歳を重ねても、生きにくさや孤独感はなくならない
小説のヒットで知られる又吉さんですが、それ以前から書いてきたエッセイは、日常の描写とユーモアのバランスが絶妙で、小説に劣らず多くのファンを集めています。
そして3月、待望のエッセイ集『月と散文』を発表。エッセイ集としては、『東京百景』以来10年ぶり。その間に又吉さん自身は30代から40代になり、書くスタイルも少しずつ変化して。まずは、Oggi読者と同じ30代のころの又吉さんの話から。
「お笑いコンビ、ピースとしてのメディア出演が増えてきたのが、ちょうど30歳のころでした。楽しいことも責任も増して、劇場やテレビでおかしなことを発言しても、けっこうポジティブに受け取ってもらえました。ただ、相方のハイテンションな感じに対して、僕は一貫してロートーンのままでしたけれど。
それまで、一切参加してこなかった飲み会にも行くようになりました。それまでは、人と接することを極端に避けていたんです。仕事関係の人が来るから、なんていう飲み会は特にイヤでした。表現活動と関係ないところで仕事につなげようとしているみたいで。
でも、頑張って人づきあいをしてみれば、楽しいことも多いし、飲み会での会話が、のちのエッセイの参考になることもありました」
感情をコントロールできるようになって、若いころより柔軟になった
「芥川賞を取ったのも(2015年デビュー小説『火花』)、忙しくなったのも、そして相方の綾部(祐二)がアメリカに渡ったのも、30代でした。
歳を重ねたからといって、かつての生きにくさや孤独感がなくなったわけではありません。変わったとしたら、そうした感情を少しはコントロールできるようになったかな、ということ。
かつては、腹が立ったこと、言っちゃいけないことも、ノーコントロールで文章に出ていて、自分で読み返すと怖くなります。今は、『言わんほうがいいやろう』ってことはわかるし、あえて書くときでも、一旦考えます。
波風立つかもしれんし、読んだ人が腹立つわって思うかもしれんけど、まあ表明しとくことも大事やろう、というふうに。そして文章全体としては、若いころより柔軟になっているんじゃないでしょうか」
何かが欠落している日々は、細くて未完成な『二日月』のよう
柔らかく、静かに、そして少しセンチメンタルに。ときに自分に、ときに他人に腹を立てながらも、それをくすりと笑える文章にして、完成したエッセイ本は全356ページ。厚さ2.5センチ近くあり、ずっしりと重たいハードカバーは、「紙の本」を手にする楽しみを感じさせる一冊になりました。
タイトルは、「形がいろいろに変化する」という共通点のある「月」と「散文」を組み合わせたもの。どちらも又吉さんの好きなもので、コミュニティサイト名がそのまま本のタイトルになりました。
「コミュニティサイトでは週3回文章を発表していて、ここから最近のものまでを選んで加筆修正して、書き下ろしも10本以上加えて本におさめました。
前半は『満月』という章で、子供のころのことを思い出したり、昔の出来事を書いたものを集め、後半はここ最近の出来事を中心に。こちらは、『二日月』という章にしました。
生活の中で、何かが欠落しているような日々は、細くて未完成な『二日月』(新月から2日目の細い月)と通じるかなと思って。そして本の紙の素材や色、フォントにもこだわりました」
「本を読むのは好きだけれど、僕は物質としての本も大好きです。手に持って、重さを感じながら、ページをめくる。こうした行為と内容を複合的に味わうのが、読書の楽しみだと思います。
『月と散文』は数量限定で特装版も作ったのですが、そこにはさらにこだわりを詰め込みました。グラシン紙で本体を包装したり、本文の紙をアンカットにしたり(解説はこちら)、制作チームで意見を出し合い、実験を繰り返して作りました。
かっこつけんな、みたいに思う人もいるでしょう。が、失われつつある造本技術を廃れさせないためにも、意義のあることだと思っているんです」
今の自分から、過去の自分に手紙を書くなら…
こうしてできたエッセイ集『月と散文』。冒頭では、31歳の自分から18歳の自分に向けた手紙が書かれています。過去を恥じながらも、未来に少しだけ希望を見出す、又吉さんらしさが凝縮されたもの。では、42歳になった又吉さんが今、31歳の自分に手紙を書くなら…?
「頑張って飲み会に参加したのは偉かったけど、そのうち3割はやっぱり不要だったね。その3割をひとりで過ごしたほうが、自分のためにはよかったよ。そう言ってあげたいと思います(笑)」
大ヒット中! 又吉直樹さん最新エッセイ『月と散文』
2021年から始まったオフィシャルコミュニティ『月と散文』に掲載してきた文章に加筆・修正を加え、さらに、この本のための書き下ろした作品を10話以上をおさめた一冊。日記あり、手紙あり、私小説あり、自由なスタイルで書かれた「散文」は、そのときどきの又吉さんの気分が表れている。
撮影/高木亜麗 文・構成/南 ゆかり
芸人・又吉直樹(またよし なおき)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラー。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。2022年4月には新聞連載作に加筆した小説『人間』を文庫化。エッセイ集には『第2図書係補佐』『東京百景』、自由律俳句集(共著)に『蕎麦湯が来ない』などがある。2023年3月、10年ぶりとなるエッセイ集『月と散文』を発売。