書店店主/作家・花田菜々子さん インタビュー
「仕事も家庭もダメだ」と〝出会い系〟に飛び込んだ30代前半。自分が自分でいられる時間が人生の色を変えてくれた
書籍と雑貨のお店を運営する『ヴィレッジヴァンガード』に入社し、下北沢店の書籍担当になったのが29歳のときです。サブカル好きな私にとっては大学生のころから通いつめた憧れの場所で、会社としても〝総本山〟のような店舗。
そこで働けることは、大きな目標を達成できた気持ちでしたね。仕事は充実していたし、新しい発見や成長もたくさんあった。でも、徐々に会社や人間関係が変化し、30代になると楽しいだけではない悩みも増えていきました。
◆40代で活躍する先輩女性がいない若い会社で、将来が見えない焦り
社内で初の女性店長になったものの、仕事の教え方がわからなくてうまく振る舞えず、「好かれるリーダーになるには――」といった自己啓発本を、カバーをつけてこっそり読んでみたり(笑)。
40代で活躍する先輩女性がいない若い会社で、将来が見えない焦りも。辞めたらほかでは通用しないかも…自分に合う仕事はこれしかないんじゃないか。そんなモヤモヤを同僚たちも抱えていて、言い訳と逃げと不安とをごちゃ混ぜにしたような会話をする毎日。
反面、全員が辞めても自分だけは残るんだという強い愛もある。板挟みになりながら、そのすべてに嫌気がさしていました。
◆「仕事も家庭も、もうダメだ」というどん底で、人生の色が変わったきっかけ
ちょうど同じ時期、プライベートでは夫との別居を経験。「仕事も家庭も、もうダメだ」というどん底で、人生の色が変わったきっかけは、とある出会い系サイトに登録して、初対面の人にぴったりの本をおすすめし始めたことでした。
出会いといっても恋愛目的に限定せず、知らない人とカフェで30分会って話してみる…というもの。起業のために人脈づくり中の男性、わらしべ長者を目指す医大生、コーチングを仕事にしている女性…など、性別も年齢も職業も本当に多様な出会いがありました。
◆多様な出会いの中で気づいた“自分にとっての居心地の良さ”
中には性的な接触が目当ての人もいて、そういう話題を持ちかけられることに傷つきもしたんですが、どこかでこの世界の不思議を見つめている感覚になるというか。変わっている人だけど、なんだか自由でいいなと。
それに、いい意味で、仕事に対して力が抜けていて適当な人も多くて、自分がいかに単一の価値観で生きてきたか、改めて思い知らされました。外に出ても大丈夫かもしれないと思えたんですね。視野も行動範囲も広がり、転職、離婚という一歩を踏み出すこともできました。
安定した基盤があることより、いつでもどこにでも動けて好きなことをするほうが自分にとって居心地がいいと気づけたのも、大きな収穫でしたね。
◆自身の経験が書籍になり、多くの方に知っていただくチャンスに
このときの得がたい体験を友人が手がけるwebマガジンで綴ったところ、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』という書籍にもなり、多くの方に知っていただくチャンスになりました。
実はサイト登録当初は、キャラ立ちに迷走。職業欄に「セクシー書店員」などと書いてしまい、「怪しいからやめたほうがいいよ」と注意されたことも(笑)。
そういう黒歴史もプライドを捨てて書いてみると読者の方が笑ってくれるし、ときにはお店まで会いに来て、ふだんなら人に話しづらいようなご自身の体験を伝えてくださる。私の本を読んでその回路が開かれたのなら、かけがえのないことだなと。
◆書店員として新しいお店づくりの連続は試行錯誤の日々…
12年勤めた会社を卒業してからも、書店員として新しいお店づくりの連続でした。会社やオーナーと同じビジョンを目指しているはずなのに、現場とかみ合わないこともあります。
中でも〝女性のための本屋〟をコンセプトに掲げた『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』の立ち上げは難産でした。新業態で相手が何に重きを置き、何に不安を感じているのか、業績やデータであれば、数字の話に変えて提案してみる。お客様からの見え方なら、生の声を伝えてみるなど、どういう視点で調整していくと解決できるのか、試行錯誤する日々。
◆お客様と会って見えてきた“本当のニーズ”
