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2019.05.13

【私が決断したとき】ここぞというときに走れたらいい|人気放送作家・たむらようこさん

各界の第一線で活躍する先人たちは、どんなターニングポイントを迎えてきたのか。今回はテレビの放送作家として数々のヒット番組を手掛けてきた、たむらようこさんにお話をうかがいました。

【たむらようこ】さんインタビュー

ここぞというときに走れたらいい。全力ダッシュは続かないように、頑張り続けることはできないから

たむらようこ

テレビの放送作家として独り立ちしたのが読者のみなさんと同じ年のころ。雲の中にいるような20代から、自分なりの光を見つけて抜け出す…そんな時期だった気がします。深夜バラエティって観るのは楽しいのですが、20年ほど前の制作現場はまぁ、柄が悪くて(笑)。会議となれば女性は40人にひとり。ふだんは笑って一緒に話しているのに、会議で私のプレゼンになるとなぜかみんな部屋を出て行ってしまうんですよ。電話がかかってきたフリなんかして。若い人の意見は? 女性の意見は? と聞かれて散々しゃべっても、哀しいかな何も反映されないことがほとんどでしたね。

大きなターニングポイントは、30歳で会社をつくったこと。女性が長く働けるように、キッズスペースも確保しました。当時は職場でセクハラやパワハラがあっても相談できる場がないし、子供を産もうものなら戻れない。私はまだ結婚も出産も予定のない独身だったけれど、とにかく業界の女性たちが働きづらさを抱えている状況に「もう、これ以上辞めさせたらいかん!」という気持ちでした。

会社は、女性の放送作家ばかり5人でスタート。初めは仕事先の偉い人に「おめでとう、置屋の女将になったんだって?」と冷やかされたり、女を売りにする会社だと見られがちで。そんな環境でしたから周りに勘違いされないように、色気がない服を自分にも、そして残念なことに社員にも強いていました。

弱みを見せられなくて、大切な仲間を失った。役割に縛られず素直になれば、人は助けてくれる

たむらようこ

それに、社長になったばかりのころは先輩として「こうあらねば」という思い込みも。会議に後輩が同席していると急にカッコイイことを言おうとしたり、うまくできないと恥ずかしくてツンツンしてしまったり。とにかく「失敗した」「困っている」「わからない」が言えない。頑張っていることを口に出すより、「何もしてないのにデキる人だと見られたい」という謎の願望をもっていたんですね(笑)。

でも、そうやってカッコつけているうちに、社員3人に一斉に辞められてしまう非常事態に! 大変だとか怒っているとか、自分が思っていることをちゃんと言うほうが、後輩たちはついてきてくれるんだと痛感しました。今では、どんなときも隠さず正直に伝えることを大事にするように。ありがたいことにスタッフは20名近くまで増えましたが、自分が引っ張っていくというよりは、一緒の船に乗って旅している感覚です。

突然仕事がなくなったのは、30代半ば。携わっていた情報番組がねつ造問題で打ち切りになったことがきっかけでした。ねつ造の当事者ではなかったものの、構成を担う作家のひとりとしてマスコミの取材が押し寄せ、取引先から「6年は仕事を発注できないよ」なんて話をされたことも。でも、ある日オフィスに戻ったら後輩が私を元気づけようと天井まであるくらいビッグな花を飾ってくれていて。騒動には何も触れず、私が表立って動けなくても社員の仕事が途絶えないように依頼してくださる方もいました。風向きがいいときだけでなく、悪いときこそ助けてくれる人もわかり、結束は強くなりましたね。

一方で、休みなく走り続けてきたので、「よし、今のうちに結婚、出産しよう!」と決意。やがてねつ造問題の余波も落ち着いて、産後に仕事復帰していた38歳のころ、衝撃の転機がやってきました。なんと、子宮頸がんが発覚。しかもがんは7・2cmまで大きくなっていて、もう手術はできないと。息子はまだ1歳5か月、残して死ぬには幼すぎる。愕然としましたね。なんとか生きたいと受けた抗がん剤と放射線での治療。子供に兄弟をつくってあげたい気持ちもありましたが、治療の影響で卵子は死滅。わかってはいたものの、最後の処置が終わった日は、別の病棟の待合室まで行ってこっそり泣き続けたことを覚えています。

