産後ケアホテル経営者・斎藤睦美さんインタビュー
強かった姉が出産後に涙する姿を目の当たりにして、触れた不安。産後ケアを当たり前の選択に
大学で保育士と幼稚園教諭の資格を取得した後、新卒で入社したのが障害のある方の支援を行う会社でした。
元々子供と遊ぶのが大好きで園の先生になるのが夢だったのですが、実習の現場で〝手がかかる〟とされる子にもっと直接的なサポートを届けたいという思いが芽生えたんです。
発達障害のお子さんを持つ親御さんへのペアレントトレーニングに携わり、1000人以上のご家族に接する中で知ったのは、外部のサポートなしに子育てをするのは難しいという現実。
社会の課題に直面する一方で、親御さんたちが抱える悩みや痛みに耳を傾けて、さまざまな価値観や考えに触れることができ、自分が関わることで少しでも心が軽くなる瞬間を持っていただけるというのは、大きなやりがいでした。
20代半ばの転職と保育園の設立
父が経営するNSグループへの転職を決めたのは、3年ほど経験を積んだ20代半ば。幼少期からビジネスで人を幸せにしようと試行錯誤してきた父の姿を見て育ち、いつかは自分もそんな仕事をつくりたいと思っていました。
周りからどう見られるかはわからないけれど、チャンスが広がるなら新しい環境に行ってみよう!と、意識して動いた時期でもあります。さっそく取り組んだのが、保育園の設立。
新規事業の提案でしたが、会社には「今までにないからいいね」と受け入れてもらい、自社の女性スタッフに育休明けも働きやすい環境を整えると同時に、地域の方々に子供たちが安心して通える園として喜んでいただくことができたのはうれしかったですね。
「産後ケアホテル」をつくりたい
保育士兼園長を4年ほど務めた後、産後ケアホテル『マームガーデンリゾート葉山』をつくろうと思ったきっかけは、姉の出産でした。妹の私が知る姉は、仕事ができてメンタルも強い女性だったのですが、35歳で緊急帝王切開によって出産した後、痛みや不安から涙を流している姿を見て。
公的な宿泊型の産後ケアもありますが、まだ少数。実際、もうひとりの姉は申請したものの落選しています。日本では7〜10人にひとりが産後うつを発症しているともいわれ、「ひとり目が大変だったから」という理由で第2子を断念してしまう人もいる。
共働き社会で高齢出産や核家族化が進んでも、女性が安心して過ごせる環境を提供したいという思いを強くしました。
産後ケアの根付く台湾視察と日本の現状
視察で訪れたのは、産後ケアが日常の一部として根づいている台湾。個性豊かな200以上もの施設があり、専門家の力を借りて体の回復に努めながら、育児の仕方を学ぶ環境が整っていました。
ただ、いざ準備を始めてみると、日本ではほぼ前例がない産後ケアホテルをゼロからつくっていく難しさに四苦八苦。どのような設備を導入するか。長ければ数週間連泊するお客様に、毎日栄養バランスを考慮して5食を提供する工夫。
保育園とは異なる、生まれて間もない月齢の赤ちゃんを預かる体制。授乳サポートや沐浴教室…そのすべてを並走させて構築していたため、自分が目を閉じている=事業がストップしてしまっている気がして、眠れぬ日々を過ごしました。
キャパオーバーにも気づけない状態でしたが、姉が「何かヘルプが必要なんじゃない?」と声をかけてくれたことを機に我に返り、自分の頭の中にだけ詰め込んでいたやるべきことを言語化して伝えられるように。
周りを頼ることで、エンジンを切らさずに走り切ることができたように思います。
産後ケアホテル『マームガーデンリゾート葉山』開業
2021年に開業し、休館日なく1年半が過ぎたころ、予期せぬ家電バッテリーの発火事故に見舞われました。最優先で赤ちゃんとママの安全を確保し、訓練どおり全員が無事に避難できたことに安堵しましたが、再建には2か月の休業が必要に。
臨時店舗として近隣ホテルにご協力いただきつつ、スタッフ総出で清掃に汗をかく日々。立ち上げ時と同様にすべてを再構築する過程で、自分たちの存在価値を問われる思いでした。
チームで結束しなくては乗り越えられない壁に向き合い、いかにお客様に安心で心地よいサービスを提供するか、新たな決意を固める時間でもありました。
