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2024.10.24

「〝抜きんでる〟のではなく〝共に在る〟を大切に」〈組織開発コンサルタント・勅使川原 真衣さん〉

選択の多い30歳からの人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人はどんな転機を迎えてきたのか?今回は、組織開発の専門家として、数々の企業や医療、教育機関を支援してきた勅使川原真衣さんにお話をうかがいました。

組織開発コンサルタント・勅使川原 真衣さんインタビュー

◆〝競争から降りる〟という発想を持てなかった30代

勅使川原 真衣さん

「選ばれる人であれ」という重圧を、30歳前後の私は強く感じていました。外資コンサルティングファームで人材開発を支援するコンサルタントとして働いていた時期で、振り返ると能力主義に縛られていたなと感じます。元々は大学院で教育社会学を学び、職場や学校における成果の責任を個人の能力に負わせる、「能力主義」の不確かさに疑問を抱き、批判してきました。

人は本来、常に揺らいでいるものなのに、特定の瞬間だけで評価することが当たり前になっている。何かひとつ失敗しただけで、「あの人は使えない」と断定され、その評価を基にほかの人と比べられ、序列がつけられている…と。でも、実際に産業社会に入ってみると、この序列の中では自分の位置を常に意識せざるをえない。逃れるのは難しいものでした。

それはキャリアだけでなく、結婚や出産も同様で、自分がどうしたいかよりも、「売れ残ったらかっこ悪いんじゃないか」とか「ハイスペックなだれかと早く結婚したほうが、求められている感があるのでは」と人のものさしを気にして、墓穴を掘っていた気がします。〝競争から降りる〟という発想を持てなかったんですね。

◆退職、出産、そして独立へ

疲れた様子の女性
(c)AdobeStock

「企業の医者」にたとえられるコンサルは、かつて医学部を目指した私にはやりがいのある仕事でした。でも、一方的な基準で会社やそこで働く人を判断する側面もあります。たとえば、ある会社で重役を選ぶとなれば、候補者たちの性格に問題がないかテストを行い、「この人にはいくら払う価値があります」とか「あの人は部長にしないほうがいい」といった分析レポートを書き、人事に携わります。

現場で働く人たちにも、リーダーシップアセスメントやストレスチェックで評価・選抜し、欠けていると可視化された〝能力〟を補うべく研修を売る。ビジネスとしては必要とされても、自分はこのやり方を長くは続けられないな、という思いが芽生えていきました。

さらに、30歳で長男を出産。当時の上司はほぼ寝ずに働く人で、負けじと食らいついて評価されたい一心から、夜中1時に寝て朝4時に起きるという毎日。そんな生活の中、保育園の先生に「お母さんが忙しすぎて、待てずになんでもやってあげていませんか?お子さんの発達に影響が出ていますよ」と指摘され、会社で働き続けるのは厳しいかもしれないと考えるように。

会社の先輩で、現在は多くの著作を発表されている山口 周さんに相談したところ「独立したら大丈夫だよ」と背中を押していただき、35歳で退職を決意しました。

◆独立後のカオスな日々…

勅使川原 真衣さん

独立後は、能力ではなく人との関係性を重視する組織開発を大事に、さまざまなクライアントに伴走。ありがたいことに仕事は順調でしたが、長女を出産後に胸の痛みや乳腺炎に悩まされていました。病院でも原因がわからず、ワンオペ育児や家族との確執に疲れていたこともあり、スピリチュアル整体にハマってしまいまして。

身近な人に弱音を吐けなかった私には、親身に話を聞いてくれる女性整体師の非科学的な断言はむしろ心地よく、悩みを打ち明けては号泣するという、カオスな状況(笑)。実はこの時点で胸にしこりがあったのですが、「老廃物が溜まっているだけ」「〝解毒〟しましたよ」と言われ、安心する自分がいました。結局、2年ほど通い詰め、依存していましたね。

そして迎えた38歳、2020年の春。パンデミックで対面のコンサル研修や新入社員教育がすべて白紙になり、時間ができたため、ようやく病院へ行ってみることに。診断は、50mm超になったステージ3Cの乳がんでした。ただ、このときの私は「これで堂々と休める」と、ホッとしてさえいたんです。医師の方々の尽力で摘出できたことは、本当に幸運なことでした。