病気になって初めて気づいたのは、人生の優先順位です。幸せに生きるために仕事をしているわけで、頑張り続けて体を壊すのは本末転倒。走り続けるよりここぞというときに走れたらいい、と。それに、忙しさを理由に健康診断も受けず、寝ずに働いてきた生活を見直すいい機会になったし、後輩を間違った方向に導かずに済みます。治ってからも、どんな時間も命のカウントダウンだという意識は消えません。

たむらようこ

仕事と家庭の両立にコツがあるとするなら、私の場合は、仕事でイヤなことがあったら夫や息子に全部話すようにしています。日ごろの奮闘を見てくれているので、特に息子は「僕が言ってきてやる!」とプリプリ怒ってくれる。逆にいいことがあると、一緒に喜んでくれて。小っちゃくても同志なんです。彼にとっていいか悪いかは正解があることではないのでまだわからないのですが、少なくとも仕事ってどんなものか、キレイごとではなく感じ取ってもらえているのかなと思います。いつでも笑顔で穏やかな完璧ママではなくても、「母ちゃんには、母ちゃんの仕事人生もあるんだ」と家で話しておくことで、家族は仲間になってくれるんだなと。

家族に限らず、人って弱みを見せてもらえると、相手に関わることができる。だれかが落ち込んだり体調を崩していたら、張り切って助けにいく。力になれるともっとその人が好きになるし、自分も元気になるから不思議です。もちろんいつも弱みを振りかざす必要はないけれど、素直に生きていたほうが楽だし、人間関係もうまくいくんですね。

会社を始めて18年の間に、テレビ業界には女性がすごく増えました。派閥をつくったりケンカする相手さえいなかったところから、かつて想像していなかったほど現場は成熟しています。ここまで続けてきてよかったし、本当にうれしいです。

今後は、医療動画の制作に挑戦したいと思っています。自分が患者として感じた医療機関とのやりとりの不満を解消したい。現状は医師の人手不足もあり、どんな状況でどんな選択肢があるかという説明が足りずに、納得する治療が受けられていない方が多いんです。お医者さんの説明や本人の医療の知識が足りないからという理由で、人は死んではいけない。動画を通じて、お医者さんと患者さんの通訳のような存在になれたらなと。

若い人からは「私、このままでいいんでしょうか?」「やりたいことが見つからない」という声をよく聞きます。動機って経験から生まれるもの。私も映像で伝える仕事と病気を経て、新たな目標ができました。自分で探すより、だれかに求められる場所に流されてみるとうまくいくことも多い。変化する時代で人生のお手本なんてどこにもないけれど、どんな経験にも飛び込んでいくうちにきっと未来はつながっていくと思います。

たむらさん著作『ざんねんな努力』。「頑張ったのに報われない」を抜け出す、軽やかな物語。

たむらさん著作『ざんねんな努力』

『ざんねんな努力』頭は悪くない、努力もしている。でも、なぜかうまくいかない。そんなときに手に取りたい、たむらさんの新著。共著者であるクリエイティブディレクター・川下和彦さんの変貌ぶりに驚いたことをきっかけに、「習慣」の大切さを物語化。頑張ることを手放した奇妙な人たちとの出会いから、楽しみながら結果を出す方法を学べる。未来がちょっぴり生きやすくなるはず。¥1,400/アスコム

●この特集で掲載した商品の価格は、本体(税抜)価格です。

Oggi4月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/石田祥平 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

たむら ようこ

1970年、福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、内定先と間違えて電話してしまったのがきっかけで、テレビ番組制作会社に入社。ADを経て放送作家に。2001年、子連れ出勤もできる女性だけの放送作家オフィス「ベイビー*プラネット」を設立。これまでに手がけた番組は『サザエさん』『めざましテレビ』(フジテレビ系)、『サラメシ』『おじゃる丸』『祝女』『さし旅』(NHK)、『情熱大陸』『世界の日本人妻は見た!』『教えてもらう前と後』(TBS系)など多数。ブームを巻き起こした「慎吾ママ」の生みの親でもある。

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Oggi12月号で商品のブランド名に間違いがありました。114ページに掲載している赤のタートルニットのブランド名は、正しくは、エンリカになります。お詫びして訂正致します。
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