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2023.10.08

「失敗は通常運転。方向転換して、できることをやり続けるだけ」町づくり会社経営者・毛 宣惠さんインタビュー

選択の多い30歳からの人生に、決断は欠かせないもの。今回は、蔵前の地で感性豊かな7店舗を経営し、カフェやお菓子、暮らしの道具を通して町を進化させてきた毛 宣惠さんの【ターニングポイント】を伺いました。〈第一線の先人たちもアラサーで「選んで」きた The Turning Point~私が「決断」したとき~〉

町づくり会社経営者・毛 宣惠さんインタビュー

自分の基準を押しつけていた20代。今は「私ができる」じゃなく、「みんなができる」がいい

町づくり会社経営者・毛 宣惠さん

台湾出身で、日本に留学したのは18歳のとき。日本語学校へ通ってから大学に入学したので社会に出たのは24歳と少し遅めです。写真を専攻していたのですが、いざ就職するには就労ビザなどの問題でかなり狭き門でした。

台湾へ帰るという選択もあったけれど、日本でゲストハウスをやってみたい。友人にそんな話をしたら「一緒にやるよ!」と言ってくれて、町づくりの会社を設立しました。

◆カフェ『from afar』をオープン。試行錯誤しながら進む毎日

物件など調べていくうちに、ゲストハウス開業には資金が足りないことが判明。それならカフェから始めてみようか、と職人さんの力を借りながら自分たちで内装をつくり込み、東京・蔵前近くの細い路地で1号店となる『from afar』をオープンしたのが2015年の8月です。

最初の半年は、全然お客さんがいなくて。そもそも飲食業界で働いた経験がないので、8月が閑散期であることも知らなかったんですよね。

何が正解なのかもわからないなか、コーヒーやお菓子の配合もインテリアも、勉強して調整して… の毎日。

食事メニューを出してみたり、お花屋さんとコラボしたり、試行錯誤しながら手探りで進んでいました。同業で社会に早く出た同年代の人たちの話を聞くと、経験値も視座も高い。自分はまだ学生感覚で、しっかりしなくてはという意識も芽生えていきました。

◆〝蔵前ブーム〟とSNSの流行で安定したお店を回せるように

運がよかったのは、このまま赤字ならお店を閉じるべきか迷っていたタイミングで、〝蔵前ブーム〟が来たこと。

海外人気店の日本初出店がきっかけのひとつだと思うのですが、「東京のブルックリン」と言われるようになってびっくり!

あとはちょうどそのころ、インスタを使う人が増えたんです。私は元々使っていて、写真は撮ることができたのでコツコツ発信を続けていました。

日々の工夫と世の中の流れが重なって少しずつお客さんが増え始め、それに対応できるオペレーションを整えて、課題をクリアしていく。その繰り返しで安定してお店を回せるようになっていきました。

好きなものや働き方は変わっていく。だから、コンセプトは決めない

◆常に「まだ完成していない」スタイルで

私たちのお店づくりは、最初からコンセプトを決めるのではなく、スタッフがどう感じるか、使い勝手はどうかを日々調整していくスタイル。

その過程で改装や移転もします。常に「まだ完成していない」という感覚でしょうか。私もスタッフも、年齢を重ねれば好きなものや働き方はちょっとずつ変わっていく。

ずっと自分がお店に立てるのが一番ですが、いずれだれかに仕事を任せ、その人のやりがいを考えないといけないタイミングが来ます。そのときにあまり自分中心に固定しないほうがいいなと。

◆お菓子づくりは、自分と向き合う時間

私も『from afar』を2年やってきてすごく楽しかったけれど、50代、60代までこのままでいいのかなと考えたときに、新しいことに挑戦したい気持ちがあり、焼き菓子専門の『菓子屋シノノメ』をオープンしました。

焼き菓子専門『菓子屋シノノメ』

お菓子づくりは、暗室にこもって現像する作業と似ていて、自分と向き合う時間。写真と違ったのは、感覚ではできなくて化学の要素が大きいことです。

ほんの少し材料の配合を変えるだけで味も食感も変わる。甘すぎず、毎日でも食べられる優しさを追求しています。

◆心に余裕がなかった20代。チームで人と働くことで得た学び

写真という個人の創作活動をしてきた私にとって、チームで人と働くことはいちばんの勉強でした。

外国人ということもあり、「察する」がわからず、ストレートに伝えてしまって驚かれることもありましたね。お菓子づくりに関しては職人気質が出てしまい、20代のうちはピリピリしていた時期も

今なら余裕がなかったと自覚できるのですが、そのときはわからなかったんです。パートナーに指摘されてハッとしました。

相手の成長を考えるより、自分の基準を人に押しつけてしまっていた。でも、みんなは私じゃないし、私よりできることもある。反省して、自分の状態が人に影響しないように見直していきました。

先行した2店が軌道に乗り、会社としては喫茶や生活用品店など毎年順調に新しい店を出すことができていたのですが、久しぶりに挫折を味わったのは’22年に『シノノメ製パン所』をつくったとき。

◆『シノノメ製パン所』の季節を味わうパンが人気!

