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みどりの日の由来について

毎年5月4日は「みどりの日」。5月3日の憲法記念日、5月5日のこどもの日の中日に当たります。ゴールデンウィークの前には、それぞれの祝日について社内外の話題にもあがりやすいもの。“ゴールデンウィーク”と一括りにしてしまいがちですが、この機会に「みどりの日」の由来についての知識を蓄えておきましょう。
昭和天皇の誕生日に由来する
2006年まで「みどりの日」は、4月29日だったことを覚えているでしょうか? 1989年1月7日の昭和天皇の崩御に伴い、従来、天皇誕生日として祝日だった4月29日は、平成に入ってからも「みどりの日」と名前を変えて、残されたのです。
植物に造詣深かった昭和天皇にあやかった
昭和天皇の誕生日がなぜ「みどりの日」と命名されたかについて解説しましょう。昭和天皇は、幼少の頃から昆虫採集に興味があったと言われています。そうした経緯から生物学に興味を持ち、海洋生物や植物の研究に力を注がれました。
1925年には赤坂離宮内に生物学御研究室を創設し、1928年には皇居内に生物学御研究所を建設するほど熱心だったそうです。2018年には、昭和天皇が1930~1935年と1950~1958年に相模湾で採集された深海生物(テヅルモヅル類というヒトデの仲間)が新種と判明し、話題を呼びました。
新種の発見は44年ぶり、国内での新種発見は106年ぶりという快挙でした。こうしたエピソードからも研究への情熱が伝わってきます。また、生物学者として植物にも造詣が深く、在位中にはたびたび全国各地の植樹祭に出席されたり、緑化事業にも関心を示されていました。
そうした背景から「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことを趣旨とする(「国民の祝日に関する法律」(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条より)、「みどりの日」が生まれたのです。
みどり日の変遷について

4月29日はいま「昭和の日」と呼ばれています。そこに至るまでに3つの名前を経ていることをご存知ですか? みどりの日が5月4日に至るまでを辿っていきましょう。
・1948年まで「天長節」
かつて天皇の誕生日は「天長節」と呼ばれ祝われていました。「天長節」というのは、老子の「天地長久」(天は長く地は久し)の語に由来します。意味は「天地とともに、天子の寿命の限りないことを希(ねが)う」ということ。
日本で使われた最古の記録は775年。光仁(こうにん)天皇が自らの誕生日を天長節と称して祝したそうです。その後「天長節」は廃止されていた期間もありましたが、1868年に古代の例にならって復活し、1873年紀元節とともに国家の祝日となりました。
・1949~1988年「天皇誕生日」
第二次大戦後の1948年7月に「国民の祝日に関する法律(祝日法)」が公布・即日施行され、天長節は「天皇誕生日」へと改められました。そして翌1949年4月29日からは、天皇誕生日として祝われています。
・1989~2006年「みどりの日」
1989年1月7日に昭和天皇が崩御された後、明仁さま(現在の上皇陛下)が即位され、年号が昭和から平成に変わりました。それに伴い、昭和では4月29日だった天皇誕生日も、平成では明仁さまの誕生日である12月23日へと変更されたのです。
しかし、ゴールデンウィークを構成する4月29日の祝日を廃止してしまうと国民生活への影響が。そこで、4月29日は「みどりの日」と改めて、祝日を存続させたのです。
当時「昭和記念日」など昭和にちなんだ祝日として存続させる案も出ましたが、その案は見送られました。一説によれば、戦争を想い起こさせる「昭和」という言葉に違和感を覚える人々に配慮したためと言われています。
・2007~2025年現在「昭和の日」
「国民の祝日に関する法律」の一部改正によって、2007年に4月29日は「昭和の日」となりました。趣旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」ための日。
「昭和の日」となった背景には「みどりの日」が制定されてから18年が経過し、昭和という時代が遠い存在になっていたことが挙げられます。
第二次大戦での敗戦、そして経済的復興という激動の時代「昭和」を名前として残すことで、風化を防ぐ目的があったのでしょう。
そして、この法改正によって「みどりの日」は、それまで「国民の休日」だった5月4日に移動となりました。
最後に
「みどりの日」を掘り下げて理解していくと、日本の経てきた歴史を感じることができます。ゴールデンウィーク真っただ中のうれしい祝日ではありますが、少しだけ「みどりの日」の由来に思いを留めてみてください。
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