外資系資産運用会社・取締役 飯森かおりさんインタビュー

《Profile》いいもり・かおり/2002年早稲田大学政治経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント入社。法人営業部、債券通貨運用部を経て、公の機関の運用に携わるセールス・マーケティング業務に従事。運用商品の提案という枠を超えたリレーションシップ構築に尽力する。2016年リテール営業本部長としてインベスコ・アセット・マネジメント入社。2024年マネジング・ディレクターに就任し、2025年5月より取締役を務める。
成功はチームに、失敗は自分に。ビジネスがうまくいかず、メンバーともすれ違うどん底で知った自分の役割
外資系金融業界で20年以上働いてきましたが、元々はまったくキャリア志向ではなく。専業主婦として楽しそうに家庭を守る母を見て育ち、26歳で結婚したのも、私なりに逆算した人生設計があったからです。充実した仕事に不満はなかったけれど、当初は出産したらすぐ辞めるつもりでした。
ところが、人生はそう都合よくはいかないものですね。社会人になってひとり目の子供を授かるまでの10年は、思いがけず仕事の沼にハマりまして。1社目のゴールドマン・サックスでは、主に公の機関の資産運用を担当。世界的な規模でお金が動いていく領域です。朝は東京で始まり、夕方からはロンドンと電話会議。やっと帰れるかと思えば、今度は元気なニューヨークの人たちが出勤してくる(笑)。最初の3年は日が昇る前に出社し、明け方に帰る毎日でした。それでも、「大変だ」という感覚より、「面白い」が勝っていたんです。
そんな中で迎えた、2008年の世界金融危機。休日出勤中、後輩からリーマン・ブラザーズの経営破綻を知らされたんです。破綻直後の金融市場は、判断の遅れが致命的な損失になります。即座に、お預かりしている莫大な資産を守る任務に取り掛かりました。一分一秒を争うため、海外の現地担当者との電話を両手に抱え何時間も繫ぎっぱなし。あらゆる対応を終え、社長に「すべて完了しました」と報告して「よし!」と言われた瞬間、トイレに駆け込んで泣きましたね。6年積み上げてきたビジネスが、一晩でゼロになった喪失感。でも、そんなとき、ふだんは厳しい上司がポロッと言ってくれたんです。「仕事なんて待ってればまた来るから。しばらく休憩しなさい」と。その言葉には本当に救われました。
出産は人生の最も大きな転機でしたが、休む勇気や自信がなく、33歳でひとり目、36歳でふたり目を産んですぐに復帰しています。その代償も確かにあって、たとえば、長男の初めての寝返りを見たのは私の母。さらに、彼の第一声も「ママ」ではなく「バータン(ばあちゃん)」でした。いろいろ失っている自覚はありましたが、守るべき存在ができたからこそ、走り続けてこられた側面もあると思っています。

実は一度だけ、本気で仕事を辞めようとしたことがあります。きっかけは、ふたり目を産んだこと。産休中に上の子と過ごした夏休みがあまりにハッピーで。我が家では夫も育児・家事の完全な戦力ですが、それでも「この時間を自分の手で育てたい!」という思いが強くなり、上司に「下の子が義務教育に上がるまで、8月は無給でいいので働かない形にできませんか」と無理な相談をしたほど。結局、その思いが募って会社を辞めることにしました。
引退するアイドルのように「普通のお母さんに戻ります」なんて冗談まじりにPCのマウスを置いたものの、ほどなくして、先に退職していた新卒時代の上司と再会。「また一緒に仕事をして、業界を変えないか」とオファーをもらった新天地が、アメリカ発の資産運用会社・インベスコの日本拠点でした。しかも、転職までの余白で、子供との夏休みをしっかり味わえた。お母さん業に専念したいという気持ちも、そこで一度、昇華できたのだと思います。
一方で、インベスコでのスタートは順風満帆ではなく、むしろ失敗の連続。営業本部のトップとして任されたビジネスはうまく進まず、本国からは責められ、チームとの関係もギクシャク。みんなに公平に接していたつもりでも、許容範囲や得手不得手の違うメンバーに同じことを求めてしまい、それが平等ではないとも気づけず、正面からぶつかってばかり。まるで疫病神でしたね。そんなどん底で、隣の部署で同じポジションを担っていた先輩から「何もしなくていいよ。ただ会社に来て、定時になったら帰りな」というアドバイスをもらったんです。戸惑いながら試してみると、それまで口うるさかった私が急に黙るので、メンバーも「おや?」となる(笑)。そこからチームが自主的に話し合い、自らアイディアをもってきてくれるように。同時に、私自身もどう動くべきか俯瞰して考える時間をもてる… という好循環が生まれていきました。
以降はチームに感謝し、成功は皆さんのおかげ、失敗は私の責任だと腹を括れるようになりました。頑張り方は押しつけるのではなく、自分たちで決めてもらう。進捗を聞いて滞りがあれば、必要なのはコーヒーブレイクか、シャンパンでの景気づけなのか、あるいは人材の補強なのか状況を見極める。メンバーが気持ちよく働ける環境を整えることが、私の役割です。そうした積み重ねが、結果としてチームで担当するファンドの成長を後押しし、業界を牽引する一因にもなっていったと思います。
責任ある立場を任せていただくようになり、なおさら仕事を続けてきてよかったと感じるのは、視座の高い方々の本音に触れられて学べることでしょうか。ある大手企業役員の方は「僕は朝風呂が長いんだ」とおっしゃる。理由を伺うと、湯船の中でその日のシミュレーションをイヤな展開も含めて一旦やりきるのだと。「想定外の場面で困った顔をしたら、部下は不安になってしまうから」というお話にはハッとしましたし、私も翌日から取り入れています。

今後は、金融商品をハミガキ粉やバッグのように、自分で選べる身近な存在にしていくのが目標。特に日本では、お金の話はどこか遠ざけられがちですが、将来の選択肢を広くもつために「お金に働いてもらう」という手段があります。特に世代の皆さんに伝えたいのは、資産形成において「時間は最強の味方」だということ。まとまった資金がなくても、少額から複利の力を活かすことはできる。一喜一憂せず、30年先を見据えて続けていく。それは、若い世代だけの特権だと思います。
日々変化する金融の世界で戦う相棒は、エルメスのバッグです。ひとつは、役職に就いたときに兄が買ってくれた、どっしりとしたメンズのビジネスバッグ。プレッシャーがかかる場面では、これを〝鎧〟にして臨みます。もうひとつは、30歳で背伸びして手に入れたケリーで、目にするたび、頑張ろうと決めたころの初心を思い出させてくれます。そして、大局での決断や姿勢を支えてくれているのは、偉人たちの言葉です。中でもマザー・テレサが語ったとされる「愛の反対は憎しみではなく、無関心」という一節は、組織を率いるうえでも、人としての在り方を考えるうえでも、深く胸に刺さります。人に好かれようとは思わないのですが、信頼される人でありたい。噓をつかず、誠実であること。相手がだれであっても、それを大切に生きていきたいです。
チームで運用を支える主力ファンド『世界のベスト』が純資産3兆円を突破
飯森さんが携わるインベスコの主力ファンド『世界のベスト』は、25年超の実績をもつグローバル株式アクティブファンド。日本を含む世界各国(エマージング国を除く)の株式の中から「成長・配当・割安」の3軸で銘柄を厳選する。多様な視点を活かしたチームと共に、資産形成の裾野拡大と深化に取り組みながら、純資産残高は3兆円を突破。業界を代表する水準へと押し上げている。
2026年Oggi6月号「The Turning Point~私が『決断』したとき~」より
撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
Oggi編集部
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