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2018.08.09

【私が決断したとき】いいことも悪いことも、必ず自分に返ってくる|旅館若女将・小田絵里香さん

選択の多い女性の人生に、決断は欠かせないもの。各界の第一線で活躍する先人たちは、どんなターニングポイントを迎えてきたのか。今回は「日本一の旅館」に長年選ばれる創業111年の名宿、和倉温泉加賀屋の若女将・小田絵里香さんにお話をうかがいました。

【小田絵里香】さんインタビュー

マニュアルで生きていた20代。意気揚々と能登に来たのにまるで役に立てなかった

キャビンアテンダント(CA)として航空会社に入社して8年。福岡空港の近くで育った私にとって、CAは小さなころからずっと憧れていた仕事でした。『この選択で間違いない』と思っていたけれど、20代後半を過ぎると同期がキャリアアップを目ざしたり、こんなはずじゃなかったと辞めていったり。私自身、CAの管理職になっていくキャリアの道筋はあるものの、その先はどうなるんだろうという漠然とした不安がありました。接客業は大好きでしたが、心を込めておもてなしをしても同じお客様に再会できるわけではないCAの立場に、なんとなく寂しさも抱えていました。

大きな転機となった主人との出会いは機内です。滅多にないことですが、同じ便に偶然2回乗り合わせまして。まさか老舗旅館の跡継ぎとは知らず、旅館業の基本のキもわからず。でもだからこそ迷わず飛び込めたし、今考えると無知でよかったなと思います。

加賀屋に嫁いで最初の1年は、客室係や清掃係、あらゆる部署を回って修業でした。女将である義母の背中を見ながら、31歳で若女将としてお客様の前に出ることに。中身はすっからかんなのに、お客様は『加賀屋の若女将』とご覧になりますから重圧でしたね。

20代はずっと企業のマニュアルで生きてきて、会社員なので完全な休日もありました。でも、女将という職にマニュアルはないし、旅館は1年365日が営業日。だれからも『休んでいいよ』とは言われません。しばらくたったある日、『あなた、休まんの?』と聞かれて、内心『えー!自己申告制だったの!?』って(笑)。会社員から家業の一員になるという大きな転換期でした。

和倉温泉加賀屋の若女将・小田絵里香さん

ゼロから自分でマニュアルをつくっていかなくてはいけないんだと発見したら、次は『真似・慣れ・己おのれ』。まず義母を真似て、慣れてきたら、今度はいつどうやって己を出すのか。自分のキャラクターに悩んだ結果、己が何をしたいかを考えるより、意識的に無欲でいるようにしていた気がします。

当時は義母、義姉、私と3人の女将がいましたから、どうしても比べられますし、力不足は歴然。そのころの私はさまざまな場で『お客様や社員が望む女将になりたいです』と言っているのですが、われながら自信がなかったことを表しているなと。

20代を全力で駆け抜けて意気揚々と能登に来たわりには役に立たないし、何をしていいかさえわからない。成長もせずこのままでいいのか…と焦って思い詰めていたとき、義母から『いいじゃないの。1年でできることがひとつでも増えたなら十分じゃない』と言われて。ホッと肩の荷が軽くなり、救われました。40歳まではとにかく『加賀屋に求められている私』を模索した10年でしたね。

やがて義母から引き継ぎ、私ひとり玄関でお客様をお迎えする日が増えてきて。そういうときにかぎって大きなクレームが起こるんです。『女将さんだったらこんなことをしてくれた』『前の加賀屋ならこんなことはなかった』と。

まったくの初耳で想定できていなかったので、客室係に『これは教えておいてほしかった』と伝えたら、『係が女将さんに進言するものではないと思っていた』と返ってきて。ベテランの客室係は私より先輩で、経験もずっとあります。『私を育てると思ってなんでも言ってくださいよ』と打ち明けてから、一緒におもてなしを創り上げることができるようになっていきました。

