今、改めて知りたい! ノーベル賞のすべて
12月10日が授賞式! 世界で最も権威があるとされる賞の受賞者はどのように決められるか、知っていますか?
今回の先生は…
▲國學院大學教授・高橋昌一郎さん
たかはし・しょういちろう/1959年生まれ。ウエスタンミシガン大学数学科および哲学科卒業、ミシガン大学大学院哲学研究科修了。専門は論理学・科学哲学。『理性の限界』(講談社)『20世紀論争史』(光文社)『哲学ディベート』(NHK出版)など著書多数。
〈2024年は日本被団協が平和賞を授賞!〉
正式名称は日本原水爆被害者団体協議会。1956年の結成以来、被爆者の立場から核兵器廃絶を草の根で世界に訴えてきた。非核三原則を表明した佐藤栄作元首相(’74年受賞)以来、日本の人物・団体としては2度目の平和賞受賞。
ノーベル賞が生まれたのは誤報がきっかけだった
Oggi編集部(以下Oggi):2024年は平和賞を日本被団協が受賞し注目されましたが、ノーベル賞っていったい、いつ、何がきっかけで始まったのか、実はよく知らなくて…。
高橋さん(以下敬称略):ノーベル賞はもともと、1833年に生まれたスウェーデンの発明家、アルフレッド・ノーベルの遺言によって設立されたものです。
Oggi:遺言⁉
高橋:貧しい発明家の家に生まれたノーベルは、’66 年にダイナマイトを発明し、世界50か国で特許を取得しました。ダイナマイトは鉱山の開発や土木工事に活用され、ノーベルは巨額の富を築いたのですが、彼の技術はしだいに戦争にも利用されるようになって…。
ノーベル賞設立のきっかけとなったのは’88年。ノーベルの兄が死んだとき、ノーベル本人が死亡したと勘違いした新聞社が、「死の商人、死す」という見出しで死亡記事を出したことでした。
Oggi:えーっ! ひどい…。
高橋:記事ではノーベルを「可能な限りの最短時間で、可能な限りの大量殺戮を行う爆薬を発明し、それによって富を築いた人物」と描写していました。
平和主義者だったノーベルは、自分が世間からそのように見られていたことを知って大きなショックを受け、自分が築いた富を人類の未来に役立てようと決意。「自分の遺産を運用し、その利益で物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の5つの分野において人類に最も貢献した人物を毎年表彰するように」と遺言を残します。
物理学賞と化学賞はスウェーデン王立科学アカデミー、生理学・医学賞はストックホルムの医科大学カロリンスカ研究所…と選考機関まで細かく指定し、「受賞者は国籍関係なく最もふさわしい人物を選ぶこと」と記しました。
Oggi:選考機関まで!?
高橋:遺産の取り分が少なかった遺族からは不満の声が上がったようですけどね…。そうしてノーベルが亡くなって4年後の1900年、助手らの努力によってノーベル財団が設立され、翌年、第1回ノーベル賞が授与されました。
Oggi:そこから、もう100年以上も続いているんですね。
高橋:はい。ただ実は、経済学賞だけは遺言書の構想にはなかったんです。ノーベルの死から約70年が過ぎた’68 年、スウェーデン国立銀行が創立300周年を記念して設立したという経緯で。
Oggi:そんなに経ってから…。
高橋:ノーベル財団は、経済学賞はノーベル賞ではないと表明しています。また、平和賞だけはノーベルの遺志により隣国ノルウェーで選考と授賞式が行われます。遺言が書かれた当時、ノルウェーはスウェーデンの国王が統治していました。ノーベルは両国の平和と共存を願って、この賞をノルウェーに託したといわれています。
Oggi:ちなみに…賞金って、どれくらいなんですか?
高橋:賞金は日本円換算で約1億円ともいわれていますが、遺産の運用状況に応じて、毎年少しずつ変動します。また、平和賞以外は最大3人まで同時受賞ができますが、ふたりで受賞した場合は賞金は折半、3人で受賞した場合は、“貢献度”によって配分の割合が指定されます。賞金や授賞式の運営は、ノーベルの遺産を財団が運用した利益でまかなわれています。
授賞後50年はヒミツ! ベールに包まれた選考過程
Oggi:では、受賞者はどのように選ばれるのでしょうか?
