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「賽は投げられた」とは
意味や読み方
【賽は投げられた:さいはなげられた】《(ラテン)Alea jacta est》事ここに至ったうえは、結果はどうなろうとも断行するほかはない。〔補説〕カエサルが、軍を率いてルビコン川を渡るときに言ったといわれる言葉。
(引用〈小学館 デジタル大辞泉〉より)
「賽」はサイコロを意味する
「賽は投げられた」とは、もはや決行するしかないことをたとえた言葉です。「さいはなげられた」と読みます。「賽」は「さい」と読み、サイコロを意味します。決意表明などの際に使われることが多い表現です。
小説や漫画のセリフや曲名や歌詞に用いられることも多く、耳にしたことがある人も多いでしょう。馴染みのある言葉ですが、実は由来は紀元前の古代ローマ時代まで遡ります。ここからは、賽は投げられたの語源について詳しく解説します。

古代ローマ時代にカエサルが言った言葉が語源
賽は投げられたは、古代ローマ時代の政治家であり軍人のカエサルが、追い詰められルビコン川を渡る際に放った言葉が由来とされています。簡単に逸話を紹介します。
数多くの功績により領土を拡大していたカエサルは、かつては協力しともに政治を統率していたはずのポンペイウスに出し抜かれ、追い込まれます。ポンペイウスはカエサルとの共通の政敵であった元老院と結託し、元老院はカエサルに軍隊を解いて本国への召喚を命じますが、カエサルは不当な命令としてこれを拒否。
当時、ルビコン川はローマと他の領土の境界であり、武装を解かずローマ側に渡るのは禁じられていました。そのルビコン川を、カエサルは元老院側に宣戦布告をする意思をもって兵を率いて南下し、渡ったのです。
この時カエサルは、もう後戻りはできないという意味でラテン語の「alea iacta est(賽は投げられた)」という言葉を口にしたとされています。このことから、「賽は投げられた」という言葉は、後戻りできない状況で使われる言葉となりました。
「賽は投げられた」の使い方のコツと例文
賽は投げられたは「後戻りはできない」というという意味で使われる決意表明のような形で使われます。そのため、ビジネスシーンで使用されることが多いといえます。
「後戻りはできない」「やるしかない」といった状況で使うことを念頭に置きましょう。ここからは、「賽は投げられた」という言葉の詳しい使い方のコツと例文5つをご紹介します。

「後戻りはできない」「やるしかない」場面で使う
賽はもともと、博打で使うサイコロのことです。サイコロはインダス文明やメソポタミア文明といった紀元前の時代から使われていたとされています。宗教の儀式や占いに使われていましたが、やがてすごろくや賭け事に使用されるようになりました。
サイコロを振ると、その時点で占いの結果や掛け事の勝敗は決まるものです。賽は投げられたという言葉をそのまま解釈すると、「占いや勝敗を決めるサイコロは振られ、もう結果は出ている。それに従うしかない」という内容になります。
物事が進んでいてもう後戻りができない状況において覚悟を決めるような時、また決意が固まらず及び腰になっている人への励ましの言葉として使います。
「賽は投げられた」を使った例文5つ
賽は投げられたを使った例文のうち、覚悟を決めたというニュアンスでの使用例は次のとおりです。
・今回の取引は難しい問題も山積み、でももう賽は投げられている。
・会社を辞め、独立開業する準備が整った。まさに賽は投げられたの心境。やるしかない。
・新事業のプロジェクトへの異動辞令が出た。ついに賽は投げられたということだ。
その他、問題を目の前に尻込みしている人に対して、「ここまできたらやるしかないよ」と後押しする使い方もあります。
・不安になる気持ちもよくわかるよ、でももう、賽は投げられたんだ。
・後ろを見たってしょうがない。賽は投げられたんだから、前を向いて。
「賽は投げられた」の類語・言い換え表現と対義語
賽は投げられたと同じような意味の類語には、どんな結果も受け入れる「人事を尽くして天命を待つ」後はどうなっても良い「あとは野となれ山となれ」などが挙げられます。
また、言い換える場合は「始まったからには仕方ない」「事は進み始めた」といった表現を使うことが多いでしょう。
一方、対義語としては何もなかった状態に戻す「白紙に戻す」があります。ここからは、賽は投げられたの類語や言い換え表現、対義語についてそれぞれ解説していきます。

