産婦人科専門医・婦人科スポーツドクター 高尾美穂さん インタビュー
健康も人生も、「自分で選ぶ」の連続。女性の幸せのために、希望の雨を降らせ続けたい
量より質、とはよく言われますけれど、専門職は数がすごく大事。30歳前後のころは、産婦人科医として“とにかく数を経験する”に邁進した時期でした。
29歳で入学した当時の臨床大学院では、卵巣がんの研究に励みながら外来診療や手術を行う、なかなかブラックな環境で(笑)。お産となれば夜中でも呼び出され、手術時には8時間連続でオペ室に立つこともざらです。
自分を信じて患者さんと向き合えるのは、生と死に立ち会う日々を過ごした経験があったから
手取り足取り教えてもらえるわけではなく、背中を見て学ぶ世界。今でこそ、産婦人科の女性医師の割合は半数近くに増えたものの、20年前はまだまだ男性社会。患者さんには、女性の先生がいいと希望されても、がんが見つかると「やっぱり男性の先生のほうが安心」という方も少なくありませんでした。
シビアな現場で数えきれないほどの生と死に立ち会う怒涛の日々でしたが、今の私が自分を信じて患者さんに向き合えるのは、この経験に裏打ちされていると思っています。
30代後半、「ホルモンの側面からスポーツ選手をサポートする」という新たな道へ
「ホルモンの側面からスポーツ選手をサポートする」という道を開拓したのは、30代後半。生理周期に伴って女性のパフォーマンスが落ちるということは、まだ世の中では語られていませんでした。
でも、私自身が学生時代からずっと運動を続けてきた中で感じていたことで、もっとちゃんと対策を知ってもらえれば、間違いなく役立つだろうと。
どんな企業と一緒に仕事をしたら、より効率的に多くの女性に届けられるだろうかと考えたときに、スポーツブランド『アンダーアーマー』の日本総代理店であるドームの存在を知りました。
社員の健康を大事にした福利厚生が充実していて、この会社なら… と、公式サイトに出ていた中途採用の求人に応募してみたんです。「女性アスリートを支えるために一緒にできることはありませんか」と志望動機に書いたところ、すぐに連絡が来て私の話に共感してくださって。
半年後に発足する「ウーマン事業部」にアドバイザーとして参画することになり、医師会公認スポーツドクターの資格を取得しました。
大学病院を退職。縁あって『イーク表参道』の副院長に
ほぼ時を同じくして大学院時代からお世話になっていた教授の退任が決まり、それを機に私も大学病院を退職。患者さんの日常により近いところでQOLを保つお手伝いがしたいという思いで、2年後の開業を目標に物件を探し始めました。
ちょうど検討していた表参道に女性の健康をサポートするクリニックができると知り、ライバルの偵察に行こうとまたしても求人に応募(笑)。
話を聞いてみると、「女性にとっての悩みは多種多様。西洋医学だけではなく、カイロプラクティックやアロマなど、医療だけで解決できない部分も提案していきたい」と。
私も20代からヨガを続けており、志に通じる部分が多く、面接がすごく盛り上がって。とはいえ、自分は開業するつもりであることを正直に伝えてその場は失礼しました。
帰宅後に、「高尾先生とぜひ一緒に仕事をしたい」というメールをいただいたときは迷いましたが、ご縁と心意気を感じて転職を決意。それが今の職場でもあり、副院長を務めるクリニック『イーク表参道』です。
ヘルスケアやスポーツドクターなど、複数キャリアをスタート
2013年以降は週に4日はクリニックで診療する傍ら、ドームの産業医として働く人のヘルスケアのほか、プロテインやスポーツブラなど商品開発にも参加。
また、スポーツドクターとして、東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた女性アスリート育成・支援プロジェクトに携わり、コンディション管理、体やメンタルのリカバリーについてアドバイスを行ってきました。
働く女性の健康を支える取り組みに尽力
たとえば、女性アスリートの骨が折れたとき。実は生理が止まっていることが多いんです。
通常は、女性ホルモンのエストロゲンが骨を強く保つ役割を担っているのですが、ホルモンがない状態では骨粗鬆症になってしまう。その背景に目を向けずに、骨だけに対処していたのが従来のスポーツの現場でした。
