部下の本音を聞きたいときは1対2で
職場の人間関係でも、本音を話しやすい人とそうでない人がいます。私が以前、新入りの記者4人の教育担当を任されたときは、彼女たちの悩みや困りごとが何なのかを知るために工夫を重ねました。張り込みや直撃取材の現場で、彼女たちとじっくり話をするのは難しかったので、現場が終わったあと一緒に食事してお酒を飲みながら話を聞いていました。やはり仕事が終わったあとは気も緩みますし、お酒が入るとよりリラックスして話してもらえるからです。
その際、絶対にしないと決めていたのは、求められていない自分の意見や常識を押しつけたり、上から目線でアドバイスすることです。そのうえで、何度か彼らと話していて、1対1より1対2のほうが、素に近い状態でしゃべってくれることがわかりました。同じ悩みを持つ人が1人より2人だと、「自分だけの問題じゃない」と打ち明けやすくなります。安心感も2倍になりますよね。「あのカメラマンとはうまくいかない」「あの人は苦手だよね」「こういうときどうすればいいかわからないよね」といった具合に、2人で確認しながらだと話しやすいのです。
もちろん、他人には知られたくないような部下の込み入った話を聞くときや、社外の人と大事な話をするとき、直撃取材では1対1のほうが効果的です。でもそうではなく、相手が本当のところ何を考えているのか、素顔がどんな人か知りたいときは、同じような立場の人をもう1人連れて食事でもすると構えずに話してくれるでしょう。
「ここぞ!」というときの否定意見でハッとさせる
「相手の心の所在を推し量り理解しようとする気持ち」が聞き上手の大前提ですが、例外もあります。これは近しい人間関係に当てはまるケースですが、本当に違うと思ったことはあえて否定したほうが、信頼関係が深まることもあります。
記者になった頃からお世話になっている上司には、私は基本的にイエスマン。言われたことは何でも聞き、何でも実践してきました。ところが、その上司に対して周囲から不満や批判の声をチラッと耳にして、「これはマズいかも」と思ったことがありました。
ちょうど、その上司に本書について話す機会があり、テーマも「聞き方」ということで、その流れで「最近、職場のみんなの話は聞けていますか?」とさりげなく聞いてみました。すると、「そういわれれば最近、話を聞けてないかもしれないな」と返ってきたので、「それはよくないですね」とあえてハッキリと否定したのです。
もちろん、否定したからには、相手に納得してもらえる理由も必要です。そこで、ラジオで聞いた映画監督の是枝裕和さんの話を引き合いに出しました。「是枝監督は、常に新しくよりよいものを生み出すために、撮影中に監督見習いの新入りに必ず『今のシーンどうだった? 素直に言ってみてほしい』と意見を聞くそうです。自分を凝り固めないように意識的に行っているそうで、私もいつか、部下をもつようになったら、真似したいなと思いました。○○さん(上司)はどうですか?」
そんなやりとりをした数日後。周囲の人から「○○さん、変わったよね」という声を聞くようになりました。部下の仕事の成果を認めて、「○○さんがあの仕事をしてくれたおかげで売上げが上がった」と名指しで褒め、一人ひとりの声に耳を傾けるようになったというのです。もともと内面では部下たちのことを気にかけていても口に出して言わない人なので、私も「思ったことは本人に伝えないともったいないですよ!」と言ったこともありました。
そういうことが気兼ねなく言えるのは、私が正社員ではなく、厳密には直属の上司と部下という関係ではないからというのもあります。利害関係がある人に対しては、やはり否定的な意見は言いにくいかもしれませんが、相手が納得できる理由があればむしろ「よくぞ言ってくれた」と思ってもらえることもあるはずです。
SNS・LINEのやりとりで必ず拾いたい話題
遠方にいる人や直接会えない人に取材する場合、SNSやLINEをよく活用しています。チャットやメッセージのやりとりだと、面と向かって話すより気が楽なのか近況を伝えてくださる方が多く、そのなかに相手が話したいキーワードが隠れていることがあります。
コロナ禍で、海外に出稼ぎに行っている人にSNSのメッセージを利用して、どのくらいお金を稼いでいるのか取材したときのこと。その男性から来た回答の最後に、「今、生後3カ月の子どもがいて大変なんです」という一文がありました。出稼ぎの話とは関係ないので通常は、「それは大変ですね。がんばってください」ぐらいで終わらせる記者が多いと思います。でも私は、「うちも生後半年の子どもがいるんです。可愛いですけど夜泣きとか大変な時期じゃないですか?」と返事をしました。すると、取材では出てこなかった家庭の内情など長文のメッセージが返ってきたのです。さらに、「出稼ぎの理由を友人に聞かれてもうまく説明できなかったけど、山田さんの取材で自分の気持ちを整理できて、改めてこっちで働いてよかったと思うことができました。ありがとうございました」と感謝までしてくださいました。
以来、SNSやLINEの文面に、こちらが聞きたいことと無関係なワードがあったら必ず拾って話を聞くようにしています。メッセージ取材を試みる記者やマスコミ関係者の多くが、必要なことだけを相手から聞き出そうとしているようです。「途中で連絡が途絶えた」「100件メッセージを送ったけど全滅!」という声を聞くのが日常茶飯事なのですが、私はそれが原因ではないかと感じています。反対に私は、SNSでもLINEでも高確率で取材に成功しているのは、相手が話したい言葉を意識的に必ず拾うようにしていることが、プラスになっている気がしています。
構成/樺山美夏
【書籍情報】
山田千穂 著『ずるい聞き方 距離を一気に縮める109のコツ』(朝日新聞出版)より
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記者 山田千穂
埼玉県川口市出身。1988年生まれ。『週刊ポスト』『女性セブン』で記者を約10年経験。芸能、事件、健康等の記事を担当。取材で、聞く力、洞察力、コミュ力を磨く。3000人以上に取材。直撃取材、潜入取材を得意とする。大学在学中は渋谷109で販売員としてアルバイトをし、お正月セール時には1日最高500万円を売り上げる。趣味は、森林浴、一人旅、バーで飲むこと。好きな食べ物は、ラーメン、甘味、納豆ごはん、そしてお酒。
プロフィール写真撮影/渡辺利博