未来の選択肢を増やす「リスキリング」の始め方
リスキリング支援に5年間で1兆円の予算って… 何にどう使うの?
昨年10月、岸田総理は所信表明演説で「リスキリング支援」への財源投入を表明しました。企業が従業員の育成に使える「人材開発支援助成金」に、リスキリングのためのコースを新設。デジタルに特化した通称「Reスキル講座」も。
国が予算を取って推奨する「リスキング」。聞いたことはあっても詳しくはわからない、どの分野を学べばいいのかわからないという人も多いはず。先生を招いて、「リスキング」とはどういうものかを教えていただきます。
教えていただいたのは…
▲一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事・後藤宗明さん
1971年生まれ。’95年に富士銀行(現みずほ銀行)にて、営業、教育研修事業などを担当。2001年ニューヨークに移住し、’02年に現地でグローバル人材育成を行うスタートアップを起業。’08年に帰国し、米国の社会起業家支援NPO、アクセンチュアなどを経て、’21年より現職。
何をどのように学ぶのか!? リスキリングの定義とは
◆リスキングは〝新しい仕事に就くためのスキル〟を身につけること
後藤さん(以下敬称略):突然ですが、ChatGPTって、使ったことはありますか?
編集部(以下Oggi):サービス開始当初に触ったことはありますが、最近はあんまり…。
後藤:実は、ChatGPTは今回のテーマである「リスキリング」と大きな関係があるんですよ。
Oggi:どういうことですか!?
後藤:順を追って説明していきましょう。まず、リスキリングは英語では「reskilling(re+skilling)」と書いて、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」。
転職や起業に限らず、社内でも新しい分野の業務につながるスキルを身につけることは、リスキリングに当たります。
◆「リカレント教育」や「スキルアップ」、「学び直し」との違いは?
Oggi:「学び直し」のことだと聞いたこともあるのですが。
後藤:日本ではそう訳されることが多いですね。ただリスキリングが提唱された欧米での認識は、もっと仕事に直結する学びのこと。
英語では「relearn」という言葉も別にあって、自分の好きなことを学び直すことと明確に区別されています。「リカレント教育」という言葉もありますね。
Oggi:聞いたことがあります。
後藤:リカレント教育は人生100年時代に向けて提唱されている、生涯学習のひとつの手法。一度仕事を辞めて大学院などで勉強し、学び終えたらまた仕事に就く、といったサイクルを続けることです。学ぶ内容は全国のお城でも数学の理論でも、なんでも構いません。
Oggi:確かに、学び直しという言葉には、さまざまな意味が含まれますね。
後藤:日本では、リスキリングと学び直しが混同されているために、「結局、なんなの?」という人が多数いて(苦笑)。
Oggi:仕事のスキルを身につけるという意味なら、「スキルアップ」という言葉もあります。
後藤:スキルアップは和製英語で、英語では「アップスキリング」と言います。アップスキリングは、現在の職務の専門性をさらに向上させるために新しいスキルを獲得すること。
たとえば、経理担当の社員がより高度な経理のスキルを習得するイメージです。リスキリングは、あくまでも〝新しい仕事に就くためのスキル〟を身につけることだと覚えておいてください。
なぜ今「リスキング」が注目されているの?
