オンラインストア『北欧、暮らしの道具店』店長・佐藤友子さん インタビュー
好きな領域で奮闘するという道を避けて歩いていた20代
実績も経験も資格もない私が、インテリアコーディネーターへの一歩を踏み出したのが28歳の終わりです。20代の自分はアルバイトや派遣社員として職を転々としていました。
その場の空気に慣れて、ある程度認めてもらえるような働きをするくらいには頑張れるけれど、頭のどこかで「これじゃない」と思っている。本当に好きな領域に裸一貫で飛び込んで、もがきながら奮闘するという道を避けて歩いていたんです。
どこかでカッコつけてるな、このままだと自分の30代は開かれていかないなと一念発起。
ずっと好きだった雑貨やインテリアに直接触れる仕事を求めて転職活動を始めました。とはいえ未経験ですから、恥をしのんで出せるものを出すしかない。
結婚したての自分の新居や、趣味でスタイリングしていた友人宅の写真を作品集代わりに、インテリアデザイン会社の面接に持参して情熱を伝えました。何者でもない自分を雇ってくださった社長は、脈絡のない職歴を「引き出しの多さ」として評価してくださった初めての人。本当に感謝しています。
充実した仕事の裏で、あきらめられずにいた「自分のお店をもつ」という夢
入社後は、ハウスメーカーさんのモデルハウスづくりを担当。上司に恵まれ、単なるインテリアにとどまらず、マテリアルの組み合わせや色彩のバランスといった考え方、人生を豊かに過ごしていく上で大切なエッセンスなどたくさんのことを教えていただき、充実していましたね。
一方で、業界の第一線でバリバリ働く先輩方の姿は、私にはとてもまぶしく見えて気後れすることも。同じキャリアを目指していけるのか迷いながら、自分のお店をもつという夢もあきらめきれずにいました。
「株式会社クラシコム」を設立。起業から1年も経たず存続の危機に
実の兄から「一緒に会社をつくらない?」と誘われたのは転職して3年目、31歳のとき。当初の事業は、賃貸不動産の大家さんと借主をつなぐITサービスで、インテリアの仕事を辞めずに兼業できるならやるよ、と好奇心で参画しました。
登記なんてやったこともなかったけれど、初心者向けの指南書を買ってきて四苦八苦しながら「株式会社クラシコム」を設立。ただ、起業から1年も経たないうちに資本金が底をつき存続の危機を迎えてしまったんです。
北欧で感じた心のさざ波。同じ時代に生きているのに、日本では手の届かない暮らしに悔しさがこみ上げた
残った100万円を握りしめ、兄と「最後の社員旅行」として出かけたのが北欧です。何か新たな仕事の種はないかと探す思いでしたね。実はその数カ月前、夫の出張に同行して訪れたスウェーデンで受けた衝撃が忘れられなくて。
会社を見学したり、現地の方のお宅で食事をご一緒したりすると、みなさん18時にはオフィスを後にし、キャンドルを灯した食卓を囲んで家族とゆったり過ごしている。街中でも日常を楽しもうとする空気感や価値観に触れ、心の中にさざ波が立ったんです。
同じ時代に生きているのに、彼らの当たり前の生活は日本では手が届かない。悔しさがこみ上げ、自分は人々の暮らし方や働き方に関わっていきたいんだと自覚するきっかけになりました。
『北欧、暮らしの道具店』をオープン。人生で初めて、さすべき場所にシャベルをさせた
未来は見えなかったけれど、夢中だった
再訪したストックホルムでは、当時日本で人気が出始めていた北欧のヴィンテージ食器を買い付けて帰国。「せっかくなら人生経験が残ることに使おう」と元々興味があったネットショップで販売してみることに。
安価にショッピング機能が使える既存サービスを活用しながら、HTMLやデザインは独学で手づくりして。未来は何も見えなかったけれど、夢中でしたね。人って、もう転ぶことがないところまで行きつくと、逆に元気が出る場合もあるんだなと。
名を『北欧、暮らしの道具店』に決め、いざECサイトをオープンすると、ありがたいことにすぐに完売。2007年当時の北欧ブームが追い風となった運のよさもありましたが、鉱脈の予感というか、人生で初めてさすべき場所にシャベルをさせた手応えがあって。
ここから、兄妹で雑貨店を経営するという不思議な人生が始まりました。
モノを売るだけではない「コンテンツ」の可能性
