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出世払いについて
出世払いと聞くと、年長者などが年下、特に若者の成功のためにお金を貸すというイメージが一般的かと思われます。最近では「出世払いでお願いします」と、いつか返すつもりでお金のお願いをすることもあるとか。その他、奨学金も出世払いの一種と言えるかもしれませんね。
さて、このような慣習は、そもそもいつ頃から始まったのでしょうか? この記事では、出世払いの意味や起源、法的解釈や奨学金、英語表現などについて解説していきます。
出世払いの意味と起源
まず、「出世払い」の意味を把握しておきましょう。出世払いとは、出世または成功した時に借金を返済することや、その約束のこと。転じて、年長者が若者に、特に期限を設定せずにお金を貸したり、支払いを猶予したりすることを意味します。厳密な意味で借金とは言えませんが、若者が年長者と飲みに行ったりした時に、「出世払いだからな」と飲み代をおごられることもあったりしますね。
それにしても、慣習としての出世払いは、いつから定着したのでしょうか? イエズス会の宣教師たちと、日本のキリスト教徒が協力して完成させたと考えられている『日葡辞書(にっぽじしょ)』には、「シュッセ(出世)」はあっても、「シュッセバライ(出世払い)」はありません。このことから、出世払いという慣習は、近世以降に成立したと見なすことができるのではないでしょうか。
一説には、慣習としての出世払いの定着に、「出世証文(しゅっせしょうもん)」が関係していると考えられています。出世証文とは、出世または成功して借金を返済できるようになった時に、借金を返済する主旨の約束を記載した借用証書のこと。現代においても、法律で認められている借用証書です。
この出世証文が、かつて近江商人を輩出した近江国(今の滋賀県)に多数伝わっています。出世証文が数多く作られていく過程において、それを有意義な行為であると人々が認識し、やがて「出世払い」が慣習や言葉として全国に定着したかもしれませんね。
出世払いは条件か期限か
さて、法律の観点から考えると、出世払いの約定は「条件」なのでしょうか、あるいは「期限」なのでしょうか? 相手から「出世した時に返してくれたらいいよ」と言われても、具体的にどのタイミングで返済しなければならないのか気になるもの。
出世したら返済する場合は「条件」になります。一方、出世するかしないかが判断できる時点までは返済を猶予する場合、「期限」です。「条件」であるなら、出世しなければお金を返さなくていいということに。「期限」ならば、出世した時点か出世しないことが確定した時点で返済しなければならなくなります。
これについては、大審院(かつての最上級の裁判所)が大正4年(1915)2月19日の判決で「出世払いの約定は停止条件ではなく不確定期限である」と見解を示しています。出世の見込みがなくなった時点で、出世証文は無効化し、債務を弁済しなければならないということでしょう。このことは、のちの民法にも規定されることになりました。
少々複雑ですが、覚えておくと役に立つことがあるかもしれませんよ。
出世払いと奨学金
今の時代、出世払いと言えば奨学金がその一つとして挙げられるでしょう。奨学金を提供する団体には、日本学生支援機構や民間企業、大学などがありますね。ただ、奨学金によっては近年、いろいろな問題が指摘されています。
大学卒業後に、奨学金の返済ができずに苦労する若者は少なくありません。奨学金を返せずに、破産するかしないかの瀬戸際にいるという人の話を耳にすることも…。奨学金返済の延滞に対して執られた法的措置は、2006年度には1181件でしたが、2015年度には8713件に増加しています
本人が返せない場合、請求は保証人や親、祖父母、親戚にまで及ぶこともあります。奨学金を提供する団体によっては、職場にまで催促の電話をかけてくるケースもあるとのこと。いったん破産してしまうと信用履歴に傷がつき、クレジットカードを作れなくなったり、各種ローンを組むのが困難になったりするため、なおさら返済は難しくなります。
特に最近は、給与が増えない(または減少傾向にある)のと、物価が上がるといった家計への悪影響で、なおさら返済は困難になりつつありますね。
ひょっとしたら、大学に行くために奨学金を借りるというのは、大学に行くのと同じくらい重い決断なのかもしれません。出世払いとは、お金を貸す側にも借りる側にとっても社会全体で考えれば「未来への投資」と見ることもできますが、それが難しい時代になっているようです。それは、未来への投資が未来をつぶしかねないという皮肉な状況であると言えるでしょう。
ただし、最近は「出世払い型奨学金」という、在学中は無料で、卒業後の所得に応じて返済する仕組みの導入が検討されています。オーストラリアやイギリスでは既に導入済みの仕組みなのだとか。収入が基準を下回る人については、返済が求められないそうです。改革によって、状況が好転することが望まれますね。
出世払いの英語表現
英語には、「出世払い」に直接該当する言葉がないとされています。文化的な違いもあるのでしょう。近い表現として、「promise to repay(返済を約束する)」「a debt after achieving success(成功した後の借金)」が挙げられます。
最後に
出世払いについて見てきました。出世払いが慣習として成立したのは、近世以降だと考えられています。
奨学金は、出世払いの一形態と見ることもできるでしょう。しかし、近年指摘されているようにさまざまな問題を抱えています。未来への投資のはずが、未来を奪っている事態も起きているようです。
もちろん、借りたお金は原則、返されるべきでしょう。ですが、長期的視点を失い、借金の回収に全力を挙げることで、次々と債務者が破産に陥れば、社会全体にとって損失につながりかねません。
「出世払い」の起源・本当の意味について考え直すことで、新しいものが見えてくるのではないでしょうか。
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