「人生観を変える」仕事と作品づくり。その苦しみと幸福感
仕事を始めるとき、進むべき道を決めるとき、宮沢さんはいつでも自分自身で決断してきた。順調に歩んできたキャリアだけれど、決断が正しかったかどうか評価するのも、また自分。
結論が出るのはまだまだ先だけれど、仕事の中で感じる「幸福感」は、今、何よりの手応えになる。それは、苦しいときほど大きくなる。
今はまだ、なんでも挑戦したいし、たくさんの人に出会いたい
「きっと、順調なときばかりではないだろうと思います。このままでいいのかと迷ったり、体力や気力にも変化が訪れたり、もしかしたらどんな人間になりたいのか考えることもあるかもしれません。
そんなとき、『自分はどうしたいんだ?』そう問いかけてみたい。僕は、なんて答えるだろう」
大学在学中に自ら芸能界入りを志願し、すぐにモデル活動、そしてドラマ出演が続いた。それから7年。あと1年と少しで、宮沢さんは30代を迎える。そのときの自分を思い描くとき、これまでの順調なキャリアはいったん置いて、とても慎重になる。
「今はまだ、自分の時間を削ってでも、なんでも挑戦したいし、たくさんの人に出会いたい。でも30代になったら…。
その中から、自分のやりたいことが明確になってくるかもしれません。迷うことも、あるかもしれません。そして、時間を削るばかりでなく、自分の時間を持つことも大事になるでしょう。そんな変化も楽しみです」
やりたいことは、そのときどきで考えが変わる。今なら、「朝早く起きて、朝日が昇るのを眺めながらゆっくりコーヒーをいれて。ひとりで山に行って1日のんびり過ごすのもいいな」
その一方で、仕事の経験とともに受ける期待も、どんどん大きくなるのを実感している。
だれかの考え方や人生観が変わる瞬間の目撃者になれる。それは、どんな苦しさも忘れる大きな喜び
「求められることはとても幸せな一方で、大変さも苦しさもあります。それでも、作品が完成して、だれかの考え方や人生観が変わる瞬間の目撃者になれる。すると、どんな苦しさも全部忘れるくらい大きな幸せに変わるのです。そして、僕自身も何かが変わる。これこそ、仕事の面白さだと思います」
「苦しさ」と「幸せ」は、映画最新作『エゴイスト』でも、たっぷりと味わったが、これまでとはずいぶん違うものだったという。
映画『エゴイスト』
ファッション誌編集者として働く浩輔(鈴木亮平)。シングルマザーである母を支えながら暮らすパーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)。恋人・家族・周囲との「愛」について考えさせられる秀作。
原作:高山 真『エゴイスト』(小学館刊) 監督・脚本:松永大司 配給:東京テアトル、2023年2月10日(金)全国公開
作品が“人生経験”として刻まれた瞬間、苦しかったけれど幸せな体験
「演じた龍太という役は、僕が知る中でいちばんピュアな人間です。若いころから病弱な母親を養い、自分の思いを押し殺しながら、彼なりに必死に生きています。自分のことより周囲を大事にする龍太だから、彼の気持ちを思うほど、つらくて、苦しくて。
たぶん、龍太が僕の一部になっていたのでしょう。それは、苦しかったけれど幸せな体験です。それを叶えるためのお芝居も、これまでにない方法が取り入れられました」
その方法とは、台本は存在するものの、「伝えたいこと」だけを出演者が事前に確認し、あとは自由に、感じるままに、表現をするというもの。それをカメラがドキュメントさながらに追いかける。
重要なシーンはこうした方法で撮影され、果たして映画『エゴイスト』は、リアルな感情や表情を映し出す、過去に例を見ないタイプの作品になった。
だれかを幸せにしたいと思うのは、自分のエゴなのではないか
「通常のお芝居なら、セリフも動きも決まっていて、そこから逆算して感情をつくることが多いものです。けれど、今回は計算してはダメっていうくらい自由。タイミングや表現の仕方も自由。
不安は大きかったけれど、撮影前にたっぷり時間をとってリハーサルをして、自分の中から言葉や感情が生まれてくるのを待って。作品が人生経験として刻まれた瞬間、とでも言うのでしょうか。
一方で考えさせられたのは、母親や愛する人に気持ちを告げることの難しさです。
龍太は、同性愛者であることをカミングアウトすること、好きな人に告白することで、果たして楽になったのか。それは単なるエゴではないのか。だれかを幸せにしたいと思うのも、自分がそうしたいだけのわがままなのではないか。
これは、映画『エゴイスト』の大きなテーマでもあります」
自分が幸せでなければ人を幸せにはできない
愛を与えることはエゴなのか? 映画『エゴイスト』は、龍太とその恋人・浩輔の関係だけでなく、それぞれの父や母、枠組みを超えた親子など、さまざまな形の家族の愛についても疑問を投げかける。
「僕自身は今、親とも弟・妹とも離れて暮らしているけれど、少しでも時間があれば会いたくなる存在です。言葉を多く交わさなくても、短い時間でも同じ空間を共有するだけで、立派な愛情表現だと思うから。
映画『エゴイスト』に出合ってから、愛の形は無限にあるということを知りました。離れていること、別れることも、愛の表現のひとつかもしれない。そう考えると…、愛ってなんなんでしょう? 幸せってなんでしょう? まだまだわからないことだらけです。
明確なのは、自分が幸せでなければ、人を幸せにすることはできないということ。まずは、朝目覚めて今日も仕事ができることの幸せをかみしめて。もしかしたら、それだけで十分なのかもしれません」
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2023年Oggi2月号「この人に今、これが聞きたい!」より
撮影/高野友也 スタイリスト/庄 将司 ヘア&メイク/Taro Yoshida(W) 構成/南 ゆかり
再構成/Oggi.jp編集部
宮沢氷魚(みやざわ・ひお)
1994年生まれ、サンフランシスコ出身。2017年ドラマ『コウノドリ』第2シリーズで俳優デビュー。その後、ドラマ『偽装不倫』、NHK連続テレビ小説『エール』『ちむどんどん』、映画『his』『騙し絵の牙』などで活躍。2023年1月27日には映画『THE LEGEND&BUTTERFLY』の公開を控える。