【働く私にMusik】経験を重ねた先にある、ピュアな表現を目指したい
Guest Musician:秦 基博(はた もとひろ)
1980年、宮崎県生まれ、横浜育ち。2006年にシングル『シンクロ』でメジャーデビュー。“鋼と硝子で出来た声”と称される歌声、情緒豊かなソングライティングで注目を集める。先日、約3年ぶりとなる7thアルバム『Paint Like a Child』をリリース。
2006年、シングル『シンクロ』でメジャーデビュー。2009年に自身初となる単独での日本武道館公演を開催。2014年シングル『ひまわりの約束』をリリースし、2017年にデビュー10周年ベストアルバム『All Time Best ハタモトヒロ』を発売。2019年に4年ぶり6枚目のアルバム『コペルニクス』を発売し、2023年7thアルバム『Paint Like a Child』をリリース。
自分のためだけの曲から、だれかに聴いてもらう曲へ
秦 基博が音楽の道に進むまで
サッシャさん(以下、S):せっかくの機会なので、改めてお聞きしたい! 秦さんが音楽を始めたきっかけとは?
秦さん(以下、H):中1のころ、兄がフォークギターをもらってきたんです。そのギターを借りて、好きな曲をコピーして、コードを覚えて、覚えたコードでオリジナルの曲をつくって…。でも、ただ楽しくてやっていただけですよ。完全に趣味でした。
S:そこからどうして音楽の道に?
H:高校の軽音楽部の卒業ライブで、30分くらい余った時間を埋めるために、当時つくっていた曲を中心にひとりで4〜5曲弾き語りをしたんです。
そうしたら、そのライブにḞȦD YOKOHAMA(ライブハウス)でバイトしてるっていう子が来ていて「うちの店、弾き語りの日があるから出てみない?」と声をかけられて。そのライブハウスのステージに立つようになりました。
S:すごい偶然! ライブハウスで歌ううちに気持ちが変わっていったんですか?
H:自分のためだけにつくって、自分だけで楽しんでいた曲を、だれかに聴いてもらって評価を受ける… それがすごく新鮮で、その緊張感や達成感にのめり込んでいきました。ライブハウスのオーナーに気にかけていただいて、「このCDを聴いてみろ」「本を読め」「映画を観ろ」といろいろなアドバイスをいただいたり。
S:その当時のインプットは、今にもつながっていそうですね。
H:今思えば、自分を耕す時期だったのかもしれませんね。
「歌は、君が歌った瞬間に聴いた人のものになる」
秦 基博の原点にある言葉
S:時間が経ってから理解できたアドバイスもありました?
H:当時、「歌は君が歌った瞬間に、聴いた人のものになる」と言われたんですけど、全然ピンと来ませんでした。自分が楽しくて、自分のために曲をつくっているのに… って。その言葉を理解できるようになってきたのは、メジャーデビューする少し前ですかね。その1年くらい前から、いい曲がつくれずに悩んでいたんです。
S:楽しかったはずの曲づくりなのに!
H:そこで、基本に立ち返ってシンプルな表現をしてみようと思ったんです。自分が考えるグッドメロディを書いて、そこにシンプルな言葉をつけよう、と。それって、聴いた人が自分の思いをのせられる、想像の余地がある曲なんですよね。
自分が描いた世界を自分にとどめる曲と、その世界を聴いてくれる人と共有する曲は、メロディも歌詞も歌い方も表現も変わってくると思うんです。その事実に気づいたことで、意識が変わりましたね。
僕は、聴いてくれた人の経験や生活と結びついていろいろな景色が立ち上がるような曲がつくれたらと思ってるんですけど、その原点はあの言葉。僕の曲が聴いてくれた人のものになって、その人の毎日に結びついている… そう実感することが、次の音楽を生み出すモチベーションにもなるんです。
自分らしさを決めるのは自分ではないと気づいた
自分らしさと向き合って足搔いた20代後半
S:スランプを乗り越えてメジャーデビューしたのは、20代後半に入ったころ。秦さんにとって20代後半はどんな時期でした?
H:自分にしかないものを必死に探していましたね。社会における自分の役割や価値をすごく意識していて“秦 基博らしさ”を追い求めていた時期だと思います。
20代前半で仕事のやり方を覚えて自分のペースがつかめてくると、もう一歩踏み出して、自分にしかできない仕事をしたいと思うようになるんですよね。僕も、自分らしさと向き合って足搔いていました。
S:足搔いた結果はいかがでした?
