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「天上天下唯我独尊」の意味とは?
「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)の意味を辞書で紐解くと、以下のように記載されています。元々は仏教の祖である、お釈迦様が誕生した際に唱えたとされる言葉です。
てんじょうてんげ‐ゆいがどくそん〔テンジヤウテンゲ‐〕【天上天下唯我独尊】
出典:小学館 デジタル大辞泉
我は世界のうちで最もすぐれた者であるの意。釈迦が誕生するとすぐに、四方に七歩歩み、右手で天を指し、左手で地を指して唱えたといわれる詩句。誕生偈 (げ) 。
まずは「天上天下」、「唯我独尊」それぞれの意味とともに、「天上天下唯我独尊」の正しい意味を確認していきましょう。
「天上天下」の意味
「天上天下」は、天上の世界と地上の世界、両方を意味します。天地の間や宇宙の間のような、壮大な世界を指す言葉です。
天上の世界には、人間界の上にあるという「天上界」も含まれます。仏語である「天上界」は清浄な世界で、最上の果報を受けるものが住むといわれています。
「唯我独尊」の意味
「唯我独尊」とは、「この世で自分より尊いものはいない」という意味をもつ四字熟語です。「自分ほど立派な存在はない」と、うぬぼれるさまを表します。
日常会話では以下のように、ひとりよがりな態度や傲慢な性格などを言い表す際に用いられます。
- 彼の、自分だけが優秀だといわんばかりの唯我独尊な態度には、いつも辟易してしまう
「唯我独尊」はネガティブなニュアンスをもつため、安易に使わないよう気を付けたい言葉です。また、「唯我独尊」は「天上天下唯我独尊」の略語ともいわれています。
しかし、本来お釈迦様が発した「天上天下唯我独尊」には、「すべての人がかけがえのない尊い存在である」という意味が含まれています。
「唯我独尊」の「我」は自分のみを指しますが、「天上天下唯我独尊」の「我」は、すべての人々を指す点が大きな違いといえるかもしれません。
「天上天下唯我独尊」の由来
仏教では、お釈迦様は誕生してすぐに7歩歩き、右手で天、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と発したと伝えられています。
また、お釈迦様が発した「唯我独尊」は、「他と比べて自分のほうが尊い」という意味ではなく、「天上天下でただ一人、誰もが誰とも代わることのできない存在」であることを指すとか。
お釈迦様の言う「我」とは、個人ではなく全人類のことのようです。後にお釈迦様は悟りを開き、多くの人々の心を救ったといわれています。
「天上天下唯我独尊」を使った例文
「天上天下唯我独尊」の正しい意味をふまえ、具体的な使い方を例文とともに見ていきましょう。
辞書では、「唯我独尊」は「天上天下唯我独尊」の略語ともいわれています。そのため、日常会話では、うぬぼれや傲慢な態度を指すこともあるかもしれません。
ここでは、それぞれの意味を伝える例文を紹介します。
- 天上天下唯我独尊、人はみな平等に尊い存在だといえる
- 天上天下唯我独尊、誰もが尊い存在なのだから、自分をそんなに卑下する必要はない
- 天上天下唯我独尊な振る舞いをしていると、周囲の人の信頼を得られないよ
- 今回の失敗で自分の至らなさを反省し、天上天下唯我独尊な考えを改めるようになった
「天上天下」と似た意味をもつ四字熟語
「天上天下」は、ふたつの語句を組み合わせた四字熟語です。似たような意味をもつ四字熟語として、「三千世界」(さんぜんせかい)や「津津浦浦」(つつうらうら)が挙げられます。
どちらも「天上天下」のように、広い世界を表す言葉です。シーンに応じた使い分けができるよう、ここではそれぞれの正しい意味を紹介します。
「三千世界」
「三千世界」は仏教の世界観で、果てしなく広い世界のことです。
仏教では、仏教世界の中心に立つ山「須弥山」(しゅみせん)を中心に、日・月・四大洲を包含するものを一世界とし、それらが1,000集まったものを小千世界と呼びます。
小千世界が1,000集まったものが中千世界、中千世界が1,000集まったものが大千世界です。「三千世界」は、それらの3つを総称した「三千大千世界」の略語で、広く世間一般を指す場合もあります。
さんぜん‐だいせんせかい【三千大千世界】
出典:小学館 デジタル大辞泉
仏教の世界観による広大無辺の世界。須弥山 (しゅみせん) を中心に日・月・四大州・六欲天・梵天などを含む世界を一世界として、これが千集まったものを小千世界、それが千集まったものを中千世界、さらにそれが千集まったものを大千世界といい、これらを総括していう。三千世界。
「津津浦浦」
「津津浦浦」の「津」は船着き場や港、「浦」は海辺や海外線のことです。「津津浦浦」とそれぞれの語句を重ねることで、日本全国至るところを言い表します。
日常生活では、「日本全国津々浦々~」のように使用するのが一般的です。「つづうらうら」と読むこともありますが、「浦」を「裏」と書き間違えないように気を付けましょう。
「唯我独尊」と似た意味をもつ四字熟語
「唯我独尊」と似た意味をもつ四字熟語には、「坎井之蛙」(かんせいのあ)や「夜郎自大」(やろうじだい)が挙げられます。いずれも中国の古い書物に登場する言葉です。
それぞれの正しい意味と、「唯我独尊」とのニュアンスの違いについて紹介します。
「坎井之蛙」
「坎井之蛙」は、世間知らずで自分の狭い見識にとらわれることの例えです。「坎井」は壊れた古井戸、「蛙」はカエルのことで、ことわざの「井の中の蛙、大海を知らず」と同じ意味をもちます。
「坎井之蛙」には「唯我独尊」のように、「うぬぼれる」という意味合いはありません。
ただし、ネガティブなニュアンスを含む点は同様です。日常会話で他者に対して使用する際は、言い方などに気を付けてください。
「夜郎自大」
「夜郎自大」は、自分の力量を過信し、いばる人の例えです。漢の時代の小さな国「夜郎」の王が、漢帝国の大きさを知らず、自国こそが大国だと思い込んでいたことに由来しています。
自分こそが力があると思い込んでいたり、いばったりする点は「唯我独尊」と同様です。「唯我独尊」とニュアンスが近く、似たようなシーンで使える言葉といえるでしょう。
「天上天下唯我独尊」の意味を正しく理解しよう
「天上天下唯我独尊」は、お釈迦様が誕生した際に発したとされる言葉です。本来は誰もが尊いことを意味しますが、「自分だけがすぐれている」とうぬぼれるさまを言い表すこともあります。
日常生活で使用する際は、言葉がもつ本来の意味を理解しておくことが大切です。似た意味をもつ四字熟語なども知り、日々のコミュニケーションで生かしていきましょう。
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