公務員・脇 雅昭さん インタビュー
やりたいことを見つけて進んでいく生き方に憧れていた20代
国家公務員として総務省に入省後、出向先の熊本県庁から戻ってきたのが28歳のころ。もう毎日のように「辞めたい」と思っていた時代です(笑)。というのも、社会起業家の方にお会いする機会が増え、自分はこのままでいいのかと迷ってしまって。
当時は、公営企業会計制度の改正を担当。約50年ぶりに、病院や鉄道など、全国の自治体が運営する事業に関わるルールを決める… という大役ではあったのですが、心身をすり減らしながら働いてできたものが、世の中でだれかの笑顔につながっているのか、実感が持てなくて。
片や、「環境問題を改善する」とか「教育で日本をよくしていく」とか、だれからも頼まれていないのにリスクを背負って取り組んでいる人たちがいる。自分でやりたいことを見つけて進んでいく生き方に、めちゃくちゃ憧れていました。
恩返しができたら… という気持ちから、交流会『よんなな会』を発足
モヤモヤを抱えながら30歳を迎えようかというタイミングで父が他界。いつ終わるかわからない命の時間をどう使うか、仕事で言われたことだけやるのはもったいないなと、「生」への意識が鮮明になりました。
そこからセミナーや様々なコミュニティに参加するなど、行動はしてみるものの何が見つかるわけでもない。1mmも進んでいない自分に愕然として至ったのが、「夢とかビジョンとか、何かでっかいことを探すのはやめよう」という境地でした。
そんな僕にも「これをやったら、目の前のこの人が喜んでくれるかな」という小さなアイディアは思いつくものがあって。そのひとつが、全国47都道府県の地方公務員と中央省庁で働く官僚をつなげる交流会『よんなな会』の発足でした。
きっかけは、目の前で働く同僚の元気がなかったこと。東京の省庁には地方公務員の方が出向・派遣で来ているのですが、大体4月に着任して6月になると、見知らぬ土地での激務に疲れが出てくる。
自分が熊本に出向していたときは地域の方々を紹介してもらって支えられた経験もあり、何か恩返しができたらという思いがありました。
全国から700人以上が参加する会に成長。ルールを設定することで、参加者にも工夫が見られるように
始まりは渋谷の貸会議室。僕からほかの省庁も含めて20人くらいに声をかけて、その人たちにも2~3人を誘ってもらい、60名ほどの飲み会を企画しました。
設定したルールは、ひとり一品、ご当地の食べ物や飲み物を持ち寄ってもらうこと。そうすると、POPを自作したり、会場を回って配り出したり、ひとりひとりが工夫を始めたんです。
会話のきっかけにもなり、あちこちで笑顔の輪が広がっていく光景に、各々3,000円を払ってケータリングを用意するほうがラクだけれど、このひと手間があることで、受け身な“参加者”ではなく、主体的な“運営者”になるんだなという発見がありました。続けるうちに、年に4~5回、全国から700人以上が参加する会に育っていきました。
地域創生や災害対策を支える縁が全国に広がる
縦割りとも言われる組織体制を持つ公務員としては、横につなげる活動を個人のボランティアでやっていいのだろうかという怖さは正直ありました。でも、畏縮してあきらめてしまうのは惜しい。
「公務員って、仕事ってこんなもんだよね」というみんなの当たり前を壊したいという思いで企画したのが、大臣、元長官、起業家などを招いた講演や、参加者による仲間募集『1分ピッチ』です。
そこから地域を支える金融機関との関係構築につながったり、『防災会』というプロジェクトが始まったり。地域創生や災害対策を支える縁が全国に広がっています。
オンラインプラットフォーム『オンライン市役所』を立ち上げ。仲間の存在が大きな力に
ただ、『よんなな会』を10年続けて規模が大きくなるにつれ、新たなモヤモヤの種が生まれたんですね。自分がつくってきたのは、非日常のお祭り的な場。ワクワクして帰った後、みんなは月曜日にふだんの職場で頑張れているのかな? と。
そこで全国の公務員が毎日気軽に相談できるように、個人参加型の無料プラットフォーム『オンライン市役所』を2020年4月から立ち上げ、各自治体の成功例・失敗談や実践的なノウハウを共有することにしました。
奇しくもコロナ禍が重なり、前例のない対応に迫られる激動の中、仲間の存在と知見は大きな力になりました。今では全国1788の自治体のうち1230にメンバーがいます。
経験や知恵をシェアして地域の課題を解決する『オンライン市役所』
脇さんが発起人の『オンライン市役所』は、全国の自治体や国で働く現役公務員が参加できる、オンラインプラットフォーム。メンバーは5700人を超え、動画による業務勉強会や、日々の地域活動を共有する配信、共通の関心テーマでつながる自主ゼミなどを通して、情報交換を行う。活動内容や参加方法は公式HPで確認を!
