雑談サービス『サクちゃん聞いて』主宰 雑談の人・桜林直子さんインタビュー
やりたいことはわからなくても、譲れないことはある
シングルマザーで会社員だった私の生活が大きく変化したのが、ちょうど30歳のとき。娘が小学校に入り、夏休みが40日もある中で3日しか休暇が取れず、6年間これを続けたらまずいなという危機感がありました。
勤め先は洋菓子関連会社。のびのび自由に働かせてもらっていたけれど、業界の例に漏れず薄給で、お金が理由で子供の選択肢が減ってしまうのも避けたかった。
会社を辞めようと決めたものの、人手が少ない中で製造以外のすべて、いわゆる広報や販促、経理、人事、総務の役割を担っていたので、2年かけて引き継ぎをしていきましたね。
「やりたいこと」がないから、「絶対に譲れないこと」を決めた
辞めたら何をしようかと考えたときに、「やりたいこと」がない私がまず決めたのが、「絶対に譲れないこと」。それが、〝半分の時間で2倍稼ぐ〟でした。といっても、会社や業界を替える転職は「自分が選べる道ではないな」と早々にあきらめていたんです。
当時はフレックスや時短の働き方はごく少数。会社の裏方はひと通りやってきたけれど、どれもプロではないし、よその会社でどんな職種にあたるのかもわからない。でも、「お店なら出せるんだよな」という思いはありました。
独立開業は、傍から見たら大変というイメージがあるかもしれませんが、私の場合は「それしかできない」という感覚。10年以上毎年バレンタインの時期は、全国80か所以上のお店の運営を担当していたので、1店ならチャレンジ要素もなくできるだろう! と。
2011年に『SAC about cookies』をオープン
商材は、常温で長期保存でき、仕込みやディスプレイに場所を取らないクッキーに絞り込み、2011年に東京・富ヶ谷で『SAC about cookies』をオープンしました。
資金は、渋谷区の創業支援の融資制度と貯金で調達。肝心の夏休みは、お店も通販も8月を休業にして確保し、11ヵ月の営業で成り立つように事業計画を立てました。
完全に消去法で「クッキー店経営者」になったわけですが、ギフトの文化は好きで、お客さんが「あの人に贈りたい」と思えるものをつくりたいというのがモチベーションになっていましたね。
それに、洋菓子業界では、力仕事がきつくてお菓子をつくりたくても辞めざるをえなかった女性がたくさんいたので、彼女たちの働く場をつくれたらという思いも。
当時はまだクッキー専門店が少なく、コーヒーショップへの卸、雑誌のお取り寄せ企画や結婚式のギフト、企業のノベルティなど、人が集まる所に販路が広がり、軌道に乗っていきました。
娘に学校以外の場所をつくれたことは、会社員のままではできなかった
娘は学校帰りにはお店に直行し、事務スペースにしていた奥の和室にあるちゃぶ台で宿題をしたり、通りを歩く大人をつかまえて商品を売り込んだり(笑)。絵を描くのが好きな彼女が自作した店頭POPや新聞もお客さんから好評で。
その後、娘は9歳で『ほぼ日マンガ大賞』というコンテストに入選し、週2で4コママンガの連載をもつことになるのですが、その打ち合わせも、もし私が会社員のままだったら参加できなかった。娘に学校以外の場所をつくれたのはよかったなと思いますね。
失敗しないものをあえて選んだので大きな困難はなかったけれど、自分が直接がんばったと実感できるものをやりたくなってきたのが、30代の終わり。
たとえば、テレビに出演すると注文がすごく増えます。お客さんに喜んでもらうのも、売り上げが上がるのもうれしいことですが、私がお菓子をつくれるわけではないので忙しくてヘトヘトになるのはスタッフ。申し訳ないし、ボーナスで還元することはできても、みんなは本当にうれしいのかなと距離を感じて。
自己観察として始めたnoteが名刺になり、書籍の出版にもつながることに
ちょうどそのころから、自己観察としてnoteで文章を書き始めたんです。
お店とは別に個人の仕事をしたくても、「何をやっている人ですか?」と聞かれて、うまく自己紹介ができなかったんですよ。自分を知るために、何をしてきて、何が得意で、何を大事に選んできたのか書き出してみました。