加賀屋

お客様にご満足いただくには、『マニュアル半分』。残りは、自分の感性や現場の判断で100%にしようというのが加賀屋流です。書いてあることを実践するだけなら仕事ではなく、作業。私たちは接客業ですから、自分の意志をもって動く必要がある。

『こうしたい』とトップダウンで目標を掲げるより、ひとりひとりに『どうしたい?』『どう思う?』と聞くようにしています。CA時代は指導も苦手で『みんなで仲よくやればいいよね!』というタイプ。それが今となっては、教える、𠮟る場面もあれば、抱きしめて一緒に泣くことも。自分の役目なのだからそういう人になれるように…と、少しずつ変わってきました。

小田絵里香さん

悩んでも人のせいにはしない。自分で引き受ければ、いつか必ず返ってくる

旅館としては、『プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選』で36年続けて総合1位をいただきましたが、2017年にその記録が途絶えました。お客様の期待を失ってしまったという現実はありつつ、同時にその座に麻痺していた自分たちを知る機会にもなりました。それまでは、自分たちの代の努力でいただいた評価という実感が薄かったのではないかと。

結果を受け入れ、原因を分析して『私たちの代で、もう一度1位をとろう』と取り組んだ1年でした。社内の結束も強まりましたし、今年返り咲いたときには、多くのお客様が『おめでとう』と喜んでくださり、うれしかったですね。神様は見ているというか、どこかで手を抜けば必ず自分に返ってくる。反面、悩みや問題があっても人のせいにせず、反省したり、悔しがったり、泣いたり、自分自身でもがき苦しめば、それもいつかちゃんと返ってくるのだと学びました。

振り返れば、20代はとにかく主語が『私』。選択肢が多すぎてなんでも自由になることに、苦しんでいました。30代は自分が主語になることはなかったけれど、『だれかのために』と実感しながら生きる充実した苦しみ。

人生でこんなに自分のことを考えなかった時期はありませんね。大半が仕事のため、そして申し訳ないことに次がふたりの子供たち、残りの1%もないところに主人(笑)。同志のようなもので、『相手のために』というよりは『共に』という思いでしょうか。出産は33歳と38歳のとき、産休も育休もそこそこにすぐ復帰したので産みっぱなしなのですが、社内保育園や周りの方々に支えられながら元気に育ってくれています。

40代になっても、日々は目の前のお客様との真剣勝負です。一期一会で毎日を生きているからなのか、ご縁というのは偶然ではなく必然でしか生まれないと身をもって感じます。決断のときが来たら、そのご縁に感謝して謙虚に受け止めることが大切だなと。

今後は、過疎化が進む能登がもう一度旅の目的となれるように、都会では味わえない能登半島の自然や文化、伝統工芸などの情報をお届けし、活性化していけたらと思っています。この地に骨を埋めるつもりで来ているので、恩返しも含めて人の交流を増やす力になれたら。いつか、『世界の能登』にしたいです。

「笑顔で気働き」日本のおもてなしの真髄を体感できる加賀屋

加賀屋

小田さんが若女将を務める、石川県七尾市和倉温泉にある創業111年の宿、加賀屋。美術館のような館内には、加賀友禅や輪島塗、九谷焼など伝統工芸の作品がずらり。四季折々の地の恵みが活きたお料理も格別で、世界農業遺産に指定された雄大な「能登の里山里海」を眺めながら、時間を忘れる贅沢を味わえます。

Oggi8月号「The Turning Point〜私が『決断』したとき」より
撮影/宮島直史 デザイン/Permanent Yellow Orange 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部

おだえりか

1973年、福岡県生まれ。アメリカの大学を卒業後、大手航空会社の客室乗務員を経て、能登半島・和倉温泉加賀屋の5代目である小田與之彦氏(現社長)と結婚し現職に。創業は1906年、一日最大1000人もの宿泊を受け入れる大型旅館で現場を切り盛りし、人材育成にも努める。「笑顔で気働き」をモットーに、代々の女将に受け継がれる「おもてなしの極意」を守り続けている。2018年「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で総合1位を獲得。


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