【中村うさぎのお悩み相談室】
「うさぎさん聞いてください! 彼とワンシーズン会えなかったんです…」
TO 彼とは結婚前提にお付き合いをスタートしたんですけど、彼が忙しくてなかなかその話が進まず。どうしようかなって。そもそも自分自身は何が幸せなのかなっていう。このまま彼と付き合うのか、それとも自分の幸せを考えて結婚して子供を産んでという方向に進むために他の人を探した方がいいのかな、と迷ってます。
中村 彼が転職したんだっけ?
TO そう。彼が3月に転職をして、その転職をするときも私に「転職をしようと思っていてこういう会社でこういう風な形になると思うから応援してくれる?」みたいな感じで言われたんで。相談してくれるってことは色々と考えてくれてるんかなって思ったので、「いいよ、頑張ってみたら?」ということで、転職もして。そしたら全然会えない日が続いてしまって。忙しくなるのはわかっていたので、あまりわーわー言わないようにしようとしてたんですけど。ちょっとその期間が長すぎて、もう3、4ヶ月会ってないんですよ。
中村 え、それは……なかなかすごいですね(笑)。彼はそれについてなんか言ってるの?
TO ひたすらごめんって謝られます。2日徹夜してるとか、お風呂入りにだけ帰ってまた仕事行ってる、みたいなのが結構続いてて。転職したばかりだし成果を残したいとか、頑張りたいっていうのがあるというのはすごくわかるんですけど、にしても3、4ヶ月会えへんって何なんって。
平成最後の夏に会えず。誕生日にも会えなかったんですよね。もうどうしようかなって思って。嫌なら、もう付き合う気ないなら言って欲しいて言ったんですけど、それに対してはノータッチなんですよね。うんともすんともそれに対しては言わないんですよ。
中村 なるほど。「別れるんだったら言って」って言っても別れるとも言わないし、別れないとも言わない?
TO 言わない。ノータッチ。
そんな多忙な彼って、一体どんな人!?
中村 うーん……だって普通さ、3、4ヶ月放置したら相手がちょっとってなるのは、想像の範囲内でだいたい想定できるじゃん? で、案の定、相手がいい加減にしてって言った時にさ、うんともすんとも言わないっていうのは。それは気になりますね。
TO そう。もう、本当に何も言わなくって。彼、一回婚約破棄をしてる人なんですよ。
中村 おー。なんで?
TO それも私と同じ理油で、ずっとお付き合いしていた彼女がいらっしゃって、で、遠距離してたんですけど、彼女も東京に来るってなって、東京来るんだったら一緒に住もうってなって、じゃあもうちゃんとしようってなって婚約したらしいんですけど、その彼氏の生活スタイル、家帰ってこないで仕事ばっかりってなったときに、彼女は仕事もしてない、友達もいない、何もないで、パニックになったらしくて、帰ったらある日家のガラスが割れてたらしいんですよ。
中村 大暴れしたんだ(笑)。
TO そう(笑)、大暴れしてて、もうどうしようってなって。で、相手の親に相談したら、向こうの親はもう自分たちのとこで起きたことだから自分たちで解決しろって。
中村 まあ、そりゃそうだね。
TO そのとき彼はまだ二十代だったので、どうしたらいいかわからなくて。覚悟があるならちゃんと結婚しなさい、覚悟がないなら別れなさいって親に言われて、別れたんですよね。
中村 彼が別れを決めたのね?
TO 彼が決めたんです。で、私と付き合おうとなったときに「一回婚約破棄はしてます」っていうことと、「たぶん普通のカップルみたいに会えないと思うし、連絡もとりづらいこと思うけど、それでもいい?」って言われたんで、まぁ会えないって言っても2、3ヶ月くらいやろなって思ってたんですけど、今回こんだけ長くなって……私も彼が何を考えてるのかわからないのと、このまま本当に続けていって先があるのかなっていうので、今ちょっと葛藤してるんですよ。
中村 彼はさ、今もう結婚とか考える余裕が全くないんだろうね。
TO うん。自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃうタイプらしくて。
中村 じゃあ、まぁ、彼はそういう人だとするじゃん。で、もしその彼ととりあえず結婚しちゃおうみたいな感じで結婚するとするじゃないですか。そしたら彼が何ヶ月も帰ってこなかったりしてさ、今と同じ状態になったら……今は嫌だったら他の人と結婚するっていう選択肢があるけど、結婚しちゃったらもう彼の帰りを待ちながら、いつか爆発するかもしれないね。
TO そうなんですよね。もう想像がつきます。ガーッて言っちゃいそう。
中村 うんうん、もう見えてるよね。喧嘩になって、荷物まとめて出て行くみたいな光景が。結婚前提ってことは、子供が欲しい気持ちもあなたにはあるんだろうけど、それじゃあ子供にとってその彼はお父さんとしてどうなん?
