起業家・映画プロデューサー 山田早輝子さん
商社の事務職として働いた後、アメリカへ留学したのが24歳のときです。元々英語ができたわけでもなく、自分が正しいと思っている常識がどれだけ国際社会の中で通用するのか知りたい、“バイリンガル”というより“バイカルチャー”になれたらいいなという動機でした。
当初は1~2年くらいの滞在を想定していましたが、米国の非政府組織で最大級の慈善団体『ミールズ・オン・ホイールズ』から誘われ、トラックで1日4000軒ほど回って食事に困っている人たちに食料を届ける活動に携わるように。
続けるうちに縁がつながって、英ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長が主宰するチャリティや、俳優のショーン・ペンが立ち上げたハイチでの地震復興プロジェクトなどにも従事しました。
“人に喜んでもらうこと”への感動が慈善活動の原動力に
原動力になったのは、率先して行動する彼らの姿勢に心を動かされたこと。そして、小学生のころからのボランティア経験です。
学校の方針で老人ホームを定期的に訪問していたのですが、正直、最初は義務感が強くて乗り気ではなくて。でも、あるとき、私がつたない演奏でピアノを弾いたら、それを聴いて涙してくださった高齢女性がいらしたんです。
自分は何かを「してあげている」と思い込んでいたけれど、人に喜んでもらうとこんなにうれしくて感動するんだ! と気づいた。以降は、ご年配の方々とお話しするのも大好きになりましたね。仕事で親以上に年の離れた人とご一緒するようになってからも多くを学び、助けていただいてきました。
映画製作会社を立ち上げ。どんな相手でも、背伸びせずに本音で話すことが大切
映画プロデューサーの仕事を始めたのは、ハイチ支援に同行したショーン・ペンの製作パートナーに「一緒に映画をやろう」と声をかけられたのがきっかけです。
映画を仕事にするなんて想像もしていなかったのですが、映画製作会社を立ち上げ業務提携からスタート。アル・パチーノ監督の『ワイルド・サロメ』などを手がけ、6年前からは、ハリウッド実写版『進撃の巨人』の製作を進めています。
全世界を市場にするアメリカの映画は、貿易産業みたい。時間も労力もかかりますが、大事にしているのはどんな相手でも、背伸びせずに本音で話すこと。自分が伝えたいことと、人種も宗教も文化も違う受け手の求めるものとの差を埋めていく作業は、他分野での企画にも役立っていますね。
「自分のことは、自分しか幸せにできない」18年の海外生活、パートナーとの死別
アメリカ、イギリス、シンガポールと気づいたら海外生活も18年。イギリス人のパートナーが闘病の末に肺がんで亡くなり、2018年からは東京を拠点に、シングルマザーとして子育てをしながら海外との仕事も続けています。
子供ともよく話すのですが、常々思うのは、「自分のことは、自分しか幸せにできない」ということ。だれかに幸せにしてもらおうと委ねるより、自分で日々の小さな幸せを見つけられると、状況に左右されずに生きていけると感じています。
コロナ禍の2020年、「フードロスバンク」を創業
「フードロスバンク」を創業したのは、2020年。コロナ禍で「食材の販路が激減、生産者の方々が大変困っている」と知り、なんとかできないかという思いでした。
10年ほど、食に関する研究や教育を行う国際ガストロノミー学会に携わってきたこともあり、最初は学会でできることを模索したのですが、全国の畑へ足を運んで農家さんにお話を聞くうちに、そもそも日本では、「少し傷がある」「サイズや形が規格に合わない」という見た目が理由で出荷できず、味はすごくおいしいのに捨てられる大量の作物があるという、特有の背景を知りました。
でも、「捨てるなら引き取ります」なんて言われても、手塩にかけた農家さんはうれしくないですよね。ちゃんとした対価でビジネスとして一緒に取り組めるように、株式会社の設立を決めました。
規格外品やロス食材、CO2排出… 社会課題の解決につながる動きを
まずアプローチしたのはラグジュアリーレストランです。シェフは「ぜひやろう!」と言ってくれても、ブランドを守る本国には一から意義を伝えて交渉が必要。