その後、リモートワークが浸透し、転移した進行がんの治療を続けながらも仕事を続けられる環境が整いました。長年のお客さんが、まだいつ研修を再開できるかわからない中で1年分の前金を払ってサポートしてくださったり、医療系のお客さんがごく自然にがんを受け止めて応援してくださったりと、仕事は負担ではなく救いになっているという感覚が強かったですね。

◆乳がんの闘病と執筆

書籍「職場で木津着く」「働くということ」

一方で「死ぬかもしれない」という状況に、「何かを残さなくては」という使命感も湧きました。初作『「能力」の生きづらさをほぐす』は、子供たちへの遺言のような思いで書き始めたものですが、乳がんの闘病と人材開発の経験が掛け算のように絡み合い、ひとつの物語に。それは、闘病記でもなく技術論でもなく、両方が融合したユニークなものになりました。

とはいえ、仕事と治療の両立は簡単ではなく、体力的にも精神的にも限界を感じることもありました。親としてふたりの子供を育てる中で、家族や友人の助けがなければ乗り越えられなかったと思います。それまで、なんでも自分でやらなければ、と弱さを見せられずにいたけれど、あきらめて助けを求めたら、友達や先輩がごはんをつくりに来てくれたり、子供たちの面倒を見てくれたり、本当に支えてくれたんです。

過去を否定するのではなく、もう一度出会い直して向き合えたというか。40代で香りに目覚めたのもその一環です。しんどいときは友人から贈られたアロマがお守り。リフレッシュできるだけでなく、思いを寄せてくれたことに温かさを感じ、執筆活動の原動力にもなっています。

今年出版した2冊の本『働くということ 「能力主義」を超えて』と『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』には、多くのビジネスパーソンや学校の先生方から、「こうあるべき、という一元的な正しさを押し付けられていたことに気づかされた」という声をいただいています。

◆“傷つきやすいやわらかな存在のまま”で共に

昨今の職場では、「パーパス」「1on1」「ウェルビーイング」などの真新しい言葉が先行し、足りない部分に焦点を当てられがちです。でも、本当の課題は、人の個性や傷つきという今あるものを無視し、その機能や強みをうまく組み合わせられていないことにあるのではないでしょうか。

コミュ力、主体性、協調性…などとひとりで万能を求められ、いつもご機嫌でいるなんて無理な話。現実は予測不可能なことばかりで、人生にも自分でコントロールできない出来事に直面するときが来ます。私自身、自分の心がざわつき、違和感を覚えた瞬間があったからこそお伝えできることがあります。

傷つきやすいやわらかな存在のままで共に在りながら、社会に還元していきたい。それが、皆さんの負担を少しでも軽くする契機になれたらうれしいです。

新刊『働くということ』『職場で傷つく』に共感と発見の声が続々!

勅使川原 真衣さんの新刊「職場で木津着く」「働くということ」

新書『働くということ 「能力主義」を超えて』(¥1,078/集英社)では、人と機能の組み合わせを活かす、現場視点の実例と対処法が満載! 『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(¥1,870/大和書房)では、従来の組織論で見落とされがちな「個人の心の痛み」を理解し、それを基に人間的なリーダーシップを育む視点を提示。感情に寄り添いながら、実践的な気づきをもたらしてくれる。

2024年Oggi11月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

勅使川原 真衣(てしがわら・まい)

1982年、神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。教育社会学を学んだ後、外資コンサルティングファーム勤務を経て独立。2017年におのみず株式会社を設立し、個人の特性や組み合わせを生かした組織開発に取り組む。初の著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)が反響を呼び、著作や講演を通じて、人を「選び」「選ばれる」能力主義にとらわれない新たな組織論を提唱。2020年より乳がん闘病中。

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Oggi12月号で商品のブランド名に間違いがありました。114ページに掲載している赤のタートルニットのブランド名は、正しくは、エンリカになります。お詫びして訂正致します。
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