「武士の情け」の意味とは?
「武士の情け」という言葉を聞いたことはありますか? あまり親しみはないかもしれませんが、私たちの生活において道徳的な指針を示してくれる言葉です。早速、意味や語源を解説していきますね。
武士の情けとは、武士が自分より弱い立場にある者にかける恩恵や慈悲のことを指します。武士階級がなくなった今では転じて、強者から弱者への憐れみの気持ちを意味する言葉となりました。武士といえば、鎌倉時代から江戸時代にかけて支配階級にあたる存在。そんな武士の「情け」とは一体何のことなのでしょうか?
「情け」がどのようなものかを考える前に、この言葉の由来を紹介しておきましょう。武士の象徴でもある日本刀での切腹がこの言葉の由来なのだとか。かつての切腹は、自分で腹を切るという勇気が賞賛され、名誉あるものだと考えられていました。江戸時代になると死罪として切腹が多く見られるようになり、名誉挽回や面目を保つという意味が強まったそう。
切腹は腹を切ってから死に至るまで時間がかかります。痛みに耐えるその時間が苦痛であるとして、死を補助する介錯人(かいしゃくにん)が置かれるようになりました。介錯人は切腹をする人のそばについて、その人が腹を切ると同時にその首を斬って即死させるようにするのです。苦しみから解放させるために首をはねるというこの行為こそが、武士の情けの由来となりました。
さて、武士の「情け」とは何かについて話を戻しましょう。由来からわかるように、武士にとっての「情け」はただの優しさではありません。相手の名誉や誇りを尊重することが武士にとっての「情け」なのです。つまり仲間の悪事を見逃したり、楽な道へ導くなどということはここでいう優しさには当てはまらないということですね。
武士の特権には何があった?
支配階級であった武士ですが、彼らはどのような特権を持ち合わせていたのでしょうか。ここでは武士の特権を3つ紹介していきます。
1:苗字を名乗れる
明治時代から苗字が使われ始めたと思っている人が多いかもしれませんが、実は江戸時代から使われています。しかし江戸時代の庶民は「苗字帯刀禁止令」によって、苗字があっても公称できないのが一般的でした。公文書への記載や、公の場で名乗ることが許されていなかったのです。そのため目に見える記録が残っておらず、江戸時代に苗字のイメージがないのでしょう。
そのなかで、武士は苗字を公称できる特権を持っていました。また庶民の中でも名主や庄屋などの一部は苗字を名乗ることを許されていたそう。身分を区別する手段に苗字が使用されていたのですね。誰もが苗字を名乗れるようになったのは、明治新政府が始まり「平民苗字許可令」が出された1870年でした。
2:刀を所持する
「苗字帯刀」の帯刀の部分ですね。室町時代から戦国時代にかけては、身分関係なく誰もが護衛用に刀を所持していました。しかし戦乱が落ち着いた江戸時代においては、武士のみ帯刀することを許されたのです。また、武士の中でも階級によって持つべき刀が決められており、日本刀を所持できるのは大名に限定されていたそう。
3:斬り捨て御免
無礼討ちや正当防衛であれば、人を斬っても良いという武士の特権。無礼討ちとは、武士が無礼を受けた時に、尊厳を守るため人を斬ることです。この斬り捨て御免には、厳格なルールが設けられていました。それも、人を斬った際は奉行所に届け出を提出し、正当性を証明しなければ打ち首にされるというもの。
しかし、斬り捨ての正当性を証明するのは簡単なことではありません。つまり斬り捨て御免と言いつつも、人を斬ることは基本的に禁止されていたのです。
「武士は食わねど高楊枝」について解説
「武士の情け」は、武士の気位を高く持つというニュアンスも含まれています。その点で似たようなことわざとして挙げられるのが「武士は食わねど高楊枝」でしょう。以下で意味を解説していきますね。
意味は、武士はたとえ貧しくて食事ができなくても、食べたかのように振る舞い楊枝を使うということ。武士は貧しくても恥ずべき姿を見せるべきではないとして、武士の清貧や気位の高さを表すことわざです。一方で、生活が楽ではないのに堂々と振る舞う武士に対する皮肉として捉える人もいたそう。実際に幕末では封建制度が行き詰まり、武士の生活は困窮していたようです。
現代ではやせがまんするという意味で使うこともあります。
合わせて覚えよう!「情けは人の為ならず」
武士の情けと同じ、「情け」を使ったことわざ。意味や類語表現を簡単に紹介していきますね。
意味や語源
情けは人の為ならずとは、人に親切にしておくとその相手のためになるだけではなく、いずれ自分にもその情けが巡り返ってくるという意味のことわざです。人に親切にすることはかえってその人のためにはならないという解釈もあるようですが、これは誤用なので注意しましょう。
語源は明確ではありませんが、一説には鎌倉時代の軍記物語『曽我物語』であると言われています。実際に「情けは人の為ならず」という記述が確認されており、その後他の書物でもこのフレーズが使われるようになったのだとか。
しかし、あくまでも定説ではありません。
類語表現
情けは人の為ならずの類語表現には、「善因善果」「陰徳あれば陽報あり」などが挙げられます。善因善果とは、善い行いをすると必ず善い報いが返ってくるという意味。また陰徳あれば陽報ありは、人に知られずひそかに善い行いをすれば、必ず善い報いを受けるという意味です。どちらもニュアンスは同じですが、ひそかに善いことを行うかどうかの違いですね。
最後に
武士の情けとは、弱者への憐れみ、温情の気持ちを意味する言葉でした。武士は、常に気位を高く持とうと意識していたようですね。自らに対して誇りや尊厳を持つことは重要なことです。武士の心得には、見習うべき部分がいくつかあるかもしれませんね。
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