◆デジタル人材の確保が急務になっていることが大きな要因
Oggi:仕事のスキルを高めることは、これまでも重視されてきました。なぜ今、特にリスキリングが注目されているんですか。
後藤:さまざまな分野でデジタル化が急速に進み、従来の仕事が減ってしまう一方、デジタル人材の確保が急務になっているからです。
後藤:たとえば、銀行の窓口業務や役員秘書、事務職、レジ係などは今後、業務量が急速に減っていくことが予想されます。銀行の窓口業務は、すでにオンラインに置き換わりつつありますよね。
秘書業務も、冒頭でお話ししたChatGPTの有料版で「〇月〇日から3泊でシンガポール出張に行くので、1泊の予算が4万円のホテルを予約してください」などと入力すると、条件に合うホテルが一発で表示され、そのまま予約できるんですよ。
これまで人間が30分、1時間かけてやっていたような作業が数分で完了してしまうんです。
◆AIの仕事が正しく行われているかジャッジできる人材の需要が増加
Oggi:AIに仕事を奪われる、と何年か前から言われていますね。
後藤:秘書という職業自体がなくなるわけではありませんが、多くのタスクが自動化されて、細かい作業を行う人員は減っていくでしょう。
生成AIの進化が目覚ましい現在は、生成AIでどのような仕事ができるようになるか見極められるまで、新卒採用をストップするという大手企業も出てきているくらい。
その反面、自動化された仕事が正しく行われているかどうか、ジャッジできる人材はどんどん需要が増えているので、リスキリングして急いで育成する必要がある、という状況です。
Oggi:リスキリング=デジタルのスキルを身につけること、なのですか?
後藤:そうとは限りません。ただ、〝新しい仕事につなげる〟という目的を考えると、今は人材が圧倒的に不足しているデジタル分野のスキルを身につけることで、将来の選択肢を大幅に増やせるということです。
ほかにも、今後、ビジネスの急成長が見込まれる環境=グリーン分野について学ぶことは〝グリーンリスキリング〟と呼ばれますし、宇宙分野もこれからアツいと思いますよ。
◆人手不足… なのに雇用の総数は減少傾向!? AIの台頭で雇用にも影響が!
世界経済フォーラムは’20年1月に、AIやビッグデータを用いた技術革新により7500万件の雇用が奪われる可能性があると発表。コロナ禍に突入した’20年10月の予測では、今後5年間で人間・機械・アルゴリズムの労働分担が進むとして修正が。’23年5月の予測には生成AIの影響も含まれ、’27年までに雇用消失が雇用創出を上回るという結果に。
デジタル分野でリスキングをする方が将来の可能性が広がる
◆人間しかできない仕事への競争がハンパない
Oggi:資格の勉強も、リスキリングに当たりますか?
後藤:やみくもに資格を取ってもあまり意味はないと思います。でも、たとえば英語の勉強なら、自動翻訳の精度が上がっているとはいえ、誤訳もある。その誤りを正して自動翻訳を使いこなせる人材は当分、貴重でしょう。そのための英語力をつけるという目的で、TOEIC900点を目指すなら全然アリ!
さらに、インバウンドがますます盛り上がる中で、デジタルマーケティングのスキルと英語をかけ合わせて、英語でデジタルマーケティングができる人材になれれば、相当重宝されます。
Oggi:ちなみに、デジタルスキルはマストですか? 苦手意識がある人は多いと思うのですが…。
後藤:そういう人はとても多いですが、その結果、数少ない〝人間しかできない〟仕事に膨大な人が群がっていて競争がハンパない。そこで勝ち残るより、デジタル分野で少しでも興味をもてることを見つけてリスキリングするほうが、将来の可能性は広がるでしょう。
◆リスキングは本来企業や国が責任をもって行うべきこと
Oggi:忙しい毎日の中で、リスキリングの時間を捻出するのは大変ですね。
後藤:勘違いしてほしくないんですが、大前提として、リスキリングは本来個人ではなく、労働者を雇用している企業や国が責任をもって業務時間内に行うべきことです。
たとえば店にセルフレジを導入するのは企業の都合です。現場のレジ担当者に、別の業務に移ってもらう必要があるなら、そのためのリスキリングの機会は雇用側が与えるのが筋じゃないですか。
Oggi:そうですね…。
後藤:世界デジタル競争力ランキングの上位国、’22年に2位のアメリカは各企業が主体となって実施していますし、4位のシンガポールは国や自治体が主導。
63の国と地域を対象に、各国・地域の統計情報のほか、経営者や管理職に対する聞き取り調査などで順位を決定。デンマークは、「社員研修」「テクノロジーの発展と応用」など、8つの項目で1位となり総合トップに。日本は「高等教育の生徒当たり教師数」「ワイヤレスブロードバンド利用者数」などの項目では高い評価を得たものの、「国際経験」と「ビッグデータ活用・分析」などで最下位となり、過去最低の総合29位に。東アジアでは、台湾が11位、中国が17位に。
後藤:国のデジタル分野が成長することで、雇用も守られ、国自体も成長していくので、国家戦略としてリスキリングをしているんです。日本でも大手企業はリスキリングを整備しつつありますが、中小企業を中心に、個人の取り組みの話にすり替えられていることも少なくなくて。
◆リスキリングの機会を与えてもらえるよう働きかける
Oggi:じゃあやっぱり、自分でなんとかしないといけない?
