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2022.04.26

タニタ開発部 主席研究員体の〝引くことで味方を増やす〟仕事術〈連載 ザ・ターニングポイント〉

選択の多い女性の人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人たちは、どんなターニングポイントを迎えてきたのか。開発者、栄養士としてタニタの開発に携わってきた西澤美幸さんにお話をうかがいました。〈第一線の女性たちもアラサーで「選んで」きた The Turning Point~私が「決断」したとき~〉

メーカー開発部 主席研究員体 西澤美幸さんインタビュー

反対されるたびに真っ向勝負していた30代。「引くこと」を覚えたら 味方が増えて可能性が広がった

体組成計とは体に微弱な電流を流して、筋肉や脂肪、骨の量などを計測する機器。学生のころからその研究・開発に携わってきました。専攻していたのは栄養学と生理学なのですが、両方やっていて、かつ数学好きということもあり、健康と計測を事業にしているタニタに入社。

20代は研究して実験してデータを解析して… のくり返し。会社に泊まり込む勢いで働いていましたが、数字を見てはニヤニヤしているデータオタクでして、忙しいのはそれほど苦ではなかったんです。自分が最初に携わった研究から運よく乗るだけで計測できる世界初の体脂肪計の商品化につながり、業務用、家庭用、スポーツ選手用… と種類も広がっていきました。

「課長として次の新しい健康指標を開発するように」とのミッションで管理職になったのは29歳。当時、開発部には女性社員が少なく、人体の組成や代謝の専門知識を持つ者もごく少数でした。会社としては、今後人体を計測する商品をつくるうえで、女性の体についてもたくさんデータをとる必要がありましたし、私が携わった体脂肪計がヒットしたことのご褒美でもあったのかもしれません。

ただ、私自身はマイペースで、自分の関心事に集中すると周りのことが目に入らなくなってしまうタイプ。会社の期待は誇らしかったけれど、外れ者の私なんかが優秀な若手の管理や評価をしていいのだろうか、向いていないんじゃないかと迷いながら仕事をしていました。しかも当時は生意気で、反対されると相手が目上の人でも真っ向勝負してしまっていたんです。男子トイレの前で部長と議論をしていたら、「白熱していてトイレに入れなかったです」なんて後輩に言われたこともありました(笑)。

今でこそほとんどのタニタの体組成計に搭載されている「体内年齢」算出の機能も、最初はどうにも社内で通らなくて。「はかって楽しい計測項目を」という思いで提案したのですが、使う方がショックを受けてしまうだろうと認められず。悔しかったけれど、怒らせるほど議論してしまうとお互い譲れない。30代後半くらいからやっと、相手を否定せずに立てつつ、一度スッと引いて隙間から自分の意見を通す… ということができるようになっていきました。

きっかけは、社外でのプロジェクトに参加したこと。反対していた方が味方についてくださるとすごく強力だと気づいたんです。私とは視点が異なるので、リスク管理や段取りなど自分のダメな部分をフォローしてくれて、チームとしていい仕事ができた。幸運だったのは、若手がそんな不完全な課長を受け入れてとても頑張ってくれたこと。こういう研究ができたら面白いよねと指針を話すと、みんなが実現しようと盛り上げてくれました。

出産は38歳のとき。実はまったくの想定外でした。仕事をしている私を好きでいてくれるパートナーで、海外出張にも遠慮せずに行き、ふたりで楽しく暮らせていたので、子供ができなくてもまぁいいかと思っていたんです。大きなプロジェクトを持ちかけてもらっていた時期でもあり、戸惑いが大きく複雑な気持ちでしたね。子供は好きだけれど、家事さえ苦手な自分が子育てなんて大丈夫だろうかと自信がなくて。