高橋:まず、各賞選考機関の選考委員会から世界中の専門家や過去の受賞者に〝推薦依頼状〟を出し、受賞にふさわしい人物・団体を推薦してもらいます。
挙がってきた候補者に関して各賞選考機関が綿密な調査を行い、最終的には厳格な協議を経て受賞者を決定します。とはいえ、候補者の名前や選考過程は授賞後50年間は公表しないというルールがあり、正確なところは明かされていません。
Oggi:謎だらけ…(苦笑)。でも、偉業を成し遂げた人に授与されるのは間違いないですよね?
高橋:確かに、〝自然科学3賞〟と呼ばれる物理学賞、化学賞、生理学・医学賞は、だれの目にも明らかな業績である研究や発明に与えられます。たとえば、X線やペニシリンの発見は、その後の人類の生活を大きく変えました。
Oggi:平和賞や文学賞は?
高橋:平和賞は、一般に権力に虐げられていたり、反戦・反核や人権問題などを訴えたりしている人物や団体の受賞が多いですね。人道支援を展開する赤十字国際委員会、人権保護活動を進めるアムネスティ・インターナショナル、人種差別撤廃を訴えたキング牧師らが受賞しています。
文学賞受賞者の中にも、長年にわたってベトナム反戦を歌い続けたボブ・ディランのように、自国では反体制派とみなされる人物もいて、政治的にセンシティブな一面も。平和賞と文学賞は、その時代の社会的な課題に対して、なんらかの示唆が込められている印象を受けます。
Oggi:日本被団協に平和賞が授与されたのは…。
高橋:今回の授与も、各地で戦争が起きている昨今、「核兵器だけは使うな」という選考委員会からのメッセージのように映ります。
受賞者の人生はバラ色? 影の部分や葛藤も
Oggi:受賞者たちに何か共通点はあるんでしょうか?
高橋:明らかなのは、どの受賞者も並々ならぬ努力をしているということ。また、特に自然科学3賞に関しては、たまたま実験器具が充実した時期に研究に没頭できる環境に恵まれていたとか、海外留学をして他国の研究者と触れ合ううちに重要なひらめきを得たとか、さまざまな幸運や偶然が重なったことも多いですね。
Oggi:AIに関する研究が受賞したことも話題になりました。
高橋:時代によって、社会に最も大きな影響を与える発明も変わってきます。たとえば1980年から2023年の生理学・医学賞44件中、43件は分子生物学に関するものでした。
ただ、賞では華やかな面ばかりが強調されがちですが、科学技術の発見というのは諸刃のつるぎ。ダイナマイトや核反応のように、先進的な発明が人類を救う一方で、同じ技術が戦争で軍事利用されることもあり、光と影の両面があるんです。
Oggi:なるほど…。
高橋:それに、賞を受賞したからといってその後の人生が順風満帆というわけではありません。ノーベル賞を若くして受賞したばかりに奇妙な万能感を抱き、晩年にはあまり科学的とはいえないトンデモ説を唱え出した研究者も…。
Oggi:そんなこともあるんですか!? 今回、韓国の作家ハン・ガンさんがアジア人女性初の文学賞を受賞しましたが、例年、受賞者の顔ぶれは男性が多い印象です。
高橋:歴代受賞者のうち、女性の割合は全体の6%程度。特に自然科学分野においては、これまで女性研究者は極端に少なかった。これからSTEM分野で女性の割合が増えれば、受賞者も増えてくるかもしれませんね。
Oggi:最後に、高橋さんが今後ノーベル賞に期待することは?
