仙台育英高校野球部監督・須江 航さん インタビュー
組織はリーダーの器以上にならない。
選手としても指導者としても実績がない「何者でもない」僕が、秀光中学校軟式野球部の立ち上げから監督を任されて世の中に少しずつ出始めたのが20代後半です。
高校野球の強豪・仙台育英学園の付属ではあるものの、中学校から底上げして高校の成果を出そうというわけではなく、たまたま創部のタイミングで新卒教員のお手ごろな僕に声がかかっただけ。
進学校で学業優先でしたし、当初はボールやバットなどの道具もなく、週2日しか練習できませんでした。選手も野球初心者ばかりだったので、1試合で50点取られるという敗戦も味わいましたね。
でも、せっかくなら一生懸命やりたい。そもそも僕が教員を目指したのは、自分が高校生のときに不完全燃焼だったからでして。
わざわざ埼玉から宮城の仙台育英に入学したのに選手としては芽が出ず、マネージャー兼学生コーチとして携わった2年目からも自分がチームを強くしたとは自負できなかった。
それどころか、怒るとか強制するというような役割を自分の存在価値だと思っていたところがあり、他者の気持ちを考えるというとても大切なことを忘れていた。
かつての自分のようにうまくできない子たちを導けるような存在になれたらという思いがありました。
チャレンジや冒険ができず頭打ち。成功体験や常識を捨て、成果ではなく過程に向き合う
「日本一になる」という目標を掲げ、地元の少年野球チームの試合や野球関係者が集まる場に出向いては、「須江と言います、こういう野球部ができたので見学に来てもらえませんか?」と話しかけて生徒を募集する日々。
地道な営業活動が実って能力の高い子たちが集まるようになり、4年後には全国大会にも出場できるようになりました。ただ、ベスト8から先にはなかなか進めない。選手たちは努力して成長している一方で、勝てるはずの試合を落としてしまうのは、監督である自分の指導力不足。頭打ちは明らかでした。
組織って、リーダーの器以上にはならない。監督である自分が変わらなくてはと、それまでの知識も成功体験も野球の常識さえ捨てると決めました。勇気のいることでしたが、壁を破れないのは、「これが正しい」と思うものを優先してチャレンジや冒険ができなかったから。
一度野球から離れて、水泳、バスケットボール、演劇、吹奏楽… など、とにかくあらゆる道のプロフェッショナルに会いに行ったんです。
29歳でさまざまな方から学びをいただいて、30歳の年に、さぁ変わった自分を出そう! と思ったらまた同じ采配をしてしまい、つくづく才能がないなと思い知るのですが、31歳でついに全国優勝を実現することができました。
違いがあるとするならば、勝ち負けという成果ではなく本当の意味で過程に向き合い、熱量高く準備できた年だったように思います。
厳しい状況下での監督就任。全員に“同じ練習と機会”を与える
母校・仙台育英の不祥事をきっかけに、高校の野球部監督に就任したのは2018年1月、34歳のとき。急きょ引き継ぐことになり、しかも半年間は対外試合禁止という厳しい状況。
部員ひとりひとりと面談をして彼らの声に耳を傾け、僕が提供したのは、“全員に同じ練習と機会を与えること”でした。
一般的なレギュラー中心の練習システムは部分的には効率がいいのですが、チームとして士気が下がってしまう側面も。ひとり当たりの打席数を保障して部内リーグ戦をする、定期的に体力測定をする。
データで成績を残したら評価していく… というメンバー選考の基準を明確にすると、選手自ら現在地を確認して強化すべきポイントがわかるので、練習にも主体的に取り組むように。
特別なことをしたわけではないのですが、生徒たちは未来を見ることで生き生きして、控え選手の保護者の方からは感謝され、チームの雰囲気が上向きになっていきました。
チーム内での真剣勝負は、コロナ禍を乗り越えて2022年夏の甲子園で初優勝を遂げるまで、変わらず続けてきたスタイルでもあります。
想像よりももうひと言、丁寧にフォローを。過程に対して目を向けることが大事