それでも、1年育休をとって39歳で復帰。まずはやれることをやろうという気持ちで役職を外れ、グループ会社での健康に関するコラム執筆やダイエットシミュレーション用アプリの計算式構築など、私にとっては比較的取り組みやすい業務から復帰させてもらいました。ただし、子供は忙しいときに限って熱を出すし、夜泣きしていても夫は爆睡(笑)。ヘトヘトで途方に暮れたときは、自治体の育児支援に助けられました。

2年ほどして、再度課長の役職をいただくことに。子供を持って若手を指導するとなると、30代のときのように昼夜を問わずとことんサポートすることはできず、片や子供に問題があって連絡がきても会議中で対応できない… といったもどかしさも。なんとかこなしていましたが、どれも中途半端で暗黒期でしたね。どんなに頑張ってもコントロールできないことは仕方がないとあきらめ、自分だけは自分を認めよう、というとらえ方にシフトしていきました。

50歳を前に、新しい働き方に挑戦。自分は思う以上に自由なんだと気づけた

40代後半は、開発者としてこのまま感性が鈍くなってもう自分は伸びないんじゃないかと悶々としていた時期です。そんなときにタニタで社員の「個人事業主化」という新しい働き方への取り組みが始まりました。業務委託で専門分野に注力でき、社外の仕事を請け負うこともできます。

私はもう50歳になる手前だったので、「自分は今から変えられないだろうけど、若い人は可能性が広がっていいな」と考えていたのですが、同期が「あなたに向いている働き方なのでは?」と言ってくれたんです。やっていけるのかと家族に心配されながらも、新しい世界に踏み出したいと思い、決断しました。

今は、納期を守れば出社しなくとも自分のペースで研究を進められて、学会にも参加できています。ありがたいことに、収入は社員時代より増えました。息子には「『おかえり』と言ってくれる人がいない」と言われて切ない思いもしていたのですが、帰宅時間に迎えられる日が増えましたし、隙間時間で子供の学校のPTA活動に参加し、土日は少年野球の練習にも心置きなく付き添えるように。何より、「思っていた以上に自分は自由なんだな」と、気持ちに変化が生まれました。

研究を続けるうえではさまざまな恩師に影響を受けています。中でも30代に共同研究をしていた米国コロンビア大学の医学部教授は、権威のある先生なのですが、英語が苦手な私の計算式や図形を一生懸命見てくださって、今でも面白い研究発表が出ると教えてくださるんです。アジア人女性に対しても分け隔てない。だからこそ、新しい情報や人が集まってくるんだなと感じますし、自分も研究しているだけじゃなくて、他の人から「会いたい」「話をしたい」と思われる人間にならないといけないなと。その姿勢が心の支えになっています。

今後は、「何これ! 楽しい!」といつの間にか使ってしまうような健康をはかる機器をつくりたいですね。健康に関わるものって教科書的な表現になってしまいがちですが、自分がこれまで膨大なデータを扱ってきて、面倒な計算ほど好きなので、みなさんが「とっつきにくいな」というものをわかりやすく面白く届けられたらいいなと思っています。斬新であるよりも、クスッと笑えるもののほうが喜んで活用していただけることが多い。世の中の役に立つには、足元の隙間をひとつずつ埋めていくことが大事なのかなと感じています。

2021年Oggi10月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

西澤美幸(にしざわ・みゆき)

1968年、長野県生まれ。横浜国立大学在学中よりタニタの体脂肪計のプロジェクトチームに参加。1992年に同社入社後は、世界初の乗るだけではかれる体脂肪計や体組成計、活動量計などの開発に携わり、機器の要となる計測の回帰式や判定アルゴリズム作成を担う。29歳で社内初の技術系女性課長に。栄養士の資格を有し、文部科学省の食育有識者会議委員を務めるなど、さまざまな計測データを健康づくりに活かす提案を行い、多数のセミナーの講師も担当している。

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Oggi12月号で商品のブランド名に間違いがありました。114ページに掲載している赤のタートルニットのブランド名は、正しくは、エンリカになります。お詫びして訂正致します。
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