高橋:人類レベルの貢献を称えるノーベル賞は、存在することに意義があります。アルフレッド・ノーベルの精神を引き継いで、永遠に続いてほしいですね! そして、偉大な発見や研究成果は、人類を幸福にするために使われてほしいと思います。
選考機関は? 受賞の条件は?「ノーベル賞の6部門」
物理学賞
選考は国で最高の権威を持つ学術機関、スウェーデン王立科学アカデミー。1949年に日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹を筆頭に、日本人受賞者の中では受賞数最多の部門。
化学賞
選考は物理学賞と同じスウェーデン王立科学アカデミー。2002年には民間企業で働く田中耕一さんが43歳で受賞し話題に。’19年にはリチウムイオン電池の開発で吉野 彰さんが受賞。
生理学・医学賞
ノーベルは生理学・医学にも強い関心を持ち、血液や麻酔の研究も行っていた。選考はカロリンスカ研究所。2012年には、〝細胞核の初期化〟を発見した山中伸弥さんが受賞。
文学賞
文学の部門で「理想主義的傾向の最も優れた作品を創作した人物」に授与。通例1名のみ。選考はスウェーデン・アカデミー。日本では1968年に川端康成、’94年に大江健三郎が受賞。
経済学賞
1968年、スウェーデン国立銀行が賞金を負担して創設。経済学上のすぐれた理論をつくり出した個人に授与。選考はスウェーデン王立科学アカデミー。国立銀行は選考には関与しない。
平和賞
国家間の友好、軍隊の廃止や削減など平和のために最善の活動をした個人や団体に授与。選考はノルウェーのノーベル委員会。オバマ前アメリカ大統領など国のトップが受賞することも。
髙橋さんが注目!「ノーベル賞受賞者」たちの知られざる一面とは…
フリッツ・ハーバー
空気中のアンモニアを合成し、化学肥料の大量生産を実現。「彼の発明で食糧生産率が飛躍的に向上。おかげで50億人が飢餓をまぬがれているという試算も」。一方、開発した毒ガスはナチスによるユダヤ人殺戮に使用された。
ヴィルヘルム・レントゲン
物質を透過するX線を発見するも、医療技術の普及を優先させるため特許は取得せず。「第1回ノーベル賞にふさわしい人格者!」(高橋さん)。
▲妻ベルタの左手を撮影した〝人類初〟のX線写真。薬指には結婚指輪が。
キャリー・マリス
DNAを増幅させるPCR法の技術を発明し、従来3週間かかった感染症の検査を1時間に短縮。コロナ禍のPCR検査につながった。「来日時には当時の美智子皇后に『Sweety(かわい子ちゃん)』と呼びかけ、周囲を仰天させたとか」
アルベルト・アインシュタイン
受賞の理由は意外にも、かの有名な「相対性理論」ではなく、「光量子論」の研究。「私生活では多くの女性と浮き名を流し、賞金は全額、最初の妻に慰謝料として渡したと言われています」。晩年は平和運動にも関わった。
覚えておきたいキーワード
「ノーベル賞」に関連するワードや知っておきたいワードをピックアップ!
ノーベル賞授賞式
毎年、ノーベルの命日である12月10日にストックホルムで開催される。受賞者にはメダルと賞状が授与され、式の後には1000人以上のゲストを招く豪華な晩餐会と舞踏会も。平和賞は同日オスロでの開催。
アルフレッド・ノーベル
1833〜1896年。ストックホルム生まれ。化学、光学、生物学など興味が幅広く、生涯で取得した特許は355に上る。幼少期から文学にも親しみ、詩や戯曲を執筆した。複数の外国語を操り、実業家としても大成功したが、内向的な性格から生涯独身を貫いた。
光と影
高橋さんの近著『天才の光と影 ノーベル賞受賞者23人の狂気』(PHP研究所)では、900人を超える歴代ノーベル賞受賞者の中から、高橋さんが「狂気」を感じとった23人を厳選。必ずしも幸福とは言いがたい、天才たちの数奇な人生をたどる。
STEM 分野
科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)を合わせた分野のこと。OECD加盟国の中でも、日本は理工系学部に進学する女性の割合が極端に低く、今後の増加が期待される。
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●掲載している情報は2024年11月8日現在のものです。
2024年Oggi1月号「Oggi大学」より
構成/中村茉莉花、酒井亜希子(スタッフ・オン)
再構成/Oggi.jp編集部