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2022.05.24

「人生には誰かの応援が必要」子供支援NPO理事長が目指すもの〈連載 ザ・ターニングポイント〉

選択の多い女性の人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人たちは、どんなターニングポイントを迎えてきたのか。学習支援などを行うNPO法人「キッズドア」理事長の渡辺由美子さんにお話をうかがいました。〈第一線の女性たちもアラサーで「選んで」きた The Turning Point~私が「決断」したとき~〉

子供支援NPO理事長 渡辺由美子さんインタビュー

出産して知った、社会との断絶。子供たちが未来や社会へとつながる扉になりたい

出産を機にフリーランスのマーケティングプランナーになったのが31歳のとき。まだフルタイムの正社員で仕事を続ける選択肢があまりない時代でした。百貨店や出版社で働いていたころは、新しいことに挑戦するチャンスをいただいたり、結果を出せば表彰されたり。でも、「小さい子を育てています」と言うと、話題に上るのは赤ちゃんのことばかり。社会から断絶される孤立感と、ギャップに戸惑いましたね。子供を産んだからといって女性がキャリアを犠牲にしなきゃいけない仕組みはおかしいんじゃないか、どうしたら変わるんだろうと思っていました。

2児の子育てに奮闘しながら悶々としていた36歳のとき、主人が仕事の関係でイギリスに1年赴任することになり、迷わず帯同を決めました。子育てと社会の関わり方のヒントになるかもしれない、必ず何かつかんで帰ってこようという気持ちでしたね。

イギリスでまず驚いたのが、息子が通うことになった公立学校に用意するものを聞いたら、「何もいらない」と言われたことです。日本の感覚で、ランドセルから始まって、ノートはこれ、鉛筆は2Bで、など指定されるんだろうなと覚悟していたら、「あるものでいいから、できるだけ買わないように」と。共用の筆記具が置いてあって、授業ではみんなそれを使って学校で配られるプリントに書き込むんです。ほとんどの教材が地域の寄付で賄われ、お金の心配なく教育が受けられるようになっていて、親の負担が当たり前じゃないんですね。

金銭的な負担だけでなく、通学時の見守り当番やお迎えも仕事があって行けないとなれば、周りがサポートしてくれる。どんな親のもとに生まれたかで差が出ないように、「社会全体で子供を育てる」体制がすばらしいなと思いました。

だからこそ帰国後は、孤立している親子がいるとつい気になって。

我が家に遊びに来る子たちの中に、ちょっと乱暴だと敬遠されている子がいたんです。話を聞いてみると、両親が離婚して、お母さんはその子を養うために朝晩ずっと仕事。家にだれもいないから帰りたくないし、かまってほしくてやんちゃになるんですよね。だれが悪いわけでもないし、気にかけてあげると落ち着いていく。特に印象的だったのが、夏休みにそういう子たち数人を息子と一緒に博物館に連れていったときのこと。「僕、友達と電車に乗って出かけるなんて初めて! 誘ってくれてありがとう!」って、本当に楽しそうな姿が忘れられなくて。何よりうちの子がいちばん喜んでいたし、こんなにみんなにハッピーになってもらえるなら活動を広げようかと、無料の体験会を主宰するようになったのが『キッズドア』のスタートです。

ただ、当初の参加者は、ブランドバッグを持ったお母様と子供という親子がほとんど。本来届けたい経済的に苦しい子供たちは、親御さんが休みもなく働いていて、情報収集どころか交通費を出して会場に連れてくることも厳しいんだなと。

それなら、と地域密着の学童で大学生にボランティアで勉強を教えてもらう機会をつくったところ、メディアの目に留まり、多くのシングルマザーから「うちの子にも教えてもらえないか」と相談が来るようになったんです。

人生には応援してくれるだれかが必要。関わることで、人ひとりの未来が変わる

学習支援を始めてわかったのは、シングルマザーのご家庭は想像以上に貧困が深刻だということ。一日一食しか食べられないとか、保険証がなくて病院に行けないとか、勉強以前の生活に手間をかけてあげられる大人が周りにいないんです。そんな状況で、学習机もない狭い部屋にひとりでいて、やる気が起きないのは無理もありません。学校の先生も「だらしなくて宿題をしてこない」と先入観をもってしまうと気づけない。勉強のやり方から教えていく必要がありました。

さらに、本人に将来の夢や希望がないことも、勉強意欲が上がらない要因です。お母さんが疲れきっている姿を見てきたから、「働きたくない、大人になりたくない」と。これには実際の大学や企業に見学に連れていくのが一番です。おしゃれをして、好きな授業を受ける。あるいはきれいなオフィスで颯爽と仕事をする人たちを見る。ドラマで見ていた世界が目の前に本当にあって、いつも冗談を言いながら勉強を教えてくれているボランティアのおじさんがここで働いているんだったら、頑張れば自分も行けるんじゃないか… と初めて思えるんですね。

彼らは、よく「うちは貧乏だから、いいの」と口にするんですが、「お金がないから自分はダメだ」と思い込んでしまっている子たちをなんとか解放してあげたい。あなたにはこんな素敵な部分があって、広い世界でもっといろんなことができるんだと体感できる場づくりを心がけています。

日本は「1億総中流」と思われていて、子供たちがこんな状況にあるとはあまり知られていないので、実態を知らせていくことも私たちの役割。最近は、副業で携わってくださるOggi世代の方も増えてきました。資料作成や調査、広報など、ビジネスの世界で培ったスキルを提供いただいてすごく力になっています。

子供を自立に向かわせるには、長い関わりが不可欠。13年続けてきて心身共にハードだなと思う時期はもちろんありましたが、やめちゃいけないと思いますし、非営利団体であっても働く人の待遇や事業所を確保することが持続可能な活動の支えになると感じています。

『キッズドア』という団体名に込めたのは、子供たちを未来や社会へとつなぐ扉になりたいという思い。中には、生活保護を受けながら国立大学を目指し、センター試験1週間前にひとり親が倒れる… という過酷な状況の中、「どうしようか迷ったけど、キッズドアで『自分の人生をあきらめないほうがいい』と言われて受験したから今の自分がある」と話してくれた子もいます。

生きていくには、だれかが応援してくれるってとても重要。メンバーにも「皆さんがやっているのは、単に『2時間勉強を教える』ということではなく、関わることでひとりの人生が変わっていく、そういう活動なんですよ」と伝えています。

コロナ禍の今、勉強どころか日々食べるものにも苦労されているご家庭が増えています。今後は、日本全国の子供食堂さんや学習支援団体にノウハウを伝える活動や研修にも注力していく予定です。貧困だけではなく、不登校や外国にルーツのあるお子さんたちの孤立など、さまざまな問題がある中、困っている子供たちがひとりでも多く幸せになってほしい。そのために、今まで培ってきたものを、より有効に使って貢献していきたいなと思っています。

2022年Oggi3月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

1964年、千葉県生まれ。認定NPO法人キッズドア理事長。千葉大学工学部卒業後、大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして従事。2007年、任意団体キッズドアを立ち上げ、2009年、NPO法人化。日本国内の子供の貧困支援に尽力。内閣府 子供の貧困対策に関する有識者会議構成員。厚生労働省 社会保障審議会・生活困窮者自立支援及び生活保護部会委員などを歴任。著書に『子どもの貧困~未来へつなぐためにできること~』(水曜社)

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