そうすると、過去が編集されていくというか。イヤなことばかりだと思っていた時期も、「いいこともあったな」とか「役に立っているな」とわかってくる。人に読まれることは一切気にせず、読後感や構成も考えずに淡々と書き連ねていたら、「面白いね」と続きを待ってくれる人が現れて。うれしかったですね。
文章が名刺になって普段なら出会えない人とも知り合い、本の出版にもつながりました。
うまく言葉にできなくても聞いてくれる人がいたら…
今の肩書きにつながる、雑談サービスを始めたのは2020年の1月。子育てもお店も手が離れて時間ができ、ちょっとした副業のつもりでした。
私は書くことで頭の中を整理整頓できたので周囲にもすすめていたのですが、「言語化して書くのは難しい」と言う人が多い。だったら、うまく言葉にできないままでも聞いてくれる人がいたら、話してモヤモヤを出すことができるんじゃないかと。
90分マンツーマンでの雑談企画をnoteで募集し、対面で始めたところすぐにコロナ禍に。
リモートに切り替えて雑談の仕事はどこでも受けられるようになった一方、クッキー店は、世の中の人出も激減し、スタッフの出勤もままならない。相談を重ねて店舗は閉じることを決めました。今は看板商品のレモンクッキーだけ、製造委託でオンライン販売を続けています。
解決も成長もしなくていい。自分が快適な生活を、正直に考える
雑談サービスでは、これまでのべ1,400人以上のお話を聞いてきました。テーマは自由。「雑談が苦手」と言う方が大半なのに、皆さんめちゃくちゃしゃべって、自分の言葉に背中を押されるように、悩みに答えを出していくんです。
雑談はコーチングでもカウンセリングでもない。快適にいてほしいけれど、成長はしなくてもいいというのが本心。何かを解決することも目指していないんです。
それでもお客さんが目の前でどんどん変わっていく姿に、今の世の中には、ルールもしがらみもなく、ただ正直に話せる場が少ないんだなと感じています。
2023年2月からは、noteで出会った友人の紹介で意気投合したジェーン・スーさんと、ポッドキャスト番組『となりの雑談』を開始。台本もなく、ふたりの対話をそのまま配信しています。
心をゆるめる雑談の力 TBS Podcastの人気番組『となりの雑談』配信中
桜林さんとでもおなじみのコラムニスト、ジェーン・スーさんが毎回テーマを決めずに雑談を展開する音声コンテンツ。開始から3か月で111万回再生を突破し、「言葉にできなかったモヤモヤをふたりが言語化してくれる」と好評を呼んでいる。人によって異なる世界の見え方を知ることで、自分もだれかと対話したくなる(毎週火曜日20時から配信中)。
不満は、工夫の材料になる。循環を生む仕組みづくりが好き
30代までは自分に意識を向けてきたけれど、とことん考え抜いたら人のことをもっと知りたいと思えた。違いがあるからこそ、お互いの見えているものを交換するのは楽しいですね。
何より、循環を生む仕組みづくりが好きなんです。需要と供給を見極め、どこのだれに何を届けるか。もしくは不満があるなら、どう工夫して改善に転換するか。そういう意味では、お店づくりも文章も雑談も同じ。
もれなく、私が何か始めようとしたときに「いいね!」と調子に乗せて味方になってくれた人たちの影響を受けています。
環境が変われば自分が変わる。今後もだれと働くかを大事に、道を選んでいきたいです。
2023年Oggi10月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
桜林直子(さくらばやし・なおこ)
1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキー店『SAC about cookies』を開業する。noteで綴ったエッセイが注目を集め、『セブンルール』(カンテレ・フジテレビ系列)に出演。著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)では、ユニークな視点から働き方・生き方についてヒントを提案している。’20年より、〝雑談の人〟という看板を掲げて有償の雑談サービス『サクちゃん聞いて』をスタート。