人生は敗者復活戦。これまでの自分を振り返るといつも、負けたとか抜かれたとか、ダメだったというところから何かが始まっているなと感じています。
采配や勝敗に関する批判はありますが、「そのとおりだな」と学べることがあるのでエゴサーチもしています。他人の評価は、自分でコントロールできないことですからストレスを感じることはないんですね。
ただ、身近な意思疎通が図れていなかったときの戸惑いはあります。たとえば選手や保護者の方とのコミュニケーション。不信の元になる“後出し”にならないように先に方針を伝える、自分が想像するよりもうひと言、丁寧にフォローするといったことを心がけています。
とにかく褒めるときは大勢の前で、𠮟るときは一対一で。高校生ともなればプライドも意図もあります。こちらがどんなに情熱をもって話しても、本人の求めるスイッチが入っているときしか届かないもの。
「はい」と返事をしていても、3割伝わっていたらいいほうで、「昨日も言ったよね」は通用しないと思っています。
大事なのは、過程に対して目を向けているか。「失敗はしたけれど、途中のこの部分はすばらしかったよ」というように、ピックアップして伝えるようにしています。
委縮や義務感では力を発揮できない。自立の邪魔をせず、機を見極める
彼らの最大限のパフォーマンスを引き出すには、自立の邪魔をしないこと。リーダーが出すぎて委縮したり、「せねばならない」と義務感になったりしては力を発揮できない。
YouTubeなどでプロの技が学べるくらい情報があふれる時代に本当に何かを伝えたいなら、思考の交通整理をしてあげながら、適切なタイミングを見極め、ストレスにならない方法で言うしかないなと。
僕自身、邪魔をしてしまった瞬間は多々ありますが、30代で親になったことで、選手は自分の子供という感覚が芽生え、許容範囲が広がった気がします。
息子と娘にとって、野球部の生徒は「にーにたち」。毎試合のように応援に来ては一緒に笑って泣いて、選手たちの姿から素直さやあきらめない心など、最高の教育をしてもらっていますね。
「楽しい=ラク」ではない。幸福度の高い運営を追求していけたら
今後は、幸福度のより高い運営をして優勝したいと思っています。フィジカルやスキルを上げていくためには、時として数万回の反復や厳しさが必要。
「楽しい=ラク」ということではなく、何に対しても誠実に向き合いつつ、努力には正当な評価がされて、だれにも公平なチャンスがある。終わったときには納得してやりきったなと真に思えるかどうかを追求していけたら。
選手はもちろん、その家族や応援してくださるみなさんが祝福や笑顔で終わる景色を思い描きながら、目標に向けて選手たちと歩んでいきたいです。
新刊書籍
『仙台育英 日本一からの招待幸福度の高いチームづくり』¥1,870/カンゼン
甲子園優勝時の「青春って、すごく密なので」の言葉が、2022年の流行語大賞・特別賞に選ばれた須江監督。心に響く言葉でチームづくりから育成論、指導論、教育論、失敗談までを明かす一冊。須江流マネジメント術がチームで働くOggi世代の背中を優しく押してくれる。
2023年Oggi2月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
高校野球部監督 須江 航(すえ・わたる)
1983年、埼玉県生まれ。仙台育英学園高等学校 情報科教諭、硬式野球部監督。小中学校では主将、遊撃手。高校(仙台育英)では2年秋からグラウンドマネージャーを務めた。3年時には春夏連続で記録員として甲子園に出場しセンバツは準優勝。八戸大では1、2年時はマネージャー、3、4年時は学生コーチを経験。卒業後、2006年に仙台育英学園秀光中等教育学校の野球部監督に就任。公式戦未勝利のチームから、2010年に東北大会優勝を果たし全国大会に初出場した。2014年には全国中学校体育大会で優勝、日本一に。2018年より現職。2019年夏、21年春にベスト8。2022年夏には、108年の高校野球の歴史で東北地区初の優勝を飾った。