やりたいことに踏み出せないのは、“ひとりでやる”世界を想像しているから
自分ひとりしかいない仕事でも、困り事は共通
公務員は異動すると転職に近く、一からノウハウを知る必要があります。特に地方では、役所で担当が自分ひとりしかいない仕事がザラにあって。
でも、困っていることは共通で、空き家問題、人口減少、予算の工面、ケースワーカーの対応など。日々の困りごとをだれかが質問すると、アドバイスが数十件も返ってくるんです。だれもが先生であり生徒であり、立場が固定化されずに循環が生まれるのがいいなと。
何かやりたくても「無理だな」と一歩を踏み出せないのは、“ひとりでやる”世界を想像しているから。
陽の当たらない仕事も、心が折れそうな時も、お互いを応援し合えたらもっと可能性が広がる
心に残っているのは、「『よんなな会』で大変でも頑張ろうと言い合える仲間ができた。そうしたら、今の仕事で自分にもっとやれることがあるかもしれないと思えるようになった」という地方公務員の方の言葉です。
公務員には陽の当たらない仕事がたくさんあり、安定運用が当たり前で少しでも不備があれば責任を問われます。心が折れそうな瞬間があっても、志をもって社会課題を解決したい、地域の力になりたいと思う人が増えてお互いを応援し合えたら、この国の可能性はもっと上がるんじゃないかと。
そして、持続的に活動するには家族の理解や応援も不可欠。リアルイベント開催時にはキッズスペースを用意して、家族での参加をサポート。僕も妻の「いいね!」を励みにしています。
行政が抱える課題は、誰かに渡せばビジネスの種になる
「自分だけでやろうとしない」という心得は、日々の行政仕事にも活きています。現在、出向先の神奈川県庁でいのち・未来戦略理事を務めていますが、子供の貧困や生理の貧困、高齢者の介護など、従来は家庭の問題とされてきたものが、実は社会の問題で、行政の発想でできることには限界がある。
困りごとをオープンに集め、民間企業と連携して解決法を探ってみると、行政が抱えている課題はだれかに渡せばビジネスの種になると知りました。
できないという失敗は価値になるし、「困っています」と言葉にすることも大事。利害なく社会と企業の間に入ってマッチングする、“官”にいるからこそのやりがいを感じています。
本音を言えば、僕自身は、素敵な人たちをつなげたら自分が置いていかれちゃうんじゃないか… と思っていた小さな人間なんです(笑)。でも開放してみたら、いろいろな人から「ありがとう」と言われ、その人たちが大切なだれかをまた紹介してくれて、できることが増えていく… という想像もしていなかった幸せが回り出しました。
今後も国と地方、いずれはアジアまでつながって、顔が見える仲間を増やしていきたいと思います。
2023年Oggi7月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
脇 雅昭(わき・まさあき)
1982年、宮崎県生まれ。総務省、神奈川県いのち・未来戦略担当理事。京都大学法学部、神戸大学・東京大学ロースクールを卒業後、2008年に総務省に入省。入省後に受験した司法試験に合格。熊本県庁に出向した後、2010年に本庁に戻り、人事採用、公営企業会計制度の改正を行う。2013年から神奈川県庁に出向して、官民連携等の業務に取り組む。業務外の個人の活動として、官僚と47都道府県の公務員が集まる『よんなな会』および、ナレッジ共有プラットフォーム『オンライン市役所』を主宰。宮崎大学客員教授。