【子宮がんの知識】HPVワクチンについて
前回、前々回は子宮がんについての検診や精密検査、治療についてお話ししました。
国内では、毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかり約3000人が死亡していますが、これを防ぐためのワクチンがあります。いわゆる「子宮頸がん予防ワクチン」です。
これは子宮頸がんの原因となるHPV(Human Papilloma Virus:ヒトパピローマウイルス)感染を予防するワクチンです。
HPV(Human Papilloma Virus:ヒトパピローマウイルス)とは
HPVは、ヒト乳頭腫ウイルスとも言われます。パピローマまたは乳頭腫と呼ばれるいぼを形成することから名付けられ、百数十種類以上の型があることが分かっています。
このうちの十数種類のハイリスク型(16型、18型など)が子宮頸がんの発症に関わっていることが知られています。HPVに感染しても多くの場合は、その人の免疫力によってウイルスが体内から排除されます。
しかし、10人に1人くらいはウイルスが排除されずに感染が長期化(持続感染)することがあります。この場合、ごく一部の人では長い年月(ウイルス感染から平均で数年~10年以上)をかけ、前がん状態(異形成と呼ばれる)から子宮頸がんへと進行することがあります。
持続感染する原因はまだ明らかにはなっていませんが、その人の年齢や免疫力などが影響しているのではないかと考えられています。
HPVワクチンができるまで
1970年ころから何らかの感染症で子宮頸がんを発症するらしいということが知られていました。ドイツのウイルス研究者であるハウゼン博士によりHPVの16型が子宮頸がんの発症に関わると発表されるのは1983年であり、その後次々に高リスク型が発見。
子宮頸がん発症のメカニズムが明らかにされ2006年にHPVワクチンがアメリカ、欧米で発売され接種が進みました。発売され15年経過した現在、このワクチンは世界130国で承認されています。このワクチンは子宮頸がん発症の60%に関わっているHPVの16型、18型感染を予防します。
またその後2014年には、16型、18型のほかに31、33、45、52、58型に対するワクチンがアメリカで承認。これにより子宮頸がん発症の80〜90%を抑え込めると期待されます。
このワクチンはコンジローマとよばれる、いぼの病気に関わる6,11型の感染も予防することから計9種類の型に対応。9価ワクチンと呼ばれており、現在80か国以上で承認され、日本でも2021年から接種可能になりました。
日本でのHPVワクチンの現状
日本でも先進国にすこし遅れて2009年にHPVワクチンが認可され、2013年4月1日に小学6年生から高校1年生までの女学生に対し、念願の定期接種化が叶います。
定期接種というのは予防接種法によって対象となる病気や年齢などが定められ、市町村が実施する予防接種のことで、公費で助成され、無料または低負担で受診できるというものです。定期接種化される以前にも公費負担されて接種を行う自治体も数多くありました。
ここで一気に広がり、若年成人世代の子宮頸がん問題が解決してゆくか、に見えましたが…
定期接種になる直前の2013年3月8日にHPVワクチン接種後に副反応が出た人がいたことを報道されました。14歳中学生がHPVワクチン接種後、接種部位がパンパンに腫れたのをきっかけに歩行障害などの症状がでたそうです。
3月10日にはテレビ報道もされました。その後3月25日に「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」設立記者会見が開かれ、その様子も全国のテレビで報道されました。またHPVワクチン接種後のけいれんのような動きが各メディアで大々的に報道され人々はこのワクチンに対して恐怖心を抱くようになりました。
世間の空気に押され、6月14日、厚労省予防接種・ワクチン分科会の副反応検討部会は、「定期接種は取り下げないが、副反応の頻度などの情報提供ができるまでの間、接種を積極的に勧奨すべきではない」、と各自治体に通知しました。この結果、HPVワクチンは公費負担で接種可能でありながら接種率は1%を下回っています。
その後HPVワクチンを接種したグループと接種しなかったグループでけいれんなどの副反応と考えられる症状の出現率を比較した研究がある自治体で行われました。そもそも様々な身体症状が思春期女性でよくおこることもあり、これらの症状がワクチンの影響にあるのかどうかを検討しています。
結果は「接種したグループと接種しなかったグループで諸症状の差は認められなかった」でした。しかしながら現状では諸外国では接種率が軒並み60%以上ある中で日本だけがほとんど接種されていません。
ワクチンのメリット、デメリット
ワクチンにはそれによって得られるメリットとデメリットがあります。HPVワクチンに関してはどうでしょうか。
◆メリット
子宮頸がんの発症を抑えるということです。他国に先駆けてHPVワクチンの公費接種を進めてきたオーストラリアでは2028年までには子宮頸がんになる女性が10万人に4人未満になり、2066年には10万人に1人未満となるという研究報告が発表されています。オーストラリアは子宮頸がんを撲滅する最初の国になるかもしれません。
◆デメリット
副反応。一過性の軽い副反応から、回復不能な重い副反応が挙げられます。日本ではHPVワクチンの総接種者は338万人にのぼります。このうち未回復とされる副反応の現れた症例は276人です。確率でいうと0.008%で1万2千人に1人の計算となります。
逆に考えてみると・・・
◆ワクチンを接種しないメリット
副反応は起こりません。1万2千人に1人の確率で起こる回復不能な副反応は絶対に起こりません。
◆ワクチンを接種しないデメリット
子宮頸がん発症のリスクを減少できません。例えば日本ではこの接種勧奨中止の8年間で定期接種可能な女子人口は約400万人ですがこのうち約1万7千人が子宮頸がんで命を落とすと試算されています。
もしこの女性全員が接種していたら約1万2千人は死なずに済むはずとも試算されています。接種しなかったことで救えたはずの1万2千人もの命が奪われるとは災害レベルの話と言ってもいいかもしれません。
最後に
100%の安全を求めるという国民性が日本人にはあります。100%安全でなければ満足できませんか? 交通事故で亡くなる人が毎年4千人以上いますが、100%安全でないからといって車の運転をやめる人がいるでしょうか?
ワクチンによって得られるメリットとデメリットを考えコロナワクチン接種を受ける人も増えています。HPVワクチンについてもそのメリットとデメリットを考え、前向きにとらえてほしいものです。
HPVワクチンに関するデメリットをセンセーショナルに取り上げ、メリットを報道しないメディアに問題はないのでしょうか。HPVワクチン接種の進まない日本をWHO(世界保健機関)から名指しで批判されているのは恥ずかしい限りです。
これを機にHPVワクチンに対しての知識を深め接種の動きが広がることを期待してします。またこれにより一人でも多くの女性が子宮、命を奪われないことを切に願ってやみません。
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直レディースクリニック 院長 竹村直也
2000年神戸大学医学部卒業
2008年神戸大学医学部大学院修了
兵庫県立こども病院、日高医療センター勤務の後神戸大学病院産科婦人科助教。
淀川キリスト教病院産科婦人科部長、
竹村婦人科クリニック勤務後、2020年5月直レディースクリニック開業
資格:医学博士 産婦人科専門医 母体保護法指定医