初対面の人に夫の職業を発表せねばならない違和感
夫の海外駐在に帯同する駐在妻が、現地の生活をこなしていくために頼りになるのが主婦ネットワーク。筆者が駐在生活を送っていたEUの某都市には、当時、駐在員や留学生、現地採用組などあわせて日本人が3000人ほど住んでおり、なかには家族連れもちらほら。
そこで、同じ駐在妻をしている奥様たちから必ず投げかけられる質問には、最後まで慣れることがありませんでした。
「ご職業は何ですか?」
これを最初に聞かれた時、てっきり自分の話をされているのか? と思ったのですが、この質問の主語は「旦那」。日本にいるときには、夫の職業を聞かれる機会は、ほとんどなかったのに。
良くも悪くも、狭い日本人の駐在妻たちのコミュニティのなかでは、旦那さんの地位が自分の立場を左右しているのです。
また駐在員の人数が多い会社では、旦那さんの役職の上下で、奥さんたちのランチの席順まで変わるという話も。「うそでしょ?」と思うような「奥様会」と呼ばれる会合は、一部で本当に存在しているのです。
人間関係や言葉の壁よりキツかった“気候の違い”
限られた日本人同士の狭いネットワーク、通じない言葉と文化の問題、海外での暮らしにおいて苦労するポイントは人によってさまざま。私の場合は強烈な「フェーン現象」に悩まされることになりました。
近くにアルプス山脈があり、山を境に気温が変化するフェーン現象が起こるたびに、毎回重度の頭痛を発症。一歩、足を踏み出すたびに、頭が割れそうな勢いでズキンズキンと痛みます。
日本との気候の違いで苦労していた駐妻友だちのなかには、軽いウツを発症してしまった人も。幸い、彼女は帰国後、すぐに元気が戻りましたが、原因はヨーロッパ特有の天気の影響が大きかったと話していました。
夏は22時過ぎまで明るいヨーロッパ。しかし冬になると状況は一転。そうでなくても日が短いのに、ドカドカ雪が降り続けるときは、1日中どんよりした曇り空で太陽の光が何日も見えないこともあります。
1ヶ月のトータル日照時間が24時間に満たないなんていう年もめずらしくないほど。日本にいるときは、日焼け止めが手放せないような生活をしていた駐妻たちも、EU駐在中の特に冬場は、積極的に陽の光を浴びるようにするなど、意識するようにしていましたよ。
実際、日照時間と自殺率が関係しているという研究結果もあるそう。人間、太陽をぜんぜん浴びないとメンタルにくるんだ! ということを思いがけないかたちで実感することになりました。
差別される側の立場を経験
旅行で、数日~数週間、海外に滞在していても気が付かないけれど、実際に駐在して住んでみてわかったことの悲しい経験のひとつが、差別でした。
あるレストランでは席がいっぱいあいているのに、駐在妻だけでなく、アジア人は必ずトイレの前の席を指定されることがあったり、電車やトラムでは乗車券の提示を求めるパトロールスタッフが、表向きはランダムに検査することになっているものの、毎回まっすぐに自分のところへやってきたりなど、不条理で不平等な思いを何度もしました。
観光客としてその地に滞在している分には、きっと何も感じない程度のことかもしれません。でも、生活している間中ずーっとこんな状況が続くので、小さなストレスがどんどん積もっていくのです。文句を言えるだけの語学力も度胸もなく、情けなくなったり、落ち込むこともたびたび。
もちろん、よかったこともあります。海外での生活で経験した多くの苦労は、夫婦間の絆を深めてくれました。星の王子様の作者であるサン=テグジュペリの名言に「愛とはお互い見つめあうことではなく、共に同じ方向を見つめることである」という言葉がありますが、まさに、普通に生活しているだけで、次々に問題が発生するのが海外生活のリアル。
しかも、頼りになる人はほかにいません。常に問題解決に向けて、強制的に同じ方向を見つめ続けることになるので、苦労が絶えない状況ですが、仲がよくなったというご夫婦は、筆者のまわりにもたくさんいましたよ。
次回は駐在生活で困る、海外の医療事情について紹介しようと思います。
<取材・文・烏丸莉也>
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