フォロワー34万人超え!『バズる大使』
駐日ジョージア大使 ティムラズ・レジャバ
経験が足りなくても、自分なりの武器を持つ。未知の相手と信頼を築くには、どうすれば喜んでもらえるか考え尽くすことから
外交官に転身したのは30歳。早稲田大学を卒業後、キッコーマンでの営業職を経て、母国ジョージアで妻と起業した矢先のことでした。事業が軌道に乗り始めたころ、大使就任の打診を受けたんです。ジョージアはアジアとの関係強化を図り、日本との関わりが深い人材を探していると。時同じく子供を授かった一方で、母を病で亡くし、再出発の時期でもありました。社会と家族のために、私欲は切り捨て、人生の土台を築く覚悟が生まれましたね。
とはいえ、外交官は国を代表して政府要人や各国代表と向き合う仕事。安全保障や経済、文化など多岐にわたって携わります。経験がないまま、いきなり大使というトップに立つことになったため、その道は「壁」だらけでした。本国からは次々に指令が来ますし、自国のイメージが自分にかかっているという責任も大きい。外交に縁のなかった私には、政府要人の訪問に対応する術がまったくわかりませんでした。
着任からわずか数か月後、大統領の初来日となった天皇陛下の「即位の礼」に向けた準備期間中は、あまりのプレッシャーにとても生きて乗り越えられるとは思えませんでした。転機は、関わる方々とあらゆる調整に奔走する中、突然コンサートのお誘いを受けたとき。日程が即位の礼より後で、「自分の人生はちゃんと続くんだ」とほっとしたことを覚えています(笑)。
外交の場では、国や人との間にさまざまな利益が絡みます。異なるバックグラウンドや宗教、慣習の中で、適切な距離感を保ち、関係を発展させる努力が必要。いつ何が起きるかわからない緊張感があり、相手と話し合う1分1秒が致命的になることもあります。若造の私が任命されて、快く思っていない人もいるでしょう。でも、感情に流されることなく、相手をしっかり研究して環境を整え、どんな方に対しても最大限のおもてなしを心がけてきました。
それには、キッコーマンでの勤務経験も活きています。歴史ある会社で取引先を大切にする文化が根づいており、接待で学んだしきたりは、相手が日本の方でなくとも通じる場面が多いんです。当時の私は、正直「意味があるのだろうか?」と疑念もありましたが、今では、スムーズな段取りの工夫や相手に負担をかけずに喜んでもらう気配りは、敬意として伝わる。信頼関係の一歩につながると実感しています。
いいことも悪いことも心に届くよう工夫して伝える
30年以上のベテランが多い外交官の中で、私が若輩者であることは事実ですが、大きな武器となったのは、ジョージアへの強い思いとそれを発信してきたことです。たとえば、ジョージアの郷土料理「シュクメルリ」が牛丼チェーンの「松屋」で提供された時期に、大使館のメンバーや他国の大使と会食し、ツイッター(現・X)で報告したところ、〝松屋外交〟と拡散されました。ジョージアの知名度を上げ、身近に感じていただける機会になり、同じような取り組みを試みたいと、他国の先輩大使から相談を受けることもあります。自分なりの強みを出すことが、仲良くなるきっかけにもなっています。
発信するときは、ちょっと人の心に届くよう、短い言葉で、新鮮な気持ちをなるべくその場で表現しています。ただし、政治や他国の情勢に影響しないか、人を傷つけることがないか、写真に何が写っているか、気は抜けません。皆さんの反応を見ながら調整はしますが、私の本質は、いかに国のために役立てるか。
内政に関する話題は特に慎重になります。最近もジョージアで大規模なデモが起き、日本でもニュースになっている中、自分はどういう切り口で触れるべきか悩みました。でも、都合のいい部分だけを伝えていては、情報の受け手は怪しく思ってしまう。課題は必ずあるもので、それは自分自身にも言えるし、どんな国も人も同じ。だからこそ、工夫によってポジティブに捉えてもらうこともできるのではないかと。何か問題があったときこそ、早めの対応を大事にしています。
実際、いつも何かしら起きていて、もしジョージア国民が日本で逮捕されたら保護しに駆けつけますし、入院した人がいたら家族の渡航手配もします。先人が戦争で命を犠牲にしてまで守ってくれた国ですから、自分にできるすべてで貢献したいと思っています。
自分たち世代の常識は通用しなくなる
私は読者のみなさんと同世代。世界の変化は本当に速く、漠然とした不安は常に感じますが、未来へのヒントは「新世代の若者」を尊重し、理解することにあると思っています。
というのも、先日出会った若者がなんともノーリアクションで…。でも、あきらめずに話しかけるうち、ゲーム好きという個性がわかってきました。そこで、私が参加した〝桃鉄〟のPR動画を見せてみると、彼は一変して喜んでくれた。いきなりスターです(笑)。さらに「実は僕にも30万人以上のフォロワーがいるんだよ」と伝えると、「すごい!」と素直な反応が。彼らは、TikTokで何万もの人から「いいね」をもらう世界に生き、一対一の会話は効率が悪くて何も起きない、不自然だと感じているんですね。思考や感覚、人との接し方など、私たち世代の常識が通用しない世界で、何をどう伝えるか。むしろ教えてもらうつもりで若者と接しなくては、すぐに時代に置いていかれるなと痛感しました。
自らの10年後を見つめるのは、任務を全力で果たしてから。今はジョージアのよさをもっと引き出したいですね。ジョージアは、歴史的に交通の要衝で貿易のハブ。ワインをコミュニケーションツールに異文化と交流してきた国です。日本で働くみなさんにも、ぜひその自由で多様な文化を知っていただけたらうれしく思います。
PROFILE
1988年生まれ、ジョージア出身。4歳のとき、生物学研究者の父親ら家族で来日し広島で暮らす。その後ジョージア、日本、アメリカ、カナダで教育を受け、2011年9月に早稲田大学国際教養学部を卒業後、キッコーマンに入社。2015年にジョージアに戻り、輸入業や起業を経て、2018年ジョージア外務省に入省。2019年に在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、2021年より特命全権大使。着任後からTwitter(現・X)を駆使して、ジョージアの文化を中心に自らの言葉で発信。天皇陛下の「即位の礼」で着用した母国の民族衣装チョハが、〝ジェダイの騎士〟に似ていると話題に。妻の弁当や親戚の少年の来日風景など、ユーモアあふれる内容が注目され、フォロワーは34万人超え。ジョージアと日本の架け橋として尽力する。公式X:@TeimurazLezhava
初のエッセイ集も好評! 『ジョージア大使のつぶや記』
広島育ちで芥川好き、サラリーマン生活、大使就任、初めてのバズりなど、心を込めた文章で綴った一冊。言葉選びにも学びがある。¥1,760/教育評論社
Oggi2024年8月号「いま会いたい、話したいグローバルな4人の先輩」より
撮影/黒沼 諭(aosora) ヘア&メイク/坂口勝俊(sui) 構成/佐藤久美子
再構成/Oggi.jp編集部