創業からの16年を振り返ると、もう全部が大変で、全部が楽しい日々です。当初は買い付けからサイト運営、梱包・発送までふたりだけでやっていたので、余裕がなくて大喧嘩もしょっちゅう(笑)。
やがて事業の持続性を考え、希少なヴィンテージだけでなく現行品の取り扱いやオリジナル商品の開発をスタートすると、スタッフの採用、卸元さんとの交渉、発注、在庫管理など、未経験の新たな仕事が次々発生して修業の連続でしたね。不慣れでお客様からお𠮟りを受けることもありましたが、それも含めてやりがいや喜びがありました。
産休育休を経て復帰した2011年ごろからは、ECの“メディア化”へ舵を切り、読みものを増やしています。震災直後の世の中が苦しい時期で、訪れてくださった方が少しでもホッとできる場所でありたいという思いもありました。
この店とつきあっていきたいなと思ってもらうには、たとえば「こんな食卓にしたいな」といった“気分”を持って帰っていただくことも重要。自分が憧れていた雑誌をお手本に編集し、取材を申し込んで記事をつくる… ということに挑戦し始め、映像や音声配信にもつながっていきました。
幸せなことに、今では社員の8割が元お客様。WEBのラジオ番組を入口に10代、20代のお客様が私たちを知ってくださるなど、モノを売るだけではないコンテンツの可能性を感じています。
自分を半分肯定して、半分否定する。恥をさらす場に出てこそ、変化できる
開業以来、掲げてきたコンセプトは「フィットする暮らし、つくろう。」でも、気持ちのいい場所に安住するだけでは体現できなくて、使い古した自分の物差しを更新するためにも、今の自分の長所や心地よさを半分肯定して、半分否定することを大事にしています。
一見居心地の悪いところに飛び込んでみたり、苦手なことにトライしてみたり、恥をさらす場に出てこそ変化できる。落ち込んだときは、元気がある人たちに助けてもらえばいいし、「できない」という体験そのものも糧になるんですよね。
「何をやりたいか」や「何になるか」よりも、「どんな人でいたいか」を大切に
2022年の上場は、まさに長くこの会社を続けていくための変化のひとつ。実際に新たなビジネスやコラボレーションにお声がけいただく機会が増えました。
30代までマネジメントの基本も知らなかった私が経営者を続けていられるのは、気兼ねなく相談できて各々が信念をもって判断できるスタッフひとりひとりのおかげです。
すれ違いもありましたし、人が人を変えることはできないけれど、関係性は育てることができる。お客様も含めて、関わる人が息苦しくならないような“生態系”づくりを意識しています。
まだまだ未熟で不安もあるけれど、ここから先は謙虚な振る舞いだけをしていたらいけないと思っています。
何をやりたいかとか何になるかよりも「どんな人でいたいか」を大切に、自分が歩んできた道のりから、若い世代の方たちにとってお役に立てることを見つけていきたいです。
月間200万人以上が愛用するネットショップ『北欧、暮らしの道具店』
佐藤さんが店長を務め、北欧の雑貨や食器を取り扱うECサイトとしてスタート。現在では北欧に限らずさまざまな国の商品を提案しながら、コラム・ポッドキャスト・動画などのコンテンツを制作・配信中。日常にひとさじのワクワクを届けてくれる。
2023年Oggi4月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
佐藤友子(さとう・ともこ)
1975年、神奈川県生まれ。クラシコム取締役。高校卒業後、アルバイトや契約社員としてさまざまな職を経験した後、インテリアデザイン事務所を経て兄・青木耕平氏と共にクラシコムを設立。2007年にECサイト『北欧、暮らしの道具店』を開業する。店長として商品開発やプロジェクト運営を担い、物販のみならず、インターネットラジオ『チャポンと行こう!』や映画『青葉家のテーブル』など多彩なチャネルを展開。熱いファンを獲得して年商51億円を達成し、2022年8月には東証グロース市場に上場を果たす。全員定時退社、残業なしというワークスタイルでも注目される。『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2023』大賞を受賞。