連載「Road to 役員 ~働く私たちが先輩に聞きたいこと~」vol.4:アクサ・ホールディングス・ジャパン 常務執行役員兼チーフヒューマンリソースオフィサー 川野多恵子さん【前編】
大企業の中で役員、取締役など責任ある立場で働く女性の方にインタビューする連載「Road to 役員 ~働く私たちが先輩に聞きたいこと~」。今後さらにキャリアアップしたい、上を目指したいと考えるOggi世代のロールモデルとなるような女性たちにお話を伺います。
第4回は、アクサ・ホールディングス・ジャパンにて、常務執行役員兼チーフヒューマンリソースオフィサーとしてご活躍中の川野多恵子さんをお迎えします。
欧米系企業の人事部門で要職を歴任、2021年より現職に就任された川野さん。現在は、従業員一人ひとりの人生における重要な瞬間を包括的にサポートし、挑戦を後押しする先進的な人事プログラムの導入に取り組んでいらっしゃいます。
今回は、人事の仕事に興味を持ったきっかけや、30代で部長就任や出産・子育てといった多忙を極めた時期の乗り越え方、リーダーとして大切にしている考えなど、たっぷりお話を伺います。
「人」が企業を支える――人事の仕事に魅了された理由
Oggi編集部(以下同)――現在は常務執行役員兼チーフヒューマンリソースオフィサーというお立場と伺っていますが、具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか?
川野多恵子さん(以下敬称略):人事の仕事は、幅広い領域をカバーするため、一言で説明するのが難しいのですが、基本的には「企業の人に関わること全般」に携わる役割だと思っています。
たとえばアクサには企業としての使命があり、それを実現するための原動力となるのが「人」です。従業員一人ひとりをどう支え、どう活躍してもらうかを考えるのが、人事の大きな使命です。
具体的には、「従業員のライフサイクル」という視点があります。まずマーケットに対してアクサの魅力を伝え、優秀な人材を迎え入れるプロセスを構築します。入社後は、従業員一人ひとりが活躍して成長するための環境整備が必要です。従業員のキャリア開発支援やライフイベントに応じたサポートもその一環です。
さらに、組織全体の視点で考えると、企業文化の構築も人事の大切な役割です。アクサでは、インクルージョン&ダイバーシティやウェルビーイングといったテーマが重要視されています。これらの取り組みを通じて、従業員が安心して働ける環境を整えながら、企業としての価値観や文化を形作っています。
――やりがいはどのようなところに感じられますか?
川野:やはり、企業に大きなインパクトをもたらせたときに、最もやりがいを感じます。たとえば、従業員がより良い環境で働けるようになり、一人ひとりのパフォーマンスが向上することで組織全体が強くなる。そして、その結果として会社全体が成長していく……そうした変化を実感できた瞬間が、人事としての醍醐味だと思います。
――そうなんですね。もともと人事のお仕事を目指していたのですか?
川野: 実は最初から人事を目指していたわけではありません。ただ、20代後半に偶然のご縁でコーンフェリーという人事コンサルティング会社に入社したことが、この道を選ぶきっかけになりました。
企業幹部のリクルーティングに携わる中で、どんなに素晴らしい戦略があっても、それを実行するのは人であり、企業の成功には人が不可欠だと強く実感しました。一人の従業員が組織や企業全体に与える影響がいかに大きいかを目の当たりにし、人事という仕事の奥深さと可能性に魅了されたんです。
「人を通じて企業を支える」という仕事に深い納得感を得られたことが、この領域に携わり続けている理由ですね。それ以来、人に関わる仕事のやりがいを感じながら歩んできました。
――就職当初は、どのようなキャリアを描かれていましたか?
