アイドル時代の私の価値観を変えたのは、シンディ・ローパー
──倉本 聰さんが脚本を手がけた映画『海の沈黙』は、「人間にとって美とは何か」という永遠の問いに向き合う大人のラブストーリーです。台本を読んだ時の最初の印象をお聞かせください。
小泉さん(以下敬称略):この作品は、ある有名画家の絵画が多くの人々から「美しい」と賞賛されていたものの、実は贋作だったという事実から物語が展開していきます。実際に1960年に同様の事件が起きていて、倉本先生はそれをモチーフに今回の脚本を執筆されたそうなんです。現代社会において、私たちは情報に振り回され、価値観が歪められてしまうことがありますが、台本を初めて読んだ際、倉本先生がとても深いテーマを提示してきたな、と思いました。
──本作は、「美への価値観」というのが大きなテーマになっています。デビューから今日まで、表現者として常に時代の「美」を体現してこられた小泉さん、その美意識をどのように育み、深められてきたのでしょうか。
小泉:子供の頃は母親の影響を強く受けていましたね。例えば、女の子の間で流行っていたかわいい筆箱があって、「みんなが持っているから私も欲しい」と母に伝えたら、「みんなが持っているから欲しいの?本当に?すぐ飽きちゃうと思うわよ」と言いながらも買ってくれたんです。でも、実際に手に入れてみると、みんなと同じものを持っているのが嫌になって飽きてしまい、母の言った通りになってしまいました(笑)。姉たちからは「絶対にこっちの色の方が似合うから、鏡で確認してみて!」と、女の子らしいピンクではない色の服を勧められたこともありました。そういった経験を重ねていくうちに、徐々に自分の好みがわかるようになっていきました。これも身近な人たちからのアドバイスのおかげだと思います。
──小泉さんは、アイドル時代から、ファッションやメイク、そして生き方に至るまで、多くの女性たちに影響を与えてこられました。私もその一人で、「こんなにカッコいいアイドルがいるんだ!」と衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
小泉:ありがとうございます。アイドル時代は、「男性をメインターゲットとした活動」や「女の子らしさを求められること」に違和感を覚え、モヤモヤとした気持ちを抱えていました。そんな時、シンディ・ローパーの『ハイスクールはダンステリア』(『Girls Just Want to Have Fun』)という曲に出会ったんです。彼女のビジュアルや言動、歌詞の内容から、「シンディは性別の枠にとらわれていないんだな、それってとても素敵だな」と感じて、彼女を自分のロールモデルにしようと思ったんです。シンディ・ローパーからは本当に大きな影響を受けたと思いますし、母や姉、周りの女性たちからも様々なことを学びながら、自分らしい価値観を育んできたように思います。
──本作で主演を務めた本木雅弘さんは小泉さんの同期で、共にアイドルとしてデビューされました。今回31年ぶりの共演となりましたが、撮影現場ではどのようなコミュニケーションを取られていたのでしょうか?
小泉:作品や役に対してというよりも、他愛のない話が多かったです。本木さんから言われたことで覚えているのが、「僕は恋愛経験がさほど多くないけれど、あなたは多いでしょう?この時の役の気持ちをどう思う?」という言葉。本木さんって常にそういう感じなんです(笑)。
──長年の友人ならではの言葉ですね(笑)。親しい間柄の本木さんと、かつて思い合った恋人同士を演じることについて、どのように感じられましたか?
小泉:劇中の竜次と安奈は、若くて美しい時期に別れています。だから安奈の記憶の中では、若かりし日の竜次の姿が鮮明に残っているはずなんです。実は私自身も本木さんの10代、20代の頃をはっきりと覚えています。だから演技をしている時は、頭の中で当時の本木さんの姿を、自然と竜次の姿に重ね合わせていました。これは想像ではなく、実際の記憶に基づいているので、とても不思議な経験でした。本木さんとは40年以上の付き合いがあるので、まるで幼なじみのような感覚です。
──メイキング映像で小樽の風景を撮られている姿が印象的でした。普段の生活でも写真を撮ることはお好きなんでしょうか?
