしたのが、29歳のとき。仕事は順調でしたが多忙を極め、私生活では恋人と30歳を目前に別れたばかり。「子供が欲しい」という気持ちが強く、年齢的な焦りも感じていました。

脚本家・小説家 吉田恵里香さん

将来へのモヤモヤを抱えながらひとり旅で訪れたのが、京都の鈴虫寺です。知人に「願いが叶うお寺だよ」とすすめられて行ったのですが、「仕事の夢は神様ではなく自分の力で叶えたい」と思い、結婚相手と出会いたいとお願いしました。仕事への熱意を再確認した旅にもなりました。

31歳で息子を授かったときは、もちろんうれしかった半面、「もう少しで自分のやりたいことを形にできるポジションをつかめるかも」と感じていた時期でもありました。企画書を何本も書いてコンペに参加し続けた20代を経て、少しずつ直々にオファーをいただけるようになってきた矢先。

今休んだら仕事が減ってしまうのでは… という不安の中、母が「ここまでがんばってきたんだし、全力でサポートするから今までどおり仕事をしなさい」と背中を押してくれたんです。ありがたい環境に感謝しつつ、出産した日の夜からパソコンに向かっていました。

身体的には大変でしたが、「この先は子育てしながら仕事をしていく」と、やるべきことが定まってむしろ楽になれた。あのとき仕事をセーブしていたら、今の自分はなかったとも思います。

◆作品に向き合うことで気付けた“自分ならではの視点”

PC作業する女性
(c)AdobeStock

脚本家になったばかりのころを思い返すと、「個性がない」とよく言われていました。「きれいにまとまっているけど、面白みがない」と。個性ってなんだろう? 奇抜なことをやればいいのかな? とあまりピンと来なくて。でも、一作一作に向き合ううちに「奇をてらうことじゃなく、情熱をもって作品のことを考え抜いた自分ならではの視点が個性になるんだ」と気づきました。

根底にあるのは、20代後半に取り組んだアニメで、マイノリティの人物を描いた経験です。多くの反響をいただき、エンターテインメントの中でスポットが当たりにくい人たちを「いないこと」にしたくない、当たり前に描きたいという気持ちが生まれました。

その後、同性間の恋愛をテーマにした『チェリまほ』(『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』)のドラマ化を担当。さらに、他者に恋愛感情を抱かず、性的にひかれないアロマンティック・アセクシュアルの当事者を主人公にしたオリジナルドラマ『恋せぬふたり』につながって。

だれもが持つ無意識の偏見や先入観を次の世代に残さないように

◆〝朝ドラ〟『虎に翼』を通じて伝えたかったこと

そして、『恋せぬふたり』でご一緒したスタッフの方と、夢だった〝朝ドラ〟『虎に翼』の制作が決まったときは、本当にうれしかったですね。老若男女、幅広い視聴者にお届けできる場だからこそ、伝えられることがある。

題材選びから議論を重ね、日本初の女性弁護士・三淵嘉子さんをモデルに、平等や人権を軸にしながら、さまざまな立場の人が抱える生きづらさをどう解消するかを描きたいと考えました。

手帳

目指したのは、過去のいやな経験や痛みを呼び覚ますのではなく、「私もこの怒りがわかるから前に進もう」「次の世代には同じ苦しみを残したくないよね」といった気持ちになっていただけるような物語。特に差別の問題に関しては、ただ「悪いことだ」と断じるのではなく、だれもが持ちうる無意識の偏見や先入観に目を向けたいという思いがありました。

それは、家族の描き方にも通じます。恋愛も結婚も家族も、人生で唯一の正解ではないし、恋愛しない権利や幸せもある。絆はときに縛りや呪いになることもありますよね。だからこそ、「家族だから支える」のではなく、「相手が大切だから」「尊敬し合えるから」という前提を大事に、家族をキラキラした神聖なものとして一方的に描かないように意識してきました。

放送が始まってからは、「どこまで自分の声を出すべきか」をずっと考えてきました。裏方である脚本家の役目は、土台となる台本を書き終えるまで。映像作品は監督や役者さんの手が加わって完成し、世に出れば、その先の受け取り方は、視聴者の皆さんに委ねられます。

