30代になって“あきらめる”ことも楽しくなってきた。
悩みがあるのは健全なこと。人と繫がるきっかけにもなる
「“未来”とか“世間”とか、ふわっとした言葉が好きじゃないんです」と話す尾崎さん。
「俯瞰しすぎると急に匿名性が高まって、話もぼんやりとしてしまう。
自分の知っている人とか、感情とか、物とか、ちゃんと正体のわかっているものだけに向き合っていたいんです。
歌詞や文章といった作品は、そんな身近なものに向き合うことで生まれる不安や不満などを言語化したもの。
すると、聴いている人や読んでいる人も、そこに自分の気持ちを投影して共感してくれるんです。
実際に『クリープハイプ』を聴いている人は、さまざまなことを気に病みやすい“メンヘラ”気質だと揶揄されることもあります。
でも、生きづらさを感じていたり、悩みがある人のほうが個人的には“健全”だと思うんです。
悩みをもつことでだれかと話すきっかけにもなるし、たとえ解決できなかったとしても、そこには会話が生まれる。
“悩みがある=閉じている”という先入観をもつ人も多いかもしれませんが、悩みがあるほうが、実は人に対して開けていると思うんです」
あきらめることは“決断”とも言い換えられる
▲ビンテージシャツ¥10,780(Pigsty渋谷神宮前店)
尾崎さんにとって30代は、“本当に楽しい時期”だとか。
「できる仕事が増えてきたり、人によっては家族が増えるという変化があったり。
同時に、選択を迫られて何かをあきらめないといけないことも増えます。
レコーディングだって、粘ってもう一回録音したら、もっといい作品ができるかもしれない。でもこの数年は、『これにしようかな』とあきらめるのも、すがすがしいと思えるようになりました。
だってそれは“決断”とも言い換えられるから」
ネガティブなことも、よしとするほうが近道だなって
“元気じゃない”体の変化も受け入れて
簡単には解決できない悩みも抱えているとか。
「実は数年前から思いどおりに声が出せなくて、今もその悩みとつきあいながら歌っています。
でもそのぶん、思いどおりに歌えたときはすごくうれしいし、のどのケアも以前よりしっかりするようになった。これまで湧かなかったような、音楽を続けていく新たな原動力も生まれました。
もちろん問題が根本的に解決して、ポジティブなことだらけになればハッピーかもしれない。
でもそんなことはめったに起こらないし、だったら見方を変えて、一見ネガティブな側面も“よし”ととらえるほうが、今を楽しむ近道になると思ったんです」
心と体のバランスを取りながら、30代後半からは“体の衰え”すら楽しめるように
「今までは朝まで平気で飲めていたのに、最近は眠くて仕方がない。白髪を発見してショックを受けたり、健康のために『白湯を飲んでみようか』と思ったり。
今は『絶対に飲んでやるもんか!』と自分自身に抗っていますが(笑)、そんな体の変化を通して、あきらめることも『あぁそうか』と自然に受け入れられるようになってきましたね。
とはいえ、心と体のバランスがうまく保てなくなることもあって。
そんなときは、音楽でうまくいかないストレスを音楽以外の仕事で発散しています。
特に、ラジオで話す機会がコンスタントにあると気持ちが安定します。ネガティブなことも、人に喜んでもらえるように面白おかしく話すことで、自分自身も心穏やかになるんです」
“かわいいおじいちゃん”になる
未来のことはあまり考えない尾崎さんが、唯一、決めているのは“かわいいおじいちゃん”になること。
「このままいくとかなりイヤなおじいちゃんになりそうで、老後はだれにも寄りつかれなくなってしまいそう。
だから今のうちに、人の悪口とか、嫌がられることをやり尽くしておこうと思っています(笑)」
2022年Oggi10月号「私たちの未来予想図2022」より
撮影/為広麻里 ヘア&メイク/谷本 慧 スタイリスト/入山浩章 構成/スタッフ・オン
再構成/Oggi.jp編集部
尾崎世界観(おざき・せかいかん)
’84年生まれ。ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギターとして、’12年にメジャーデビュー。’16年小説『祐介』(文藝春秋)を刊行。’21年『母おも影かげ』(新潮社)は芥川賞候補に。最新アルバム『夜にしがみついて、朝を溶かして』が発売