シノノメ製パン所

毛さんが手がける『菓子屋シノノメ』の姉妹店として、2022年2月に蔵前にオープンした『シノノメ製パン所』。年末には系列店が金沢へ。店内には、ヴィエノワズリを中心に甘いものからお惣菜系まで季節の果物や野菜を使ったパンがずらり。2023年末にはカフェ『茶室 小雨』と雑貨店『文月』が金沢に移転予定。各店舗情報は、公式HP&インスタグラムから確認を!

◆関わる人たちに「不安を感じさせないか」が大事

新規事業の立ち上げは華やかに見えますが、半年から1年以上かかる地道な仕事です。

立ち上げを複数経験してきた自分には先が見えているけれど、未経験の人は想像するのが難しい。ノウハウがない状態で走り始めると、「決まっていないこと」が不安な人もいて、結果的に辞めてしまったメンバーも。

スタッフが少ないうちは意思疎通できたことでも、規模が大きくなるとそうはいかないのだと気づきました。

たとえ自分自身が「やってみないとわからない」と思っていても、関わる人に不安をいかに感じさせないかが大事だなと。

「経験がない」という意味では、お菓子同様にパンも独学の私たちのお店には、凄腕のシェフはいません。

でも、長年修業してからお店を開くのが一般的で、「1年目は計量と販売だけ」というスタートも珍しくない業界で、未経験でも学びながらパンづくりの全工程に関わり、場数を踏んで成長することができます。

そして、製品を出す以上、お客さんにはプロとして見られます。修業した人と同じにはできなくても、オープンから1年経って誇らしいパンがつくれるようになってきました。お菓子で応用できることも増えて面白いですね。

◆年齢に関わらず、「人材育成」はみんなに経験してほしい

8年前に3人で始めた会社に、今は20代から50代まで約80人の多様なスタッフがいます。

20代の人が年上の同僚を「ちゃん」付けで呼んで和気あいあいと話しているのを見ると微笑ましいなと思いますし、40代、50代の方の社会経験に助けられることも多々。

残業なしでだれでも休めるよう、できるだけ同じポジションを3人体制にするようにしています。ただ、どういうふうに指示すると動いてもらいやすいかはそれぞれ違う。

独立志向のあるメンバーが多いので、人材育成は年齢にかかわらず、みんなに経験してほしいなと考えています。

新しいことには、変化も失敗もつきもの。できることをやり続けるだけ

やったことのない事業をイチからやり続けて思うのは、明確な目標や理想を設定しなくてもいいんだということ。

町づくり会社経営者・毛 宣惠さん

器用ではないのですぐに達しないことはわかっていて、失敗は通常運転(笑)。考えすぎると動けないから、うまくいかなければ方向転換して、できることを全部やり続けるだけだなと。

もちろん、スタッフがたくさんいるので慎重になる部分はありますが、もう私だけのお店ではないし、みんなもやりたいことがある。「私ができる」じゃなく、「みんなができる」がいい

’23年末には2店舗を移転し、金沢との2拠点生活になる予定です。すべてはまだ道半ばで、この先の結果は正直わかりませんが、今後も「町にどんなお店があったらうれしいか」、スタッフと一緒にアイディアを出しながら進んでいきたいです。

2023年Oggi11月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

町づくり会社経営者・毛 宣惠さん

毛 宣惠(まお・しゅえんほぇい)

1991年、台湾生まれ。高校卒業後来日。大学卒業後の2015年、友人と共に町づくりの会社を立ち上げる。同年の8月にカフェ『from afar 倉庫01(現在はfrom afarに改名)』をオープンし、ケーキと焼き菓子の研究と製作を始める。その後、’17年に『菓子屋シノノメ』、’18年に『喫茶半月』、’19年に『茶室 小雨』’22年に『シノノメ製パン所』をオープン。他に近隣に生活用品店『道具屋nobori』、洋服と身にまつわる物を扱う『文月』を経営しつつ、各カフェの商品開発に関わる。著書に、『菓子屋シノノメの焼き菓子』『カフェのお菓子』(共に家の光協会)。

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