「老いらくの恋」という言葉を目にしたとき、どんな印象を受けるでしょうか? 切なさや愛しさを感じる人もいれば、戸惑いを覚える人もいるかもしれません。この言葉は、年齢を重ねた人の恋愛を静かに照らし出す表現です。今回は、その意味や背景、関連する実話や使い方などについて見ていきます。
「老いらくの恋」とは? 意味と背景を解説
「老いらくの恋」は、人生の後半に芽生える恋愛を指す言葉として使われます。年齢による区切りははっきりしていませんが、そこには人生経験を積んだ人だからこそ生まれる感情や葛藤があるのではないでしょうか。まずは、この表現の基本的な情報を見てみましょう。

「老いらくの恋」の意味と語源
「老いらくの恋」の定義を辞書で確認しましょう。
おいらく‐の‐こい〔‐こひ〕【老いらくの恋】
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
年老いてからの恋愛。昭和23年(1948)、68歳の歌人川田順が弟子と恋愛、家出し、「墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし」と詠んだことから生まれた語。
「老いらくの恋」とは、高齢になってから芽生える恋愛を意味します。「老いらく」は「老い楽」とも表記され、晩年に感じるささやかな喜びや楽しみを含んだ言葉です。
この表現が広まったきっかけは、昭和23年(1948年)に歌人・川田順が詠んだ一首にあります。
「墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし」
68歳だった川田は、自身の弟子と恋に落ち、家を出ました。この出来事が大きく報じられ、「老いらくの恋」という言葉が世間に定着したとされています。恋に年齢の制限はないという思いが、歌を通じて静かに伝わってくるようです。
何歳から「老いらくの恋」と呼ばれるのか?
「老いらく」とは、年を重ねた時期、つまり「老年期」を指す言葉です。「老年」という表現は、一般的に60歳や70歳以降の年代を指すとされます。ただし、50代を含めて広く捉えられることもありますよ。
明確な年齢の区切りがあるわけではありませんが、「老いらくの恋」とは、多くの場合、リタイア後や子育てを終えた後など、人生の後半に訪れる恋愛を意味することが多いようです。
「老いらくの恋」のイメージと現代的な解釈
「老いらくの恋」という言葉には、どこか物静かで切ない印象がつきまといます。過ぎゆく時間の中で芽生える感情は、時に周囲の理解を得にくいこともあるかもしれません。
しかし、近年は年齢に縛られず、恋愛や人とのつながりを大切にする価値観が広まりつつあります。そのなかで「老いらくの恋」も、決して後ろ向きなものではなく、成熟した関係性や人生を豊かに彩る出会いとして肯定的に受けとめられることが増えてきました。年齢を重ねたからこそ見える景色が、そこにはあるのかもしれません。
「老いらくの恋」の実話に見るリアル
フィクションだけでなく、現実の中にも「老いらくの恋」と呼ばれる恋愛が存在します。そうした恋の形には、年齢に応じた深みや葛藤が見られることもあります。

川田順の「老いらくの恋」のその後
まずは川田順について簡単に触れておきましょう。川田順は明治15年(1882)に東京で生まれ、東京帝国大学を卒業後は住友総本店に入社。実業の世界で常務まで務める一方、10代から続けていた短歌創作にも情熱を注ぎ続けました。
そして、60代半ば頃、川田は年下の歌の弟子・俊子と恋に落ちます。俊子は当時、京都大学教授・中川与之助の妻でした。川田は旧知の中川と交流があり、その縁で俊子に短歌を教えることになったのが出会いの始まり。
妻を亡くしてから孤独な日々を送っていた川田の心に、俊子の存在が静かに入り込んでいったようです。俊子もまた、冷え切った夫婦関係の中で迷いを抱えていました。
川田は『恋の重荷』の序章にこう綴ります。
「若き日の恋は、はにかみて
おもてを赤らめ、壮士時の
四十歳の恋は、世の中に
かれこれ心配(くば)れども
墓場に近き、老いらくの
恋は怖るる何ものもなし」
ふたりの関係が明るみに出ると、世間はこれを「老いらくの恋」と呼び、ジャーナリズムを賑わせました。川田は苦悩し、亡き妻の墓前で自ら命を絶とうとするほど追い込まれたこともあったようです。
しかし、最終的に俊子は離婚をし、ふたりは京都を離れて湘南・辻堂で新たな生活を始め、穏やかな晩年を過ごしたといわれています。
参考:『日本大百科全書』(小学館)
「老いらくの恋」の感じ方と世代の違い
「老いらくの恋」という表現には、人によってさまざまな印象があります。ここでは、否定的にとらえられる背景や、世代や立場による受け止め方の違いについて考えていきましょう。
「老いらくの恋は怖い」と感じる人の理由とは?
「怖い」という印象は、年齢と恋愛の組み合わせに違和感を持つことから生まれるようです。恋愛に対する考え方や、世代間の価値観のずれが影響していることもあるでしょう。
女性から見た「老いらくの恋」の受け止め方
女性の立場からは、恋愛そのものよりも、家族や社会との関係の変化に目が向きやすいかもしれません。その背景には、周囲の視線や生活環境の現実があります。

恋愛観の変化と「最後の恋」へのまなざし
近年では、恋愛は年齢に関係なく尊重されるべきという考え方も広がっています。「最後の恋」という表現には、人生の締めくくりに向けた誠実な想いが重ねられているともいえそうです。
「老いらくの恋」の英語表現は?
「老いらくの恋」を英語で表す場合は、“love in old age”という表現がよく使われます。年を重ねてからの恋愛という意味が、そのまま伝わる言い回しです。
参考:『プログレッシブ和英中辞典』(小学館)
最後に
「老いらくの恋」は、年齢を超えて人が誰かを想う気持ちを表現した言葉です。その感じ方は人によってさまざまですが、人生の後半においても心が動く瞬間があることを、静かに語ってくれる表現なのかもしれません。自分とは異なる立場の感情に触れることで、視野が広がるきっかけになることもあります。
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