「廃棄食材を使うなんて、ブランドの価値が下がる」と言われるケースもありましたが、「アルマーニ」「ブルガリ」「ラルフ ローレン」というクオリティに信頼のあるブランドが選んでくださったことで、規格外品への不安を払拭。今では、ホテルや大手企業とのコラボにもつながっています。
食品ロスは温暖化の主因ともされていますが、「全所得者の上位10%の層が排出する二酸化炭素は、総排出量の約半分を占めている」というデータもあり、この10%にリーチできれば効率的な社会課題の解決につながると考えています。
ただ、既存食材をロス食材に置き換えるだけでは別の余剰を生んでしまうので、新たな取り組みが必要でした。たとえば、毎年新米が出るたびに「古米」になってしまうお米。保存するにも倉庫代がかかります。
一方、イタリア料理店ではリゾット用にカルナローリ米を輸入していました。それなら、CO2を排出する空輸でわざわざ仕入れるより、古米でおいしくつくれないかと提案。世界的に生産量が減っている小麦の代用として、米粉の活用も進めています。
廃棄される食品のうち、半分は家庭から。一人ひとりが社会を変えていける
食品ロス削減というと「まずコンビニをどうにかするべきでは?」とのご意見もいただきます。でも、国内の食品ロスは年間522万トン、これは世界の食料支援量の1.2倍に相当します。しかもそのうち、約半分は家庭からの廃棄。私たちにとってごく身近な問題なんですよね。
社会貢献って自分が完璧な知識をもっていないとやってはいけないと思うかもしれませんが、たとえば、スーパーで消費期限の短いものから買う、飲食店でロス食材を使ったメニューを選んでSNSで発信してみる、そんな小さなことでも変化を生む力になります。
以前、比叡山延暦寺の住職さんに事業のゴールを問われ、「うちの会社が必要なくなることです」と答えたら、「延暦寺には1200年続く不滅の法灯がある。でも、その伝統を守り続けていくには毎日油を注がなくてはいけない。伝統は革新の連続。なくなってはいけませんよ」とのお言葉をいただき、勇気をもらいました。小さな会社でも、だれかひとりでも行動を起こすきっかけになれたらうれしいですね。
一見関連がない点に見えることでも、多様な経験をすることでいつか必ずつながる
映画製作会社を経営して、食文化もフードロスも、教育も… となると、日本では「何をやってるかよくわからない怪しい人」というイメージをもたれることも(笑)。
折々思い出すのは、スティーブ・ジョブズの“Creativity is just connecting things.”という言葉です。創造性とは物事をつなぐ力。一見関連がない点に見えることも、多様な経験をすることで、物事を面でとらえて人と違う視点で解決策を見出せるようになる。
30代の皆さんもご自身の業界の常識にぶつかることがあると思うのですが、ぜひ境界を越えて挑戦していただけたらと思います。
食で未来を切り拓くクリエイターを発掘!『RED U-35 2022』に参加
RED U-35とは、小山薫堂氏が総合プロデューサーを務め、「35歳以下の料理人」を後押しするコンペティション。次代を担う食のクリエイターの才能を発掘する本大会で、山田さんはアドバイザーを務める。最終審査は11月、グランプリ発表はオンライン配信を予定。同世代の創造性と、新たな挑戦に向き合う姿に注目を!
2022年Oggi11月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 撮影協力/CIC Tokyo 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
山田早輝子(やまだ・さきこ)
東京都生まれ。聖心女子大学文学部英文科卒業後、住友商事を経て、2000年に米国に留学。慈善活動に取り組む中で、ロサンゼルスをベースとする映画製作会社Splendent Mediaを設立。アル・パチーノ主演、監督の『ワイルド・サロメ』などを手がける。2011年に米国を離れ、英国とシンガポールに居住。日本ガストロノミー学会の設立代表としても従事。2018年からは生活の拠点を日本に置き、2020年にフードロスバンクを創業。食文化の伝統を守り、その発展に寄与する活動が評価を受け、2022年、スペイン国王より「イサベル・ラ・カトリカ勲章のエンコミエンダ章」を受章。