H:そのころはわからなかったんですけど、自分らしさを決めるのって自分じゃないんですよね。いつしか「これ、秦 基博らしい曲だね」なんて言葉がよく聞こえてくるようになって、気がついたんです。その言葉を発するのは僕自身じゃないし、どんな曲が秦 基博らしいのかを決めることも僕自身にはできないんだって。
S:「歌は歌った瞬間に、聴いた人のものになる」わけですしね。
H:自分がどんなふうに曲をつくったとしても、聴いてくれた人がその中に秦 基博らしさを感じてくれるなら、むしろ僕は自分らしさのような枠組みを気にせず自由でいたほうがいいと思うようになりました。自分ではないだれかに似合うようにつくった提供楽曲さえも、秦 基博らしいメロディと言われるようになりましたし(笑)。
S:個性は無意識の中にあって、自分ではコントロールできないものですよね。
H:20代後半は自分の価値や個性をずっと探していたけれど、いろいろなものを削ぎ落として最後に残るものこそが自分らしさなんですよね。でもそれは自分のスタイルを求めて足搔く時期がないと形成されない。だから、必死に自分と向き合った時間は必要なものだったと思います。自分らしいものが自然にできるようになってくると、今度はどんどんそれを壊していきたくもなるんですけど(笑)。
S:周りの期待を超えていきたくなるんですよね。
H:自分らしさにとらわれず、いかに自由に楽しんでいくか… 今はそんなことを考える段階に来ているのかもしれません。
仕事だけど、楽しく自由に音楽と向き合っていきたい
面白くない状況で曲づくりをしても、つまらない曲にしかならない
S:コンスタントに曲をつくり続けていらっしゃった秦さんですが、2017年ごろ… 30代後半からそのペースが少し落ち着きましたね。
H:2017年にリリースしたベストアルバムで自分を一度出し切ったこともありますが、“デビュー10周年”も理由ですね。10年を超えて、その先も同じペースで音楽をやり続けるのは難しい。
S:一度立ち止まって、自分を見つめ直す時間をつくられていたんですね。
H:音楽はもちろん仕事なんですけど、音楽を楽しいと思える自分でいることも大事。だって、面白くない状況で曲づくりをしても、きっとそれはつまらない曲にしかならないと思うんですよね。
今思えば、30代は“仕事としての音楽”といかに楽しく向き合うかを考えて整えていた時期だったのかもしれません。10年、15年、20年… とキャリアを重ねていくには、自分を塗り替えていかなければいけないし、その塗り替えもできるだけ楽しく自由にやりたいですよね。
新アルバムに込めた思い
子供が絵を描くように思うままに、自由に音楽を表現したい
S:その考えは、先日リリースされた7thアルバム『Paint Like a Child』にもつながっていそう。タイトルのとおり、子供が絵を描くような自由さや遊び心をもってつくられたアルバムなんですよね。
H:本当にやりたいことに思いきり情熱をぶつけて形にしていく、音楽に対して自由でいたいという思いがすごく強いんです。そんなことを考えていて思い出したのが、アルバムのタイトルにもなっているピカソの言葉。
「ようやく子供のような絵が描けるようになった」―晩年のピカソが残した言葉なんですけど、ピカソのような表現を突き詰めた人が最後に辿り着いた世界に興味があって。その言葉のように、子供が絵を描くように思うままに、自由に音楽を表現したいなと。
S:とはいえ、中学生のころの自分とは違いますもんね。
H:どう頑張っても、もう子供には戻れないですからね(笑)。でも、表現を研ぎ澄ませて、積み重ねた先に子供が描く絵のような自由な表現があるんじゃないかな、と。
ミュージシャンの先輩方を見ていると、皆さん、子供のように音楽を楽しんでいるなと感じるんですよね。でも、その純粋さとすごいスキルや仕事への矜持が同時に存在している。経験を重ねた先にあるピュアな表現を目指したい、そんな感覚に近いですね。
S:まっすぐ自分の道を突き詰めていく… そんな大人ってかっこいいですもんね!
【Information】NEWアルバム『Paint Like a Child』発売中!
『Paint Like a Child』[通常盤]¥3,300(ユニバーサルミュージック)
前作『コペルニクス』以来、3年3か月ぶりとなるオリジナルアルバム。NHK連続テレビ小説『おちょやん』の主題歌『泣き笑いのエピソード』や映画『イカロス 片羽の街』の主題歌『イカロス』など、新曲を含む全10曲を収録。
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[秦さん分]“RAKINES”のジャケット¥52,800・シャツ¥34,100・“SAYATOMO”のパンツ¥39,600(アルファ PR) 靴¥68,200(ギャラリー・オブ・オーセンティック〈foot the coacher〉)
[サッシャさん分]ジャケット¥308,000(イザイア ナポリ 東京ミッドタウン〈イザイア〉) シャツ¥2,420・スウェット¥6,820・デニムパンツ¥11,000・バンダナ¥880(原宿シカゴ) その他/スタイリスト私物
●この特集で使用した商品の価格はすべて、税込価格です。
2023年Oggi5月号「働く私にMusik」より
撮影/YUJI TAKEUCHI(BALLPARK) スタイリスト/高橋 毅(Decoration/秦さん分)、久保コウヘイ(サッシャさん分) ヘア&メイク/ほのか(秦さん分)、坂口勝俊(Sui/サッシャさん分) 構成/旧井
再構成/Oggi.jp編集部