「賽は投げられた」の類語
ここからは「賽は投げられた」の類語を紹介していきます。
どんな結果も受け入れる「人事を尽くして天命を待つ」
「人事を尽くして天命を待つ」は、自分の全力をだしきったら、後のことは天命に任せるしかないという意味のことわざです。「人事」とは人間ができることのすべて、「天命」とは天の定めた運命ということ。
「賽は投げられた」は後戻りができない状況で「もうやるしかない」と覚悟を決めています。それに対して「人事を尽くして天命を待つ」はやるべきことをやり、その後の結果を委ねているので、状況がやや異なります。
さらに、両者ともに「どんな結果であれ受け入れる」心境ですが、「賽は投げられた」が若干切迫感を感じるのに対し、より前向きな印象を受ける表現です。
後はどうなっても良い「あとは野となれ山となれ」
「あとは野となれ山となれ」は、自分はできるだけのことをしたのだから結果は知ったことではない、ということのたとえです。後のことは知らない、という投げやりな態度や開き直った気持ちを表します。一方で、済んだことをうじうじと振り返らない潔さを、ポジティブに解釈されることもあります。
賽は投げられたには開き直るニュアンスはないため、注意が必要です。既にできることはやったという点に注目すると、人事を尽くして天命を待つの方が近い意味だといえるでしょう。
「賽は投げられた」の言い換え表現
次に「賽は投げられた」の言い換え表現を紹介します。
「始まったからには仕方ない」「事は進み始めた」
「賽は投げられた」をことわざではなく日常的な言葉で言い換える場合は、「始まったからには仕方ない」、または「事は進み始めた」などと表現するとよいでしょう。「始まったからには仕方ない」には、少々諦めの感情や受動的なニュアンスが含まれます。
「事は進み始めた」は、もはや待ったなしの状況の中、やるしかないという意味です。ルビコン川を目の前にしたカエサルの心境と重なります。
「賽は投げられた」の対義語
「賽は投げられた」の対義語は以下になります。
何もなかった状態に戻す「白紙に戻す」
「賽は投げられた」の対義語は、以前の何もなかった状態に戻すという意味の「白紙に戻す」があてはまります。賽は投げられたが「もう戻れない」意味であるため、元に戻すことを表すこの言葉はちょうど反対の意味にあたります。
そこに至るまでの経緯をなかったとこととして捨て去って元に戻すため、安易な気持ちではなくそれなりの覚悟が求められる状況を表します。
「賽は投げられた」の英語表現とは?
「賽は投げられた」の英語表現を2つご紹介します。それぞれ詳しく見てきましょう。
The die is cast.
「The die is cast」は日本語の「賽は投げられた」に当たるイディオムです。「die」は「dice」古い表現での単数形で、サイコロを表しています。慣用句として定着している表現ですので、まずは「The die is cast」を覚えておくのが良いでしょう。
The die is cast.
さいは投げられた;もうあとへは引けない(◆カエサルがルビコン川を渡った時の言葉)
〈引用(小学館 プログレッシブ英和中辞典)より〉
In for a penny, in for a pound.
「In for a penny, in for a pound」は「一銭でも投じれば、一ポンドも投じる」という直訳から転じて、「いったん始めたら最後までやりとげなくてはならない」という意味を持つ英語のことわざです。結果はどうなろうとも断行するほかはないという意味では、「賽は投げられた」と近い意味を持つ英語表現と言えるでしょう。
penny
ペニー(◇英国の貨幣単位;1/100 pound;略p)
〈引用(小学館 プログレッシブ英和中辞典)より〉pound
ポンド(pound sterling)(◇英国・英連邦の貨幣単位;100 pence;1971年1月以前は20 shillings,240 pence;略L;記£,((まれ))l;£は数字の前に,l はあとに置く)
〈引用(小学館 プログレッシブ英和中辞典)より〉
「賽は投げられた」を使って決意表明してみよう
賽は投げられたは、もはや決行するしかないことを意味する言葉です。ドラマティックな表現でもあるため、小説やドラマなどにもたびたび登場します。
誰にでも「ここは頑張りどきだ」という状況があるはずです。ぜひ「賽は投げられた」という表現を使って、決意表明をしてみましょう。やるしかないという気持ちに完全にシフトできるはずです。




