この記事のサマリー
・「泥仕合」とは互いの弱点を暴き立て、醜く争う不毛な状態を指す言葉です。
・正しい表記は「泥仕合」です。「泥試合」とは書きません。
・読み方は「どろじあい」です。
ビジネスシーンやニュースで「泥仕合」という言葉を耳にしたことはありませんか?「泥だらけの不毛な争い」というイメージはあっても、なぜ「試合」ではなく「仕合」と書くのか、その明確な理由を知る機会は意外と少ないですよね。
本記事では、知っておくとちょっと知的になれる「泥仕合」の意味や、伝統芸能に隠された意外な意味、そして社会人として覚えておきたい正しい表記のルールを解説します。
「泥仕合」の読み方と正しい意味
日常的に使われる「泥仕合」ですが、辞書的な定義を再確認すると、単なる喧嘩以上の「醜さ」が含まれていることがわかります。
読み方と意味
「泥仕合」は「どろじあい」と読みます。意味は、互いに相手の個人的な弱点や秘密を暴露し、醜く争う状態のこと。
辞書では次のように説明されていますよ。
どろ‐じあい〔‐じあひ〕【泥仕合】
1 互いに相手の弱点・秘密などをあばきたててみにくく争うこと。また、その争い。
2 歌舞伎で、舞台上に泥田を作り、その中で立ち回りを演じること。また、その立ち回り。
[補説]「泥試合」と書かないのが一般的。
引用:『デジタル大辞泉』(小学館)
本来の論点から外れ、責任のなすり合いに終始するなど不毛な対立を表現する際に使われる言葉です。
なお、「泥試合」とは書きません。間違えやすいので、注意しましょう。

伝統芸能「歌舞伎」での「泥仕合」とは?
「泥仕合」は、歌舞伎の演出用語としても使われます。
歌舞伎では、舞台上(以前は客席前列の一隅)に実際の泥田を設け、その中で役者が泥だらけになって立ち回りを演じることがあります。これを「泥仕合」と呼びますよ。
代表的な演目『夏祭浪花鑑』に見る迫力
「泥仕合」の具体例として有名なのが、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』の「長町裏(ながまちうら)」という場面です。
団七(だんしち)が義平次(ぎへいじ)を泥だらけになって殺害するシーンは、まさにこの演出の真骨頂です。
参考:『日本大百科全書』(小学館)
「泥仕合」の使い方を例文でチェック
「泥仕合」の使い方を、社会、職場、人間関係、スポーツの場面に分けて確認していきましょう。
政策論争よりも相手の粗探しが目立ち、選挙戦は泥仕合の様相を呈している。
本来の論点(政策)ではなく、批判やスキャンダル合戦に偏っている状況です。「品のない争い」という含みがあります。
責任の押し付け合いが続き、プロジェクトは泥仕合のようになってしまった。
建設的に解決するのではなく、互いに責任をなすりつける状態を表しています。仕事の場面でも使える比喩です。
別れ話がこじれて泥仕合になり、互いの悪口を言い合うだけになった。
感情が先立ち、相手を傷つける方向に争いが進んでしまう様子を表現しています。後味の悪い争いを示す言葉です。

ミスが重なり、試合は緊迫した攻防戦というより泥仕合になった。
手に汗握るような戦いではなく、醜い展開になったことを表しています。スポーツ実況でも使われますよ。
「泥仕合」に関するFAQ
ここでは、「泥仕合」に関するよくある疑問と回答をまとめました。参考にしてください。
Q1:「泥仕合」を「どろじあい」ではなく「どろしあい」と読むのは間違い?
A1:「どろじあい」と濁るのが正しい読み方です。
Q2:ビジネスメールで「泥仕合」という言葉を使う際の注意点は?
A2:ネガティブなニュアンスを含む言葉であるため、当事者に対して直接使うのは避けるべきです。客観的に状況を分析する際や、自省を込めた表現にとどめるのが無難です。
Q3:「泥仕合」と「足の引っ張り合い」との違いは?
A3:どちらも不毛な争いですが、「泥仕合」は互いに相手の弱点や秘密を暴露し合うことを指し、「足の引っ張り合い」はお互いの前進や成功を妨げることを指します。つまり、「泥仕合」の方が中傷のニュアンスがより強いのが特徴だといえるでしょう。
最後に
不毛な対立に遭遇した際、「これは泥仕合だ」と気付けると、感情的な争いを避けられるのではないでしょうか。ぜひ、知的で冷静な振る舞いを選択するためのヒントにしてください。
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