学校の部活では、指導者がまだ医科学的な情報にアクセスできていないことが多く、体をつくる大事な時期に負荷をかけることで将来にも影響を及ぼします。
昨今は、働く女性の健康を支える取り組みの需要も増加。生理のみならず、妊娠中、出産後、更年期などで変化する心と体の状態を想定してどうケアするか、元気に仕事を続けられるように企業や自治体と共に取り組んでいます。
「自分で選んだ」という意識がモチベーションを生む
患者さんとのコミュニケーションで大事にしているのは、“本人の選択であることを意識させる”ことでしょうか。
何か治療法を提案する際、いくつかの選択肢から本人が選んだ、と感じてもらえるような薦め方をしています。自分で選んだ、という意識は、続けるモチベーションを生みますから。
また、診療における感謝の受けとめ方には気をつけています。私に対して感謝していただくのではなく、「ご自身が選んだことが立派なんですよ」「お薬がよく効いているのは、ちゃんと続けたあなたが偉い!」と伝え、自分の行動によって良く変化できたと実感していただけるようにしていますね。
プライベートでは家族の重篤な病気を経験し、「患者の家族」という立場からも医療の現場を眺める機会になりました。
医師の言葉の重み、患者自身や患者の家族の不安な気持ち、学びはたくさんありました。医師という立場で病院にいるだけでは見えなかったものを感じ、これからの自分のスタンスに生かしていきたいと思っています。
何かひとつうまくいかなかったとしてもそれは人生の一部にすぎない
自分の居場所があると思えたら、「たかが一部」という考え方ができる
仕事を続けていく上で気をつけていることは、人生のすべてが仕事ではない、という意識をいつももつことです。
うまくいっているときは問題ありませんが、仕事上で何かつまずく出来事があったときに、私たちは人生そのものがうまくいっていない、と思ってしまいがちです。
仕事や家庭以外に自分の居場所をもつこと。ほかにも居場所があると思えたら、「たかが一部じゃないか」という考え方もできますよね。
私の場合は、並行して複数のキャリアをもつことで医療界以外の方と出会えるという喜び、そしてジムやヨガ、愛猫との時間。何者でもないオフの自分で過ごせる場が、バランスを保つベースになっています。
健康を守る情報や生き方のヒントは、受け取る人それぞれ、自由でいい
婦人科医になると決めたときから、「人口の半分を診ない。男性は他の方に任せて、どうしたら女性に貢献できるかを考えよう」と生きてきました。
ここ数年はSNSや音声メディア、講演など、様々なチャネルで発信する機会が増えています。これには、いつでも雨を降らせ続けておく、という意図があって。
健康を守る情報や生き方のヒントは、どんなタイミングでどれだけ受け取るかは人それぞれ、自由でいい。ご自身の人生に必要な瞬間に受け取っていただけるようにメッセージを届け続けながら、今後も女性の健康と幸せを通して、世の中を明るくしていけたらと思います。
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30代女性からの相談も増えているという更年期。倦怠感、疲れやすい、汗が止まらない、イライラ、不眠、動悸、めまいetc…。女性ホルモンの波に備えて、今すぐできるセルフケアと婦人科での医療ケアを、コミックとイラストを交えて高尾先生が紹介。来るべき更年期が怖くなくなる、人生をポジティブに過ごすための一冊。
2023年Oggi8月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
高尾美穂(たかお・みほ)
愛知県生まれ。医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。ヨガ指導者。東京慈恵会医科大学大学院修了後、同大学附属病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て、2013年から「イーク表参道」副院長を務める。婦人科外来に携わるほか、女性アスリートのサポートも行う。女性の健康で幸せな人生と前向きな選択を後押しすることをライフワークとし、NHK『あさイチ』などのメディアやSNSでも積極的に発信。音声配信プラットフォームstand.fmの『高尾美穂からのリアルボイス』は、1000万再生を超える人気番組になっている。