小泉:実はあの映像には理由があるんです。とある雑誌で特集を組んでいただいていて、その撮影もちょうど進行中だったんです。映画のメイキング映像に映っているのは、その特集のために写真を撮っている様子なんです。この企画では、日記のような形でフィルム写真を使いたいと考えていました。デジタルカメラや携帯電話での撮影より、フィルム写真の方が企画の雰囲気に合うと思って。
──フィルムカメラの面白さは、プリントするまでどんな風に撮れているのかわからないという”サプライズ感”にありますよね。デジタルにはない、独特の魅力です。
小泉:映画のフィルム撮影もそうですが、やり直しがきかない緊張感がいいんですよね。音楽のレコーディングも今は技術が進歩して、何度か歌ったテイクをすぐに編集して1曲にまとめられます。でも昔は、細かく歌い直して、それをパンチインパンチアウトという作業で繋ぎ合わせながらミックスしていたんです。とにかく時間がかかる作業で…(笑)待ち時間が長くて、私はよくスタジオの隅で寝ていました。
話は少しそれましたが、今の若い世代の動きってとても興味深いんです。フィルムカメラに夢中になったり、名画座に足を運んだり、80年代のアイドルを掘り起こしたり…。こういった”アナログ回帰”とも言える現象を、とても面白く感じています。
──小泉さんのコンサートにも若い世代のファンの方も多く足を運ばれていますよね。
小泉: はい、本当にありがたいことに、若い方もたくさん来てくださっているんです。特に印象的だったのは、20代くらいの男性ファンの方が『昭和のアイドルの中で小泉さんが1番好き』と言ってくれたこと。とても嬉しかったですね。『あまちゃん』を子供の頃に見てファンになってくれた方や、『最後から二番目の恋』をきっかけに応援してくださっている方もいらっしゃいます。中には10代の方がお母さんと一緒にライブに来てくれることもあって…。そういう世代を超えた出会いがあるので、60歳までは絶対にライブ活動を続けていきたいと思っているんです。
スタジオに小泉さんが登場すると、その場が一瞬にして華やいだ雰囲気に包まれました。インタビューでは終始、魅力的な笑顔を見せながら語っていただき、特に本木さんとの思い出話では、その表情がより一層輝いていました。インタビュー後編では、小泉さんならではの仕事への向き合い方や、最近心を揺さぶられた経験など、さらに興味深いお話をお届けします。どうぞお楽しみに。
撮影/天日恵美子 スタイリスト/藤谷のりこ 取材・文/奥村百恵
映画『海の沈黙』
ある日、世界的な画家、田村修三(石坂浩二)の展覧会で大事件が起きる。会場を訪れた田村が、展示作品のひとつが贋作だと訴えたのだ。事件が報道されると、贋作を保有していた美術館の館長・村岡(萩原聖人)が田村の妻・安奈(小泉今日子)に無実を訴えた後、自ら命を絶った。
安奈は村岡の葬儀の席で、かつての知人で中央美術館の館長の清家(仲村トオル)と再会する。清家は田村の依頼を受けて、贋作の謎を追っていた。同じ頃、北海道・小樽で全身に刺青の入った女・牡丹(清水美砂)の死体が発見される。田村の過去を知る“美術愛好家”を名乗る謎の男スイケン(中井貴一)もまた小樽にいた。若いバーテンダーの女性・あざみ(菅野恵)をつれて彼が向かった先にいたのは、大きなキャンバスを前に創作を続ける津山竜次(本木雅弘)だった。彼はかつて新進気鋭の天才画家と呼ばれるも、ある事件を機に人々の前から姿を消していた。かつての竜次の恋人だった安奈は、清家から竜次の消息を知り、小樽へ向かうが…。
Profile
小泉今日子
1966年2月4日生まれ、神奈川県出身。1981年にオーディション番組「スター誕生!」に出場し合格。翌82年に歌手デビューし、数々のヒット曲を発表。俳優として映画やドラマ、舞台などにも多数出演。エッセイをはじめ文筆家としても活動しており、エッセイ集『黄色いマンション 黒い猫』では第33回講談社エッセイ賞を受賞。2015 年には自らが代表を務める制作プロダクション株式会社明後日を設立。舞台、映画などのプロデュースに従事。ミュージシャン上田ケンジとの音楽ユニット「黒猫同盟」としても活動中。近年の主な出演作に【舞台】『ピエタ』(23)、【映画】『i ai』(24)、『碁盤斬り』(24)、『室井慎次 生き続ける者』(24)。
2024年11月22日(金) TOHOシネマズ日比谷 ほか全国公開
原作・脚本:倉本 聰
監督:若松節朗
出演:本木雅弘
小泉今日子、清水美砂、仲村トオル、菅野恵/石坂浩二
萩原聖人、村田雄浩、佐野史郎、田中 健
三船美佳、津嘉山正種
中井貴一
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD
<衣装クレジット>
ニット ¥88,000、パンツ ¥36,300(MOULD〈CINOH〉)
ピアス ¥35,200(PLUIE Tokyo〈PLUIE〉)
リング 右・人差し指 ¥19,800、薬指 ¥29,700、左 ¥40,700(Rieuk)
その他/スタイリスト私物
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