解釈は自由だと思っていますが、『虎に翼』では、人権や不平等の問題に正面から向き合っているので、差別につながる発信に黙っていてはいけないだろうと。それに、私が逃げてしまったら、役者さんが矢面に立たされてしまう。SNSやメディアで自分が表に出て守れる領域があるなら、意見や意図をしっかり伝えようと決めていました。

◆対話をしながら学び直す姿勢を忘れずに

インタビューの様子
(c)AdobeStock

社会的なテーマに触れる際に心がけているのは、「わかった気にならないこと」。どれだけ取材を重ねて勉強しても、自分は当事者ではない。間違うことがあると肝に銘じていますし、当事者の方に「わからないから教えてください」と教材のように尋ねるのは失礼なことです。まずは自分なりの考えを伝えた上で、対話をしながら学び直す姿勢を忘れずにいたいと思っています。

エンタメは共感を生むことはできても、歴史や法制度は変えられません。限界を感じる日々ですが、『恋せぬふたり』をご家族と観た方から「翌朝から家族の前でしんどさが和らいで、生きやすくなった」という感想をいただいたとき、エンタメでも〝空気〟を変える力はあるんだと実感できて。

『虎に翼』では、会社を辞めて専業主婦になった方からの「産休に入る後輩に向けた『あなたの居場所はここにある』『家庭も仕事も、やりたいことを選択して』という言葉に救われたし、自分もそう言ってほしかったんだとわだかまりが解けた」とのお声も、心に残っています。

当事者ではない人にも「こう思うだれかがいるんだ」と、気づいてもらえたらいいなと。すばらしいチームと共に作品をつくり、多くの視聴者の方々に思いを寄せていただいたことは、無二の経験。また朝ドラの現場に戻ってこられるよう、今後もがんばり続けたいですね。

◆私にとっての母のように、息子と信頼関係を築いていきたい

脚本家・小説家 吉田恵里香さん

私生活では、4歳の息子が「今日一日楽しかったな」と思って眠れるよう、奮闘する毎日です。正直、本やドリルを読んでほしい日もあるのですが、YouTubeやゲーム、秘密基地づくりなど、彼がハッピーになれる時間をなるべく一緒に過ごせるようにしています。

最近は、ゲーム動画で覚えた謎の都市伝説を語って聞かせてくれることもあり、その吸収力に驚かされるばかり。一方で、家族の中では私だけが𠮟る役回りなので、息子も私の顔色をうかがうようになってきて(笑)。嫌われたくはないけれど、怒らないといけない場面はあるので、そのバランスは難しいところです。

でも、大人になったときに一緒に飲みに行けるような信頼関係を築けたら理想ですね。私にとっての母がそうであるように、困ったときに相談できる存在であれたらと思います。

働く30代から熱い支持! 困難な時代に道を切り開いた法曹たちの物語『虎に翼』

虎に翼 DVD-BOX

吉田さんが脚本を手がけた『連続テレビ小説 虎に翼 完全版 DVD-BOX1』(ブルーレイ版もあり)が、好評発売中! 女性が弁護士になれなかった時代に、主人公が法律という翼を得て力強く羽ばたいていくストーリー。事件や裁判が見事に解決されていく爽快感も魅力。¥16,720/発行・販売元:NHKエンタープライズ ©2024 NHK
※11/22、1/24に続巻が発売予定

2024年Oggi12月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 ヘア&メイク/佐藤美香 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

吉田恵里香(よしだ・えりか)

1987年生まれ、神奈川県出身。日本大学藝術学部卒業。大学在学中に劇団の制作を手伝ったことを機に、脚本家の道へ進む。ドラマや映画、舞台、アニメ、小説など多岐にわたる執筆を手がける。主な作品に、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』、ドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』(TBS系)『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京)、『生理のおじさんとその娘』(NHK)、アニメ『TIGER&BUNNY』『ぼっち・ざ・ろっく!』など。2022年には、NHK『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。2024年度前期のNHK連続テレビ小説『虎に翼』を執筆。

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誤)Alladin X
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