川野: 正直なところ、当時はふわふわしたイメージしかなく、具体的なキャリアプランを描けていなかったんです。漠然と「企業で活躍したい」「社会に貢献したい」と思ってはいましたが、それをどう実現するかまでは考えられていませんでした。
当時は今ほどインターンシップなどの機会も少なく、企業の実情に触れる場があまりなかったので、もっと企業や仕事について知る機会を早く持てたら違ったのかなと思います。
「失敗を力に」キャリアを支えた挫折の教訓
――先ほど、コーンフェリーでの経験がキャリアの転機になったとおっしゃいましたが、まさにその時期がターニングポイントだったのでしょうか?
川野:人事コンサルティングの仕事を始めたものの、知識や経験が足りず、最初は自信が持てませんでした。そんな中で、失敗を経験し、挫折感を味わったんです。
初めてロサンゼルスでのグローバルカンファレンスに参加したときのことです。英語は日常的に使っていたので、言語の壁はありませんでしたが、「有意義な発言をしなければ」「ウィットに富んだ会話をしなければ」という思いにとらわれ、結局ろくに話もできませんでした。化粧室に逃げ込んで鏡の前で気持ちを落ち着かせなければいられないほど、完全に萎縮してしまったんですよね。
日本に帰国後、経験不足を痛感し、何とか自信をつけたいと思いました。そのためには知識を増やすことが私にとっては一番だと感じ、MBA取得を決意したんです。
ちょうどマギル大学が日本校を開設するタイミングで、仕事を続けながら学べるチャンスがあり、半年間の準備を経て、2年間の学びを終え無事にMBAを取得。その知識が自信となり、自分の考えを堂々と伝えられるようになりました。この経験がキャリアの基盤を作り、私のキャリアにおける第一の転機となったと感じています。
――挫折感を味わったあと、すぐに行動に移された実行力がすごいですね。どなたかのアドバイスがあったのですか?
川野:特に誰かに言われたわけではないんですけど、ひとしきり落ち込んで、「このままじゃダメだな」って思ったんです。それで、勉強し直そうと決めました。
当時、会社の上層部にはMBAを取得している方が多くて、彼らが使うビジネス特有の用語や議論のレベルに触れる中で、「自分もそうした知識を身につけたい」と感じたんです。
仕事と生活は「バランス」をとるのではなく「融合」させる
――これまで何度か転職されていますが、人事の仕事への思いは変わりませんでしたか?
川野:はい。むしろ転職を重ねる中で徐々に役割の幅を広げてきました。
米系証券会社での管理職を経て、30代後半で米系金融グループに人事部長として招へいされました。信託銀行や証券、投資顧問など、複数の関連企業の人事を統括する責任を担うポジション。会社全体の方向性や当局対応など、人事部長としてより幅広い視点での仕事が求められ、視座が大きく高まる経験でした。
また、在職中に信託銀行の取締役にも就任し、ガバナンスや経営全般を意識する立場にもなりました。
――人事部長等の要職を務められた30代は、やはり仕事中心の生活だったのでしょうか?
川野:そうですね、ただ30代で出産をしているので、仕事一色というわけではありませんでした。当時の職場はとてもフラットで、外資系らしい環境。子どもがまだ1歳に満たない時期にニューヨーク出張があったのですが、事前に「子どもがいるけど、行ける?」と確認されることはありませんでした。
このように過度な配慮がなく、キャリアの歩みを止めずに進めることができたのが、私にとってはありがたかったです。
「結果を出せばOK」というスタンスの職場で柔軟に働けたことも助けになりましたね。昼間に子どもの行事に参加したりと必要なときは抜けることができた一方で、夜は仕事に取り組んだり、ニューヨークと会議をしたりと、自分で優先順位をつけながら役割を果たせる環境でした。どちらかを犠牲にするのではなく、仕事と育児を調和させながら、前に進めたのが大きかったです。
いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」というよりは、「ワーク・ライフ・インテグレーション」。この柔軟な環境が、キャリア形成と子育ての両方に良い影響を与えてくれました。
――子育てもとてもスマートにこなしてらっしゃったんですね。大変すぎて仕事を減らしたいなどとは思わなかったですか?
