築地の朝は早い、というのは誰もが知る常識。早朝どころか深夜から築地は動き出します。
でもこれは、築地市場での仕事の話。筆者のように単なる居住者にとって、朝は普通の時間に始まります。その朝の始まりを告げるのが、築地本願寺の鐘の音なのです。
毎朝6時半、曜日を問わず朝の鐘が鳴ります。これは短時間。お寺の1日の始まりです。そして、7時、鐘の音が大々的に響きわたります。本願寺のホームページによれば、7時の鐘は、晨朝勤行(じんじょうごんぎょう)という朝のお勤め(仏さまを讃え、ご恩に感謝する行い)を告げる鐘、16:30の鐘は日没勤行という夕方のお勤めを告げる鐘だそうです。
築地のランドマークとも言える本願寺。創建は江戸時代初期の1617年。浅草横山町にありました。それが1675年、明暦の大火で消失してしまい、代替地として幕府が決めたのは何と海上! 佃島の門徒はこの逆境にもめげず海を埋め立て、本願寺再建のための土地を築いたのです。これが築地という地名の由来。つまりは今でいう民間事業であり、築地という土地はこの時から本願寺とともにあったのです。
埋め立てが完成し、築地本願寺が建立されたのは1679年。今とは本堂の向きが異なり、現在の市場方向に向けて建てられていたようです。その後何度も火災に遭いますが、その度に再建されました。今の場外市場のあたりは門前町。境内には58か所もの寺中寺院があったそうです。
現在、商店が立ち並ぶ場外市場の中に圓正寺、稱揚寺、そして妙泉寺ビルといったお寺が点在するのを不思議に思った人もいるでしょう。これらの寺院はかつての寺中寺院の姿を現在に留めているのです。
そして、1923年、関東大震災が起こりました。全壊は免れたものの火災で伽藍を消失。1934年に竣工したのが現在の本堂です。設計者は東京帝国大学教授・伊藤忠太博士。東京駅や日本銀行を設計したことで名高い日本の近代建築の巨匠、辰野金吾氏の愛弟子で、明治神宮、平安神宮等の寺社建築を多く手掛けています。
鉄筋コンクリート造りで、外観はまさに威容というにふさわしい古代インド仏教様式。日本にはふたつとない寺院建築と言えそうです。2014年、国の重要文化財に指定されました。
お堂の中に入ってみましょう。外観とはうって変わって伝統的な寺院の作りです。何とパイプオルガンが設置され、毎月最終金曜日にはランチタイムコンサートも開催されています。参拝の仕方も普通の寺院とは異なります。①一礼、②焼香、③合掌、礼拝、④一礼、といった具合。昨今流行の御朱印はありません。またお守りもありません。その代わりに参拝記念のカードが月替わりで置かれています。このカードを1年分、つまりは12枚集めると記念品がもらえるそうです。1月から毎月参拝して7枚たまりました。さて、記念品は何なのか、楽しみではあります。
コンサートだけでなく、様々なイベントが定期、不定期に催されているのも本願寺ならでは。中でも白眉と言えるのが、盛夏に行われる「築地本願寺納涼盆踊り大会」です。キャッチフレーズは「日本一美味しい盆踊り!」。立ち並ぶブースはそのほとんどが築地市場の名店です。今年は8月3日(水)から6日(土)の19:00~21:00(6日は18:00〜20:30)に開催。ライトアップされたエキゾチックな本願寺の境内で、生ビールを飲みながら築地の食材に舌鼓――他では味わえない「不思議な」雰囲気の盆踊り、ぜひ一度体験してみてください。
初出:しごとなでしこ
T.KOMURO
編集者。主として男性向け情報誌の編集長を歴任。2015年5月、住居を築地に移し、愛犬の悟空とともに週末TSUKIJIライフを楽しんでいる。