オープン後はお客様からも学びました。「女性は美容や料理が好き、育児本のニーズあり」というような仮説のもとで並べた本がまったく売れなかったんです。理由は、自分も当てはまらないのに、会議室で話し合ううちに「女性はこういうものだよね」と勝手なイメージを描いていたから。
実際に日比谷に来るお客様に会うと、演劇好きで、育児をしていないか既に終わっている女性が多い。美のためのストイックな生活より推しを愛で、文化や歴史、フェミニズムなどに興味がある。
その実像が見えてからは、「あなたならこんな本も気になるのでは?」と提案することでお客様の興味が連鎖して広がっていく。その人の生き方をフォローする役割を本屋が果たせているのかなとやりがいを感じることができました。
高円寺に“蟹ブックス”をオープン
◆残高の心配はあれど、自分ですべてを決められる新鮮な感動
2022年、スタッフも最高で大好きだったこの店の閉店は悲しい転機でした。でも、優しい会社で予算を惜しまず、最後まで元気にやり遂げさせてもらえたことに感謝しています。同時に、大切な場所はいつまでもあるとは限らない。やりたい企画はできるうちに挑戦しておこうと思うようになりました。
次のステップとして選んだのが、高円寺に自分のお店『蟹ブックス』を開くことでした。ありがたいことに、自著の印税とクラウドファンディングのご支援で実現でき、店番をしながら、書評など執筆の仕事もしています。
企業にいるときは、1円でも多く売上を伸ばさなくてはと思っていたのですが、今は残高の心配はあれど、自分ですべてを決められる新鮮な感動がありますね。しかも呼びたい人をイベントに呼んで、聞きたい話を聞いて、お金をいただけるとは贅沢。
◆聞き手の体重が乗っている言葉をぶつけることでしか引き出せない言葉がある
新刊の『モヤ対談』では、私が選書した尊敬する著者さんの秘密を知りたい!という好奇心でお話をうかがっています。対話において心がけているのは、恥を承知で自分の失敗も葛藤も話すこと。
聞き手の体重が乗っている言葉をぶつけることでしか引き出せない言葉があると思っていて。ゲストの本質に触れながら、次に読みたい本を見つけていただけるのではないかと。
◆なんのために本を売る仕事を続けているか
ただ、動画やSNSといった手軽な刺激があふれる今の時代、読書には読む「筋肉」が必要ですよね。それでもなんのために本を売る仕事を続けているかというと、だれかを元気づけるため。
本をすすめるとき、その人が抱える問題が解決したり、よい方向に導かれたりするような、そんなきっかけをつくれたらと思っています。
「幸せになってほしい」という言葉は大げさかもしれないけれど、本屋にいるとその願いが具体的になる気がして、私にとっては心身の健康の秘訣でもあるんです。
進む道に迷ったときは、自分の中だけで悩まず、今の自分にはできないかもしれないという仕事を引き受けてみる。動き続けて流れながら新しい課題に取り組み、自分自身も変わっていけたらいいなと思います。
本音の対話を通して心の霧が晴れていく!新刊『モヤ対談』好評発売中
数多の本に触れてきた花田さんが「本当に面白い!」と思った本の著者20名と語り尽くした対談集。日常の身近なモヤモヤを解きほぐしながら、生き方や考え方、他者との関わり方を学べる。自己を開示すると共に人への理解を深めていく花田さんの姿勢や言葉選びは、一歩近づきたい相手とのコミュニケーションのヒントにもなるはず。
¥1,870/小学館
2023年Oggi2月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
花田菜々子(はなだ・ななこ)
1979年、東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業後、2003年にヴィレッジヴァンガードコーポレーション入社。各地で店長を務めるほか、新業態の立ち上げや新店の書籍MDも手がける。『二子玉川蔦屋家電』ブックコンシェルジュ、『パン屋の本屋』店長を経て、2018年より『HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE』の店長に。著書に、実体験を綴った私小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』(共に河出書房新社)など。2022年9月、東京・高円寺に書店『蟹ブックス』をオープン。