川野:全然スマートなんかじゃなくて、もちろん周りの方々にたくさん助けてもらいながらでしたよ。ただ、仕事を減らしたいとかは特に思わなかったですね。淡々と、いつも通り働いていた感じです。
子育てに限らず、みんなそれぞれいろんな事情やコミットメントを抱えていると思うんです。私の場合はたまたま子どもがいるというだけで、仕事も子育ても、どちらも人生の中で大事な要素。どちらかに重きを置きすぎるのではなく、もっとフラットに、どちらも大切にできないかなと考えていました。
――川野さんは、2024年4月から導入された、従業員のライフステージを幅広くサポートする「We Care」というプログラムに尽力されていると伺いました。この背景にはご自身の経験も関係しているのでしょうか?
川野:そうですね。私自身、子育てをしながら仕事を続け、管理職としての役割を担う中で「こういうサポートがあったらよかったのに」と感じる場面がたくさんありました。たとえば、妊娠中や子育て中の支援、また健康面や家族の介護など、ライフステージによって必要なサポートは異なります。そうした多様なニーズに応えるために「We Care」は作られました。
このプログラムの重要な柱は「エクイティ(公平性)」です。同じ高さの台を全員に用意するのではなく、必要な人に必要な高さの台を提供するようなイメージです。たとえば、サッカーの試合を観るとき、小さなお子さんには台を用意してあげた方が見やすいかもしれないけれど、成長すれば必要がないので外す。そうすることで、誰もがその場に応じた同じ視点で挑戦を楽しめるようにするという考え方ですね。
「We Care」は、ケアとデア(挑戦)を組み合わせたものです。ケアで環境を整えることで挑戦する土台を作り、そこから全力で力を発揮してほしいという思いを込めています。ただ優しいだけのサポートではなく、「挑戦を後押しするケア」を目指しているんです。
大切なのは「役割が違うだけの仲間」という考え方
――多くの方とチームを組む中で、リーダーとして気を付けていることはありますか?
川野:ゴールのイメージや「登るべき山」を明確に示すことは大切だと考えています。ただし、そこに至る道筋については余白を残し、それぞれが自由に考えられるようにしたいですね。人によって得意不得意や働き方のスタイルは違うので、それを尊重しながら、目指すゴールはしっかり共有する。このように、クリエイティビティを活かせる環境を作ることを意識しています。
また、どんなポジションにいても、できる限りフラットに接することを心がけています。組織の中で上下関係はありますが、基本的には「役割の異なる同僚」として捉え、お互いにリスペクトを持って向き合うことが大切だと考えています。
――新入社員や若手社員が上司に話すとき、緊張してしまうこともあると思います。川野さんも若い頃、そういった経験はありましたか?
川野:もちろん最初は緊張していました。ただ、緊張すると相手を「役割」でしか見られなくなってしまい、関係が固定化してしまうんです。それってとても損だなと感じました。
特に外資系企業で働く中で、上司や部下という関係性はもちろんあるものの、役割の違う「同僚」としてリスペクトを持って接する文化に触れ、自然と緊張も和らいでいった気がします。ファーストネームで呼び合うのもその一環ですよね。
立場を超えて、どんな相手からも吸収しようとする姿勢を大切にする気持ちが、自身をより成長させてくれると思います。
川野 多恵子さん
アクサ・ホールディングス・ジャパン 常務執行役員 チーフヒューマンリソースオフィサー
幼少期から学生時代までの約15年間をアメリカで過ごす。慶應義塾大学を卒業後、マギル大学大学院にて経営学を学び、スウェーデンへの留学を経て修士課程修了。コーンフェリーやメリルリンチ、ステートストリート、リシュモンなど欧米系の企業において、人事部門の要職を歴任。2021年10月より現職。
撮影/黒石あみ ヘア&メイク/広瀬あつこ 取材・文/篠原亜由美