幸せな思い出や支えられた経験が困難を乗り越える力になる
主婦中心のスタッフが現代のママたちをサポート
現在、スタッフは約120名。助産師、保育士などが在籍し、飲食と宿泊を含めた24時間365日のサービスを担っています。20代から40代の主婦が主で、多くが自身の出産・育児経験から現代のママたちをサポートしたいと働いてくれています。
思いの強さから、ときには意見の衝突もありますが、そんなときこそお客様にとって何がベストかを軸に話し合うようにしています。
能登半島地震の支援で宿泊を提供
「私たちには何ができるのか」を常に問う中で、能登半島地震で被災したご家族への支援で宿泊を提供した際は、チェックイン時に、新生児を抱えて生活する心身の不安を涙ながらに打ち明けてくださるママさんが少なくありませんでした。
たまたま災害という外的要因で人に頼るという選択にたどり着いた方も多く、「自分でなんとかしなくては」という意識が根強い日本の現状を痛感。夫婦関係において〝産後の恨みは一生〟とはよく言われますが、〝産後の感謝も一生〟。
脳や体がダメージを受けているときは、感情が色濃く刻まれます。幸せな思い出や支えられた経験は、困難な時期を乗り越える力になりますし、「私なんか大切にされないんだ」という孤独は、絶対に感じてほしくない。産後ケアという選択肢とその価値を広めていく使命も感じています。
ワークライフインテグレーションと変化・挑戦
経営者となって責任はどんどん増していますが、だからこそお客様やスタッフからの「この場所をつくってくれてありがとう」という、より強い感謝を受け取れるとも思っています。前職の上司には「ユニークであれ」、父からは「面白いことをやろう」という励ましをもらってきました。
安全は大前提、その上で守るだけではなく、人々が明るい気持ちになれるようなサービスをつくっていきたいですね。そのためにも、新しいものに意識的に触れようと行動に移しています。
というのも、プライベートでは経営塾や社会人バスケチームに参加し、マンガや映画から視点を学び、銭湯での休息を糧にしていますが、30代に入って好きなものが固まってきたなという自覚があって。
如実に感じたのは、人生で初めてスタイリストさんと一緒に買い物をした体験です。自分では絶対に選ばないような、水色やピンクなど明るい色の洋服をすすめられ、最初は違和感があったのですが、しばらくするとしっくりなじんで。
自分に似合うものを発見できましたし、あのチャレンジがなければ、私は今もくすんだ色を着続けていたと思います(笑)。これは仕事にも通じることで、公私の境界線をゆるやかにしておくと双方が豊かになっていく。
年を重ねてもワークライフインテグレーションを大切に、変化や挑戦を楽しんでいきたいです。
ゆっくりママになれる場所『マームガーデンリゾート葉山』見学バスツアーを開催中
都内から車で1時間、海を眺めながら心身を休められる産後ホテル『マームガーデンリゾート葉山』では、池袋・東京・横浜駅発着で見学バスツアーを定期開催。
試食や産後の相談も可能なのが心強い。全参加者にアフタヌーンティーチケットのプレゼントがあり、当日10泊以上の予約でもらえる豪華な特典も! 詳細や予約方法は公式HPで確認を。
2024年Oggi6月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき~」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
斎藤睦美(さいとう・むつみ)
1992年、東京都生まれ。マムズ取締役社長。大学で保育と幼児教育を学んだ後、発達障害の子供の療育や親子のペアレントトレーニングを行う企業を経て、ホテル・飲食・ブライダルなど多事業を展開するNSグループに入社。2016年に保育園を立ち上げ、園長として保育現場に携わる。2021年12月に日本最大級の産後ケアホテル『マームガーデンリゾート葉山』を開業。自然豊かな環境で客室、SPA、岩盤浴、ハーブテント、カラオケといった多彩な施設を構え、専門スタッフが産後の心身をサポート。国際女性デー『HAPPY WOMAN AWARD 2023 for SDGs』個人賞を受賞。