TO そうなんですよね
「我慢し続けても結局、納得することも許すこともできないもの」
中村 うちの父親も仕事仕事で帰りが遅かったから、家族が顔を合わせるのは日曜日くらいだったの。私が高校生の頃は単身赴任で、1ヶ月に1、2回くらいしか帰ってこなかった。で、うちの母親は、旦那が一生懸命外で働いてるんだし自分はしっかり子供育てて……みたいな、そういう奥さんだったわけ。「良妻賢母」という幻想を信じ込んでる世代だったのね。
その母親がもう今85歳になってボケてさ、父親に向かって「あなた誰?」って言うんだよ。で、「俺はお前の夫じゃないか」って父親が言ったら「だってあなた、ずっと家にいなかったじゃない」って。
認知症で忘れてるだけだとも考えられるけど、母はずっと長い間、ものすごく寂しかったんだと思うの。ずーっと我慢してたのが、85歳になって「あんた誰なんですか? 夫? 家にいなかったくせに」みたいなこと言うって、すごいなって思って。よっぽど怒ってたんだなって。
で、そうやってボケた妻に今さら責められてる父親もさ、すごい罪悪感と衝撃を受けてるわけさ。自分は一生懸命働いてきて、妻は理解があると思い込んでた、忙しくて帰って来れなくても文句ひとつ言われたことがないし、いい女房だなって思ってたら、そんな風に思ってたんだ!って。
それを見てるとさ、人はそんなに長いこと我慢してても、自分の中に落とし前がつかないまんま抱え込んでるだけで、何ひとつ納得してないし許してもいないんだな、と思うわけ。そんな母は幸せだったのか?って。
だからやっぱり、自分の幸せって何なんだろうみたいなことを、もっと若いうちに母親が真剣に向き合っていれば人生は変わったと思うのよね。でも母は絶対向き合わない人だった。そういう問題から逃げ続けてきた人生だった。
だから、世間的にはいい奥さんだったかもしれないけど、夫の帰ってこない家で、やりたい放題の思春期の娘を抱えて、「誰ひとり私を見てくれない」みたいなさ。もうね、本当にそういうような孤独感とかそういうものをすごいずんずんずんずん積もっていった人生だったんだなと思ったら、ちょっと可哀想になっちゃってさ。そんな風になりたくないじゃん?
TO 嫌だ、いやです!
中村 うん、だからね。彼のこと好きだし彼が望むんだったら私は我慢しようって思うのはさ、見上げたもんだと思うんだけど、何十年も経ってから自分がものすごく傷ついてたんだってことに気付くくらいだったら、まだ選択肢があるうちに真剣に考えるべきだと思う。
結婚するとしたら、自分はどんな結婚がしたいのか、子ども産むとしても、子育てに見向きもしないような夫でいいのか、それとも一緒になって育ててくれるような夫が望ましいのか。
子育てや家事を分担してくれる夫が理想なら、今の彼だと無理だよね。自分のことですぐいっぱいいっぱいになっちゃう人なんでしょ?
TO はい……本人がそう言ってました……
それでも期待してしまう彼女の内心に、うさぎさんが語るのは…
中村 父親もそういう人だった。仕事のことしか見えてなかった。忙しいから仕方ないけど、家族のことは目に入ってなかったよ。
小さい頃の記憶なんだけど、夜中にさ、私がすっごい泣いてるの。幼稚園かそれ以前くらいの年頃だったと思うんだけどね。で、母親が私を抱きながら父親に向かって「子供なんだからしょうがないでしょ!」って言ってる光景を断片的に覚えてるんだ。
たぶん父親が「うるさい!」って言ったんだよね。まぁ、父親としては、もう必死で家族のために働いてよ、クタクタになって帰ってきて風呂入って寝ようって思ったら子供が夜泣きしてさ、もうキーッってなっちゃうわけよ。でも、母親ももうテンパっちゃってて、子供は泣いてるわ、父親は「子供黙らせろ」って怒鳴るわ、それで「子供なんだから仕方ないでしょ!」とか言い返しながら母親も泣いてる、みたいなさ。
そういうシーンをおぼろげに覚えてるんだけど、誰一人幸せじゃない光景だよね、それ。そりゃ毎日毎日そんなことがあったわけじゃないと思うよ。たまたま爆発しちゃった日のことを私は幼心に覚えてるんだと思うのね。
でも父親には罪悪感なんてなくて、子育ては妻がしてくれて当たり前だし「自分は一生懸命働いてるからいいじゃないか」って思ってたと思う。稼いでるのは自分だしね。そういうのが普通の日本人家庭だった時代もあったんだけど、今はそうじゃないじゃん。旦那が積極的に子育て手伝ったりとかさ。もっともっと仕事よりも家族を優先することも許されてさ。そんな時代に、昭和30年代みたいな夫と妻の関係に、あなたは耐えられるのかな?
ひとりで子供を育てるなんて、すごい大変じゃん。すぐテンパっちゃうしさ。そんなときに100%助けてくれないよね、今の彼氏。でもね、それでも彼が好きだし、私我慢したいんですって言うんだったら、私は全然止めないよ。
TO いやぁ~。そこまでじゃないかも(笑)
ただ、自分の中でずっとこの多忙な状態は続かへんやろうなって思ってるところがあるんですよね。あと、今は彼に体力があるからできるだけで、絶対どっかで崩れるっていう勝手な予想があるんで、そうなった時にちょっと何か変わってくれたらいいのになっていう願望がある。
中村 でもさ、体力が尽きた時にさ、もう仕事もちょっとほどほどにして、家庭のことを振り向こうってなってくれればいいけどさ、いきなり倒れたり病気して動けない、みたいなこともあり得るわけじゃん。
TO うーん、そうなんですよ。いつか倒れるんじゃないかってすごい思うんですよね。
中村 自分のことでいっぱいの人が、結婚して家庭や子育てに協力できるか、体力がなくなったからって急に家庭的になるかって言うとねぇ……人間って結婚したってそんな変わらないから。
まぁ、それでも一緒にいたいと思うかどうかだよね。
TO うーん。他の人探そうかな(笑)。がんばります!
撮影/深山徳幸 撮影協力/シューパレード
中村うさぎ
小説家・エッセイスト。OL、コピーライターを経て作家へと転身。ベストセラーとなったデビュー作『ゴクドーくん漫遊記』を皮切りに活躍を続ける。その後、自身の実体験を赤裸々に綴ったエッセイがヒット。『女という病』『私という病』『狂人失格』『セックス放浪記』『プロポーズはいらない』など多数の人気著書を手がける。
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