【新井見枝香】さんインタビュー
本は命を削るようにつくられたもの。思い入れすぎて、正気を失うほど売ることに執着してしまっていた
パン屋さんのアルバイトの面接に出かけたはずが、帰りに立ち寄った書店に入社していた。それが今につながる、20代後半の転機です。
10代の私は中学から音大の付属に通っていたので、音楽家になることに疑いもなく。そのまま音大に進学したものの、自分がやりたいのはクラシックではないと気づきまして。次に向かったのがロックで、大学を辞めてバンド活動や作曲をしていました。その後、音楽を一度離れてアイスクリーム店で3年働き、新しい仕事を探していたところでパン屋さんと書店のバイトに両方受かった。待遇などの条件ではなく、直感で「本だな」と決めました。
最初に入った有楽町店には仕事のできる人がそろっていて。中でも文芸書担当で、読む本も働き方もすごくかっこいい社員の女性がいました。歯に衣着せず、上司にもちゃんと意見する。バイトに対しては、媚びるわけでもなくうまく使ってくれる。どんな業界でもバイトの人は、社員のことをよく見ていますよね。言葉の端に、バイトをモノとして使っているなとか、ご機嫌をうかがっているなという部分が出てしまう人もいる。
でも、その先輩が「あれやって」と言うと、みんな「ハイ!」と張りきって動くんですね。お店が儲かったところで時給は変わらないけど、「今日はあの人がいるから予算達成しなきゃ」「見ている前でいい仕事したい」と思えるというか。今でもその先輩との出会いに影響を受けているのですが、なかなか同じようにはできなくて。書店員としてこうありたいな、という基準になっています。
仕事はお金を得る手段ではなく、遊びになる。ラクにやるより、自分で考えて楽しくやりたい
10年書店員をやってきていちばんキツかったのは、池袋の新店に配属された35歳前後。正社員になった直後で、オープン準備期間も含め2年携わっているのですが、忙しすぎて歯がいっぱい抜けました(笑)。昔から疲れが歯にくる体質でして。自分でも脂がのっているというか、いくらでもできると思っている時期だったので、どんどん仕事を増やしてしまった。
大量の新刊を整理して棚をつくり、接客してレジを打ち、イベントを毎日企画・開催して、さらに書く仕事もしていたので、1年365日中360日くらい開店から閉店までずっとお店にいましたね。楽しかったけれど、明らかにオーバーワーク。そこまでしても完璧にやりきれていない自分に苛立っていました。
以前から「新井ナイト」という作家さんとのトークイベントを自主企画していたこともあり、新店ではイベント担当に。新設のイベントスペースは、私が音響やイスの選定まで携わってつくってもらったので、なんとか採算をとらなきゃという気負いもありました。多いときは1日2回、毎回別の作家さんが来てくださるのですが、人が違えば仕事の仕方も違います。さらに、お客さんの前でワーッと盛り上がった直後に、「いらっしゃいませ」とレジを打つ日々。そのうちテンションのアップダウンがおかしなことになって、イベントの前後に気持ちが落ちてしまうように。
そんなときに告げられたのが、営業本部への異動でした。MD(マーチャンダイザー)になるのは会社の中では栄転です。しかも社歴にしては早く、みんなに「おめでとう」と言われたけれど、売り場好きの私にとってはむしろ「左遷」。自分では覚えていなかったのですが、当時、上司に「何がいちばん大事か」と聞かれて、私は「作家だ」と答えたらしいんです。「そんな人間に売り場は任せられない」と、異動の後押しになったとか。
たしかに、物に対してある程度ドライでないと売るのは難しいのに、作家に近づきすぎていたんですね。本はたくさんの時間をかけて、命を削るようにしてつくられたもの。それを知ってしまうと、自分ができる販促はすべてやりきらなくてはと思い入れすぎて、周囲とうまく折り合いがつけられなくなっていた。新井にはだれも何も言えない…という空気にしてしまったんです。
売り場を離れるのはつらかったけれど、仕事と少し距離を置けたのはよかったのかもしれません。休みには好きなバンドを追いかけて全ライブツアーをまわり、めいっぱい遊んで仕事を一時忘れることができました。ただ、本気で現場復帰したかったので、1年後に希望が通ったときには泣きましたね。
私に忠告してくれた上司もすごく仕事ができる人で、よしとするレベルがほかの人よりも高いんです。棚の整理ひとつとっても、私がこれでOKと思っても、近づいてきてサッと直される。正直、直属だったころはウザいなと思っていましたが(笑)、今では本当にありがたかったなと。
高いレベルを知っていると、自分に厳しくいられますから。かといって、後輩には同じことは求めません。仕事というのはこうしろああしろと言っても、できない人はできない。だからあえて期待はしない。失礼だと思う人もいるかもしれませんが、期待値が底辺だからこそ、何かやってくれたらすごくうれしいし、素直に褒めることができます。
いろいろな仕事を経験した中でも、書店の仕事はいちばん刺激的です。仕事って、ある程度慣れてくると、適当にやることもできて刺激がなくなってくる。お金を得るためのただの手段ならラクにやればいいけれど、私は遊びに来ている感覚なので楽しくやりたい。毎日毎日、新しい本が出て商品が変わっていくし、お客さんもさまざま。企画を考えてやればやるだけ遊びが増えていく感覚があります。もちろんマニュアルはありますけれど、それ以外は自由にできる。まったく飽きないですね。
やりたいようにさせてもらっていても、基本的には外を向いて仕事をしているので、どうしても会社にはお尻を向けている状態です。両方は向けないんですね。でも、社内で守りたい地位もなく、いつ辞めてもいいと思っていることで、自分にブレーキをかけずにできる部分もあるのかなと。
直木賞・芥川賞と同日に発表する「新井賞」では、雑味のない思いで純粋に好きな本を選んでいます。私にとっては、100万部売れても、1冊しか売れなくても価値が変わらない作品です。本って、読んだら偉いものでもないし、読まなきゃもったいないというものでもない。あくまで数ある楽しいことのひとつ。
でも、本当に必要なときには、フッと自分の前に現れることがあって。それを見逃さないでいただきたいですね。たとえば、憧れの人や尊敬している人が紹介していた本を、とりあえず買ってみる。今読む気になれないなら無理せず、3年後に読んでもいいと思うんです。読まなければ一生気づかないこともあるから、自由さを残すくらいで。小説でもラノベでも自己啓発書でも料理本でも、どんな本にも優劣はないし、だれの目も気にせず読んでいってもらえたらいいなと思います。
「ありのまま」の言葉が痛快!
新井さんの新刊『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』
「型破り」書店員、新井さんによるエッセイ最新刊。前作の『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』からさらにパワーアップ。30代後半独身女性の生活を、自ら赤裸々に綴った「うまくいかない仕事」「うまくいかない美」「うまくいかない恋」「うまくいかない人生」は、類いまれな洞察力と妄想が全開。だれの日常にも潜む面白さを発見できるはず。¥1,000/秀和システム
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Oggi5月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部
新井見枝香 (あらい みえか)
1980年、東京都生まれ。アルバイトで三省堂書店に入社し、契約社員を経て、現在は正社員として神保町本店主任。文芸書の担当が長く、作家を招いて自ら聞き手を務める「新井ナイト」など、開催イベントは300回を超える。独自に設立した文学賞「新井賞」を受賞した作品は、同日に発表される芥川賞・直木賞より売れることも。出版業界の専門紙『新文化』にコラム連載を持ち、文庫解説や帯コメントの依頼、メディア出演も多数。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』(秀和システム)、『本屋の新井』(講談社)がある。※現在は退社。