後藤:まずは自分の勤務先に、リスキリングの機会を与えてもらえるよう働きかけることが第一歩です。会議でZoomを使いたい、業務でChatGPTを使いたいと提案してみるなど、業務の生産性を高めるためのデジタル化について、周囲にも呼びかけて勉強会を開いたりしてもいいと思います。
Oggi:勤務先が、リスキリングに協力的ではなかったら?
後藤:自分自身のデジタルリテラシーを上げるだけでも、未来につながると思いますよ。たとえば、今後もっと需要が増えていく音声検索にトライしてみる。部下に的確な指示を出すように音声検索を使いこなせるのは、立派なスキルです。
または、家の間取りを把握してくれるお掃除ロボットといったIoT家電を使ってみるのもいいですね。最新のAIがどのようにデータを取ってどのように動いているのか、自分で使って実感すれば、AIについてもっと詳しく学びたくなるはず。
とはいえ、成長機会を与えてくれない会社にいること自体、将来の失業リスクにつながるので、転職の準備を始めてもいいかもしれません。
Oggi:自分が生き残っていけるのか… 不安です。
後藤:実は僕自身も、10年前まではデジタルの仕事をしたこともなかったですし、40代での転職活動は100社以上に落ちたりと痛い目にも遭いました。
でも今、意気揚々と働いていられるのは、デジタルやAIについて学んだから。もちろんこれからも努力は続けないといけませんが、何が起きるかある程度予測できるようになったから、怖くはないんです。
自分のこれまでのスキルに、どのようなスキルをプラスしたら何ができるのか、それを知るためにも、スキルを日々積み重ねてみてください。
覚えておきたいキーワードをおさらい
後藤先生のお話に出てきたワードから、覚えておきたいワードをピックアップ! この機会に、リスキングやデジタル領域についての理解を深めてみてください。
リカレント教育
スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンが提唱したとされる概念で、教育と就労のサイクルを繰り返す生涯教育手法のひとつ。個人の関心が原点で、好きなことを学ぶ機会を探し、大学院や教育機関などで私的な活動として取り組むことが基本。
生成AI
人工知能システムの一種で、コンピュータが学習したデータをもとに、新しいアイディアやコンテンツを生み出す技術。現在は文章や画像、音声、音楽、動画などが生成できる。作業を効率化できる、技術のハードルが下がるなどのメリットがある一方、品質が安定しない、フェイクコンテンツの増加などのデメリットも。
グリーン分野
持続可能な社会を実現するための産業分野で、すべての業種に大きく関わる分野。欧米では、グリーンジョブなどという表現で、雇用創出や人材育成に対する取り組みが始まっている。アメリカでは過去5年間で再生可能エネルギーの環境分野での雇用が237%増加、’23年には、石油・ガス関連の雇用総数を上回るという予想も。
個人
個人がどのようにリスキリングを進めていくとよいかは、発売中の後藤さんの新著『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング【実践編】』(日本能率協会マネジメントセンター)に詳しい。海外の事例を含めて解説されている。
●掲載している情報は2023年月11日現在のものです。
2023年Oggi10月号「Oggi大学」より
構成/酒井亜希子・赤木さと子(スタッフ・オン)
再構成/Oggi.jp編集部
TOP画像/(c)Adobe Stock