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霜が降りるロンドンの冬
ロンドンの落ち葉は大きくて、なぜかいつも湿っている。夜のうちに降った雨が乾かないうちに凍ってしまうからだろうか。日陰は一日中霜が降りている。
よく見かける手のひらを広げたみたいに大きな葉っぱの街路樹は、「すずかけの木」だと大家のA子さんが言っていた。コンクリートの上にもどさどさと落ち葉が積もるから、道端はどこもちょっと土っぽい。
外に出ると太陽の暖かさはあまり感じられず、すぐに耳たぶが冷たくなるけど、今日は久しぶりに光がきらきらしていた。土曜日の朝、A子さんがポートベロー・マーケットに連れていってくれるという。
土曜の朝はポートベロー・マーケットへ
朝8時ごろ家を出て、ノッティング・ヒル方面へ向かった。むき出しの肌がキンキンに冷えるので、手袋と帽子とマフラーでコートの隙間を埋めるように着込む。フィンガーレスの手袋はスマホ操作にストレスがなく、つけないよりずっと暖かいので重宝していたけど、ロンドンの冬を共にするにはちょっと心許ない。
ポートベロー・マーケットは、週末に開催される大規模なアンティークマーケットで、年代物の骨董品から家の不用品を掻き集めてきたようなものまでなんでも並んでいる。
近くのベーカリーで買ったひと口サイズのエッグタルトとカフェラテを片手に、膨大な量のテントを回ることにした。
A子さんにはいつも訪れるお店がいくつかあるらしい。チェックするのは絵画とクリスタルグラス、銀のカトラリー。クリスタルグラスは他のグラスより重たくて、グラス同士をあてるとキーンと澄んだ音がする と教えてくれた。昔から蚤の市やフリマ、ボロ市を回るのは大好きだったけど、A子さんが手に取るのは私が知らなかった世界だ。
私が好きなのは、小さくてかわいいもの。ここには小さくてかわいいものが無限にある!
だけど“本当のほしい”に出合ったら、体がぐわーっと熱くなって、お店の人へ値段交渉をするモードになるから、今日は本当の好きには出合わなかったのかもしれない。
そう思っていたのに、最後に紹介してもらったアクセサリーショップは、良心的な価格のアクセサリーがたくさんあって、私は悩んだ末にひとつのピアスを買った。アンティークからビンテージ、現代の商品まで幅広く小さくてかわいいものが集まるお店だ。
太陽と雲がモチーフになっていて、ストーンのついた雨粒がキラキラ揺れる小ぶりなピアス。
じっと眺めていたら、店員さんがヴァンクリーフ・アーペルとヴィヴィアン・ウェストウッドを経てブランドを立ち上げたロンドンのデザイナーのアイテムだと教えてくれた。
こっちにきて初めてちゃんとお買い物をした気がする。生きるために必要ない、好きなものを買うお買い物はいい。私はやっぱりお買い物が大好きだ。なんの役にも立たないような、ささやかなかわいいものを、この地でたくさんお買い物するぞ、と心に誓ったのだった。
アンティークは古びない
ほくほくした気持ちでバスに揺られながら帰路に着く。あっという間にお昼前。
私が暮らすM家のフラットは、リビングや階段の壁一面に額装された絵画が飾られていて、初めて訪れたときはその絵に描いたようなヨーロッパの素敵なお家っぷりに感激してしまったのだけど、家にあるアート作品や家具たちはこうしたアンティークマーケットで買い集めたものも多いと聞いて、羨ましさのあまりため息が出そうだった。
「アンティークは古びないからいいの」とA子さんは言う。もともと古いものだから、デザインが古くなったと感じることがない。うちはヴィクトリア朝かテューダー朝の家具ばかり。
M家のフラットに所狭しと並ぶ品々は、一見とりとめなく思えるけれど、バラバラな印象はない。いろんな国の神様やアンティークのオブジェ、家族写真、大きな仕掛け時計、キャンドル、クリスタルの食器…… 長い時間をかけてA子さんと旦那さんが選んできたものなんだろう。“好き”の醸造を感じた。
ああ、家ってこうあるべきだなあ。いつか、私も自分の好きなものを集めた小さな城を築きたい! その日が来てもお買い物を楽しんでいたい。やはり、小さなお買い物は生きる力だ。
小西 麗
1993年生まれ。日本女子大学卒業。モデルを経て、編集者・ライター。雑誌媒体を中心にインタビューや特集記事を作成。「男性同士のアツい関係」の意であるブロマンス好きが高じて、コラムの寄稿も。2022年、YMSビザで渡英。現在ロンドン在住。
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